クロと鈴香の将棋道-カラスが駒を見つけたら-

県田 星

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第5章 会長の思惑

第88話 カラスの将棋を会長が研究したら(その1)

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「うーん」

壬生善元みぶよしもと九段はクロの棋譜を見つめていた。

七番勝負で次の第6局で対戦することは随分前から分かっているだけに、その対策として研究を重ねてきた。
しかし七番勝負が進むにつれて深刻さの度合いが増してくる。

「引き分けを挟んで5連敗か…」

初戦の浜島和人(はましま かずと)奨励会三段から、5戦目の水瀬石也みなせ せきや九段。
奨励会員や女流棋士など、いくらか立場の違いこそあれ、この5人を相手に勝ち続けるのは難しいと思う。

「いや、辻井さんなら…」

七番勝負の最後に控える辻井孝太つじい こうた七冠を思い浮かべる。

5人目の中学生棋士としてデビューした辻井四段。
初対局から29連勝したのも大きな話題になったが、その後の活躍も空前絶後と言って良かった。

「もう一度くらい番勝負を戦ってみたいものだけどなあ」

そこでハッとしてクロの棋譜に目を戻す。

この七番勝負は日本将棋協会側の対局者は変わるものの、先手と後手は交互になるよう設定されている。
協会側の対局者からすると、第1局から奇数局の対戦者が先手となる。言い換えれば偶数局、つまり第6局の壬生は後手。

「クロさんがどう来るか…」

仮に先手であれば、作戦を考えやすい。
もちろん100%ではないが、ある程度局面を限定して考えやすいのは事実。

「と言って、限定し過ぎるのも問題だよなあ…」

壬生は七番勝負第5局の水瀬《みなせ》九段とクロとの棋譜を見た。
出だしこそ変則的ながら、力戦型りきせんけいの名局だ。

この対局について、対局後に将棋会館で顔を合わせた際に水瀬から話を聞くことができた。

「じゃあ、こっちで…」

水瀬は控室に場を移した後、対局前の研究から序盤の構想、中盤の難しい別れ、そして終盤の詰むや詰まざるやの場面まで、できるだけ詳しく解説してくれた。

「相掛かり?」

壬生は水瀬がクロが居飛車なら相掛かり、もしくは振り飛車に絞って研究を進めていたことを明かしてくれた。

「じゃあ、あの端歩は…」

水瀬は大きく首を振る。

「ぜんっぜん予想外でした」

水瀬は苦笑して見せたが、壬生の目にはどこか悲しい雰囲気をたたえていたようにも見えた。
その他にもクロについて考えた作戦、対局して感じたことなど、できる限りのことを壬生に話してくれた。

「予想外と言っても、終盤までほとんど五分だったよなあ」

改めて水瀬石也《みなせ せきや》九段の実力を思い知る。

辻井七冠に今ひとつ届いていないため、このところタイトルからは遠ざかっているものの、レーティングで3位以下に大きく差を付けてのレーティング2位。

最近も多くの棋戦で勝ち進んでおり、近いうちにまた辻井七冠に挑戦するだろう。

「番勝負か。うーん、悔しいなあ…っと」

壬生はクロの棋譜に目を戻す。

七番勝負の第5局の分かれ目となった水瀬の一手が目に留まる。

「一瞬の隙か」

これは水瀬に限らず多くの棋士が体験している。
壬生自身も大事な対局でうっかり大きなミスをして負けてしまったことは、1度や2度に留まらない、

「壬生先生」

別れ際に水瀬から手を差し出されると、つられて壬生も右手を出す。その壬生の手を水瀬がしっかり握った。

「頑張ってください」
「ああ」

水瀬が一瞬沈黙する。

「棋士だったら、また対局できるんですけど」
「…だね」

水瀬の気持ちは壬生にも分かった。

棋士でないクロとの対局は、この後にあるとは限らない。
飼い主を通じて申し込めば再戦はできるだろう。しかしそれはプライベートな対戦だ。

「敵討ちって訳でも無いだろうけど…」

壬生の棋譜を見る目が厳しくなった。
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