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第5章 会長の思惑
第94話 カラスが永世七冠と対局したら(その2)
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「うーん」
後手番の壬生善元九段は頭を抱える。
予想していたことだったが、クロ陣に隙が見つからないためだ。
ただし自陣にも隙があるとも思っていない。
おそらく将棋ソフトによる形勢判断もはっきり五分とは言い切れないものの、それほど悪くはないと感じている。
『問題はどこまでこれを維持できるか』
将棋盤の前に立っているクロをチラリと見る。
何かを考えているのかもしれないが、壬生の目には澄ました表情に見えた。
クロが「クワッ」と、ひと鳴きする。
壬生はクロと目が合ったように思って盤上に視線を戻す。
『持ち時間が決まっていないのは、逆に厳しいなあ』
持ち時間が定まっていればその時間内で、秒読みなら秒読みの中で、指し手を決める覚悟はできている。
しかし無制限となると、どこか自分で区切る判断をするしかない。
「1分経過しました」
読み上げの神奈川千佳女流二段が経過時間を口にする。
これが微妙なプレッシャーになっていた。
7番勝負はこれまでに5局、指し直しを含めれば6局行われてきた。
その中で一番考えたのは、石川萌香《いしかわ もか》女流三冠の5分。
『短いようで長いな』
何時間も持ち時間が設定されている将棋であれば、5分は少考だ。
しかし動画を見ていると、5分を待っているのは長かった。
「2分経過しました」
パチン
壬生は金を横に動かした。
「後手、5二金」
クロは壬生の指し手を見て少しだけ羽根を広げる。
チョコチョコと将棋盤の横を動いたかと思うと、角を口でくわえて斜め後ろに引いた。
「先手、6八角」
同じように神奈川が読み上げる。
『1分もかからないか…』
クロも指し手を考えるのだが、1分前後で収まることが多い。
これまでの6局でも3分を越えたことはなかった。
「さて、中盤も指し手が進んできましたが…」
解説室では、聞き手を務める町田麻里代女流三段が解説を担当する佐藤巧叡王に話を振った。
「そうですねえ、いつ戦いが起きてもおかしくない局面です」
「例えば、どんな手が考えられますか?」
「えっと…」
佐藤が大盤で駒を動かす。
「こことここの筋の歩を突き捨てて…」
「どちらも同歩ですよね」
「ええ、で飛車を回って…」
パタパタを駒を動かして行く。
「こんな感じですか…」
互いに飛車や角の大駒を取り合う形になる。
「激しいさばき合いですね」
「ええ」
「どちらが優勢でしょうか」
「まだ互角だと思います。ただ…」
聞き手の町田が「まだ?」と繰り返す。
「大きく捌く格好は、先手のクロさんのペースかもしれませんね」
「そうなんですか?」
「壬生先生からすると、局面を落ち着かせたまま、ジワジワ長引かせる展開にしたいんじゃないかなって」
「へえ」
町田が感心したような表情をみせると、佐藤が苦笑する。
「いや、何となく、そう感じただけなんですが」
この辺りの感覚は一流棋士にしか分からないもの。
事実、壬生もそう考えていた。
『クロさんのペースに乗るのは避けたいなあ』
先日の守口敏内九段、佐山健輝九段、信濃祐樹六段との研究。そしてメールを送ってくれた芝昭夫九段のエールに応えるためにも、じっくりした展開を望んでいる。
ピシッ
カタッ
パチン
コトリ
盤上はさらに煮詰まった雰囲気が濃くなってきた。
後手番の壬生善元九段は頭を抱える。
予想していたことだったが、クロ陣に隙が見つからないためだ。
ただし自陣にも隙があるとも思っていない。
おそらく将棋ソフトによる形勢判断もはっきり五分とは言い切れないものの、それほど悪くはないと感じている。
『問題はどこまでこれを維持できるか』
将棋盤の前に立っているクロをチラリと見る。
何かを考えているのかもしれないが、壬生の目には澄ました表情に見えた。
クロが「クワッ」と、ひと鳴きする。
壬生はクロと目が合ったように思って盤上に視線を戻す。
『持ち時間が決まっていないのは、逆に厳しいなあ』
持ち時間が定まっていればその時間内で、秒読みなら秒読みの中で、指し手を決める覚悟はできている。
しかし無制限となると、どこか自分で区切る判断をするしかない。
「1分経過しました」
読み上げの神奈川千佳女流二段が経過時間を口にする。
これが微妙なプレッシャーになっていた。
7番勝負はこれまでに5局、指し直しを含めれば6局行われてきた。
その中で一番考えたのは、石川萌香《いしかわ もか》女流三冠の5分。
『短いようで長いな』
何時間も持ち時間が設定されている将棋であれば、5分は少考だ。
しかし動画を見ていると、5分を待っているのは長かった。
「2分経過しました」
パチン
壬生は金を横に動かした。
「後手、5二金」
クロは壬生の指し手を見て少しだけ羽根を広げる。
チョコチョコと将棋盤の横を動いたかと思うと、角を口でくわえて斜め後ろに引いた。
「先手、6八角」
同じように神奈川が読み上げる。
『1分もかからないか…』
クロも指し手を考えるのだが、1分前後で収まることが多い。
これまでの6局でも3分を越えたことはなかった。
「さて、中盤も指し手が進んできましたが…」
解説室では、聞き手を務める町田麻里代女流三段が解説を担当する佐藤巧叡王に話を振った。
「そうですねえ、いつ戦いが起きてもおかしくない局面です」
「例えば、どんな手が考えられますか?」
「えっと…」
佐藤が大盤で駒を動かす。
「こことここの筋の歩を突き捨てて…」
「どちらも同歩ですよね」
「ええ、で飛車を回って…」
パタパタを駒を動かして行く。
「こんな感じですか…」
互いに飛車や角の大駒を取り合う形になる。
「激しいさばき合いですね」
「ええ」
「どちらが優勢でしょうか」
「まだ互角だと思います。ただ…」
聞き手の町田が「まだ?」と繰り返す。
「大きく捌く格好は、先手のクロさんのペースかもしれませんね」
「そうなんですか?」
「壬生先生からすると、局面を落ち着かせたまま、ジワジワ長引かせる展開にしたいんじゃないかなって」
「へえ」
町田が感心したような表情をみせると、佐藤が苦笑する。
「いや、何となく、そう感じただけなんですが」
この辺りの感覚は一流棋士にしか分からないもの。
事実、壬生もそう考えていた。
『クロさんのペースに乗るのは避けたいなあ』
先日の守口敏内九段、佐山健輝九段、信濃祐樹六段との研究。そしてメールを送ってくれた芝昭夫九段のエールに応えるためにも、じっくりした展開を望んでいる。
ピシッ
カタッ
パチン
コトリ
盤上はさらに煮詰まった雰囲気が濃くなってきた。
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