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第1章 将棋を指すカラス
第12話 カラスが女流棋士と対局したら
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「皆さま、こんにちは」
画面の中央で女性がにこやかに挨拶する。
「女流棋士の愛媛愛菜です」
日本将棋協会に所属する女流棋士であり、将棋系動画の配信者としても有名な愛媛愛菜女流四段。棋士や女流棋士の中でも動画配信に力を入れている中の1人で、番組登録者数も多い。
「今日は将棋界だけでなく広く注目を集めているゲストをお呼びしました」
ゲストの4人、正確には3人と一羽を紹介する。
「カラスのクロ君、そのクロを飼われている馬場さんと鈴香ちゃん、そしてお友達の歩美ちゃんです」
「「「よろしくお願いします」」」
「クワァ」
3人と一羽が揃って頭を下げた。
「将棋ファンはもちろん、そうでない方も橋田勝吾五段とクロとの対局動画をご覧になった人は多いのではないでしょうか?」
愛媛が語り掛ける。
「私もその動画を拝見しました。なんと、あの橋田五段が連敗!正直『まさか』と思ってしまったのですけど、そんな強いクロと私もぜひ指してみたいと思い、今日はお招きしました」
「皆さんもクロと対局しているのですよね。最近の結果はいかがですか?」
「私は二枚落ちで勝ったり負けたりです」
鈴香が答える。
「最初二枚落ちで負けたんですけど、四枚落ちで何度か勝てたので、また二枚落ちにしています。3回に1回勝ててるくらいです」
「プロの方の指導する対局とは違って、クロの駒落ちは勝負!勝負!と来るんですよ」
馬場の言葉に愛媛が「なるほど、そうなんですね」と応じる。
「そして、そんなクロに私も挑戦したいと思います」
愛媛と鈴香が向かい合わせに座って駒を並べる。
並べ終えたところで、馬場がカゴから出したクロを鈴香の膝に乗せた。
「じゃあ、振り駒をしましょうか」
愛媛がそう言ったところで、盤の前にピョンと跳んだクロが自陣の飛車をクチバシで挟みとって盤の横に置いた。
「えっ!?」
盤の前に座った愛媛や鈴香だけでなく、馬場や佐倉や歩美も声を出した。
クロは「クワッ!」とひと鳴きして不思議そうに皆を見る。
「駒落ち?」
誰ともなくつぶやいた。
時間を少し戻そう。
「今日はありがとうございます」
スタッフとともに愛媛が、4人と一羽を迎えて頭を下げる。
馬場と佐倉が「こちらこそよろしくお願いします」とお辞儀をすると、鈴香と歩美は「よろしくお願いします!」と元気よく挨拶した。
今日、歩美がいるのは、彼女が愛媛愛菜女流四段の大ファンだから。
「私も連れてってください!」
企画を知った歩美が一生懸命にお願いする。
佐倉と馬場が了承したことで、いつも同行する佐倉に加えて4人と一羽での訪問となった。
ただし、佐倉は「あまり人数が多いとなあ」と観戦のみで動画にでるのを控えた。
「鈴香ちゃんと歩美ちゃんは、もうすぐ研修会に入るんですよね?」
「「はい!」」
またも元気よく答えた2人の頭を馬場が撫でる。
「2人ともアマ二段はあると思うので、まず大丈夫でしょうけど、入会してどこまで上に昇って行けるかは本人達の努力次第でしょうね」
愛媛の動画への出演に応じる代わりにと言うわけもあってか、鈴香と歩美には愛媛四段の直筆色紙がプレゼントされた。さらに馬場を含めた3人には愛媛との指導対局が行われた。
馬場は角落ち、鈴香と歩美は飛車落ちの3面指し。
佐倉とクロ、そしてスタッフらが見守る中で手が進む。
パチッ
ピシッ
パチリ
パチン
「これは詰みですね。負けました」
「いやあ、ありがとうございました」
最初に馬場との対局が決着する。
序盤、中盤は角落ちの差を保ち、終盤に入って少し差を詰められたものの馬場が勝ち切った。
「この辺りの裁きはお見事ですね」
「いやいや、何とか…です」
パチッ
ピシッ
「うーん、ここまでです。負けました」
「ありがとうございました!」
愛媛が投了すると、歩美が元気よく答える。
「これなら研修会でも頑張れるよ」
「はい、ありがとうございます!」
パチン
パシッ
「こちらもここまでですね。ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
少し置いて、3局目も愛媛が投了した。
「2人とも二段どころか、三段は十分にあると思いますよ」
愛媛の言葉が2人にとって大きな自信になったようで、鈴香と歩美がともに笑顔を見せた。
そんな3面指しをクロはジッと見つめていた。
そして愛媛とクロの対局に戻る。
「ダメだよ、クロ」
クロが加えて盤外に出した飛車の駒を鈴香が盤上に戻そうとする。鈴香の手を愛媛が止めた。
「うーん、このまま指してみましょうか」
「でも…」
「橋田五段に連勝したことを考えると、このくらいが良いのかもしれませんね。それに飛車落ちでもクロはいつもと変わらず指すと思いますし」
愛媛の申し出によりクロの飛車落ちで対局は始まった。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「クワクワッ」
2人と一羽が頭を下げて対局が始まる。
コトッ
クロが角道を開ける。
パチッ
愛媛も角道を開ける。
コトン
クロが右側の金を前に上げる。
離れたところから見ていた馬場に佐倉が話しかける。
「ここいらが違うんだなあ」
「普通の駒落ち上手なら、角交換を嫌う人が多いからねえ」
「…だね」
駒落ちとして飛車が居ない分、自陣の隙が生じやすいため、上手(今回であればクロ)側が角交換を避けることが多い。しかしクロは、そうした弱点には気にしていない様子。
パシッ
愛媛は飛車先の歩を突く。
その後もクロと愛媛が交互に手を進めていく。
「うーん」
「難しい?」
「飛車の差がどこまで詰まるか…」
少し離れたところで、佐倉と馬場が局面の推移を見つめている。
歩美は「愛媛先生!頑張って!」と言わんばかりに、愛媛四段に無言のエールを送っていた。
パチッ
コトン
パチン
コトッ
序盤からクロの猛攻が始まり、最初にあった飛車落ちの差が次第に無くなってくる。
「この辺りがプロの指導将棋と違うんだよなあ」
「愛媛先生も慣れてないだろうし…」
ピシッ
コトン
愛媛の手が遅くなる。
終盤に入って局面が明確に悪くなっていた。
パチン
トコン
「負けました」
クロの王手を見た愛媛が投了する。
「ありがとうございました」
「クワァ」
鈴香とクロも頭を下げた。
「うーん」
愛媛がチョコチョコと駒に触れる。
「よし!もう一回お願い!今度は飛香落ちで!」
クロに向かって人差し指を立てた。
「は、はい」
愛媛と鈴香が駒を並べ直す。
鈴香は先ほど外した飛車の横に左側の香車も並べて置いた。
「クロ、飛香車落ちで大丈夫?」
そう尋ねた鈴香に、クロは「大丈夫」とばかりに「クワッ」と答えた。
「じゃあ、お願いします」
「お願いします」
「カア」
コトン
クロは角道を開ける。
パシッ
愛媛も角道を開ける。
コトリ
6筋の歩を突く。つまり今回のクロは角道を閉じた。
ピシッ
愛媛は9筋、クロの香車が居ない側の端歩を突いた。
「ここから攻めるぞ」
そんな意思表示にも見える。
コトン
クロは左側の金を斜め前に出した。
パチン
コトッ
愛媛とクロが交互に手を進める。
2人、もとい1人と一羽を鈴香が間近で心配そうに見守っていた。
パチッ
コトリ
パチン
コトッ
「どう?」
「まだまだ愛媛先生が優勢だね」
佐倉と馬場が声を抑えてささやく。
歩美は両手を握って愛媛の勝利を願っていた。
ピシッ
コトン
パチン
「おっ!」
佐倉が思わず声を漏らす。
「どうした?」
「愛媛先生の飛車、良い手だ」
いくぞいくぞと端攻めの構えを進めていた愛媛だったが、それに備えたクロ陣の中央が手薄になる。
すると一転、飛車を5筋に戻して中央を手厚く構える。
愛媛の指し手を見たクロがちょっと頭をかしげる。
それでも1分ほどで桂馬をはねた。
コトッ
パシッ
コトン
愛媛は交換した角をクロ陣に打ち込む。
こうなると飛車がいないクロ陣の薄さが目立つ。
角が馬に成り返ってクロ陣を圧迫していく。
パチン
コトッ
パシッ
コトン
ピシッ!
愛媛が力強く飛車を成りこんだ。
鈴香は愛媛の顔を見る。
3面指しの指導対局で見せていた笑顔は欠片もない。
『えーと…どこだったっけ?おじいちゃんの見てた時代劇ドラマだったっけ?』
額に角を生やして怒りの形相をした女性の面を思い出した。
「クワァ」
クロが「弱ったなあ」と言いたげに鳴く。
コトン
パシン
トトッ
パシッ
愛媛がと金を寄せたのを見て、クロが翼を駒台に広げつつ「クワア」と鳴いた。
「負け、みたいです」
鈴香が口添えするのと聞いた愛媛は「ありがとうございました」と一礼した。
さらに大きくため息をついて「良かったあ、また負けたらどうしようかと思った」と素直に心境を吐露した。
『あ、顔が戻った』
鈴香は愛媛の顔をそっと見上げる。
愛媛の顔は笑顔では無かったものの、鬼の形相でもなくなっていた。
「もう1回、飛車落ちで良いかな?」
またしても愛媛が人差し指を立てて頼んでくる。
「良い?クロ?」
クロが元気よく「クワッ」と鳴いたのを確認して3局目が始まった。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「クワクワア」
コトッ
クロが角道を開ける。
パシン
愛媛も角道を開ける。
コトン
クロは左の金を上げる
パシッ
愛媛が飛車先の歩を突く。
「ここでどうなるか、だな」
「愛媛先生も飛車落ちで2連敗はしたくないだろうしな」
馬場の言葉に佐倉がうなずく。
「しかしクロの見立ては結構当たってるよねえ」
「あの指導対局で?」
馬場が考え込む。
「女流の棋戦も何度か見ていたし、愛媛先生の対局もあったと思うけど」
「カラスは人の顔を見分けると聞くが、ネット中継で見ただけの人も見分けると思う?」
馬場は首を振る。
「分からん。それこそクロ先生に聞いてみないと」
佐倉は「そうだなあ」とうなずいた。
1局目の飛車落ちと違って、中盤から終盤に差し掛かっても愛媛有利で局面が推移していた。
「慎重に、慎重に」
愛媛のつぶやきは鈴香にも聞こえる。
パチン
コトッ
パチン
トコン
愛媛は角と銀の交換で駒損しながらも飛車を成りこむ。
さらに銀を打ち込んで、クロの玉を挟撃した。
「これは行けるか?」
「なんとか」
「愛媛先生、がんばって!」
ここに至って佐倉、馬場、歩美による愛媛の応援に力が入る。
パチッ
コトン
ピシン
愛媛が持ち駒の金を打ったのを見たクロは「クワクワ」と鳴いて頭を下げた。
「ありがとうございました」
愛媛も頭を下げて応じた。
「クワッ」
クロが盤の横に出していた飛車を加えて盤の上に置く。
代わりに角をくわえて盤の横に置いた。
「角落ち…ってこと?」
「そうなの、クロ?」
鈴香の聞かれたクロは「クワッ」と鳴いた。
「愛媛先生、どうします?」
愛媛はニコッと笑って、「指そうか」と答えた。
鈴香と愛媛は駒を並べ直す。
クロ陣の角だけが外れた状態で並べ終わると、どちらも「お願いします」と言って頭を下げた。
「クワア」
クロは頭を下げて、飛車先の歩を突いた。
パチッ
愛媛は角道を開けた。
「これは見ものだな」
佐倉の言葉に馬場が「そう?」と尋ねる。
「飛車と角を入れ替えたところで、クロの決意みたいなものを感じたよ」
パチン
コトン
ピシッ
コトッ
先ほどまでとは異なり、クロ陣に強力な駒である飛車が存在することで、愛媛も簡単には攻めきれない。しっかり玉を囲ってから飛車角銀桂で攻撃の形を整える。
一方のクロは攻撃された後のカウンター狙いのようで、金銀をバランス良く配置した。
パチン
トコン
ピシン
トコッ
パチッ!
愛媛が歩を突き捨てたところから攻撃が始まった。
そこから大きく飛車と角を大きく動かして、クロ陣に揺さぶりをかける。
しかしクロも金や銀でガッチリ守って隙を見せない。
逆に愛媛が攻めあぐねた隙を突いて、クロから飛車交換を挑んだ。
「これは逃げられないなあ」
「でも打ち込む隙は…」
「ああ、愛媛さんが不利だ」
パチッ
コトン
パチリ
コトッ
結局、飛車交換になったものの、クロがすぐに飛車を打ち込んで竜を作ったのに対して、愛媛は受けるために自陣に飛車を打つ他に有効な手が見当たらなかった。
佐倉と馬場がクロとの将棋を思い出す。
クロとの対局では一旦差が付くと、もうひっくり返すことはできない。
愛媛は懸命に粘るものの、クロの攻勢が止められなかった。
パチッ
コトン
クロの2枚目の飛車成りを見た愛媛は持ち駒の上に手を置いて「負けました」と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「クワァ」
そのまま愛媛は顔に両手を当てる。
「負けたあ…」
その日の夜に公開されたネット動画は、クロと愛媛が対局した4局の結果を示しつつ、飛車落ちの2局を解説付きで編集したものとなっていた。
「いやー、本当に強かったです」
締めの挨拶で愛媛愛菜が感想を口にする。
「この後、『将棋風流記』でおなじみの富士林金也《ふじばやし きんや》五段との対局が予定されているそうですが、私ももっともっと力をつけてクロ君と再戦したいと思います。ぜひぜひ皆さんも応援してください。また番組登録やイケテルネボタンもよろしくお願いいたします」
最後に頭を下げて番組は終了した。
画面の中央で女性がにこやかに挨拶する。
「女流棋士の愛媛愛菜です」
日本将棋協会に所属する女流棋士であり、将棋系動画の配信者としても有名な愛媛愛菜女流四段。棋士や女流棋士の中でも動画配信に力を入れている中の1人で、番組登録者数も多い。
「今日は将棋界だけでなく広く注目を集めているゲストをお呼びしました」
ゲストの4人、正確には3人と一羽を紹介する。
「カラスのクロ君、そのクロを飼われている馬場さんと鈴香ちゃん、そしてお友達の歩美ちゃんです」
「「「よろしくお願いします」」」
「クワァ」
3人と一羽が揃って頭を下げた。
「将棋ファンはもちろん、そうでない方も橋田勝吾五段とクロとの対局動画をご覧になった人は多いのではないでしょうか?」
愛媛が語り掛ける。
「私もその動画を拝見しました。なんと、あの橋田五段が連敗!正直『まさか』と思ってしまったのですけど、そんな強いクロと私もぜひ指してみたいと思い、今日はお招きしました」
「皆さんもクロと対局しているのですよね。最近の結果はいかがですか?」
「私は二枚落ちで勝ったり負けたりです」
鈴香が答える。
「最初二枚落ちで負けたんですけど、四枚落ちで何度か勝てたので、また二枚落ちにしています。3回に1回勝ててるくらいです」
「プロの方の指導する対局とは違って、クロの駒落ちは勝負!勝負!と来るんですよ」
馬場の言葉に愛媛が「なるほど、そうなんですね」と応じる。
「そして、そんなクロに私も挑戦したいと思います」
愛媛と鈴香が向かい合わせに座って駒を並べる。
並べ終えたところで、馬場がカゴから出したクロを鈴香の膝に乗せた。
「じゃあ、振り駒をしましょうか」
愛媛がそう言ったところで、盤の前にピョンと跳んだクロが自陣の飛車をクチバシで挟みとって盤の横に置いた。
「えっ!?」
盤の前に座った愛媛や鈴香だけでなく、馬場や佐倉や歩美も声を出した。
クロは「クワッ!」とひと鳴きして不思議そうに皆を見る。
「駒落ち?」
誰ともなくつぶやいた。
時間を少し戻そう。
「今日はありがとうございます」
スタッフとともに愛媛が、4人と一羽を迎えて頭を下げる。
馬場と佐倉が「こちらこそよろしくお願いします」とお辞儀をすると、鈴香と歩美は「よろしくお願いします!」と元気よく挨拶した。
今日、歩美がいるのは、彼女が愛媛愛菜女流四段の大ファンだから。
「私も連れてってください!」
企画を知った歩美が一生懸命にお願いする。
佐倉と馬場が了承したことで、いつも同行する佐倉に加えて4人と一羽での訪問となった。
ただし、佐倉は「あまり人数が多いとなあ」と観戦のみで動画にでるのを控えた。
「鈴香ちゃんと歩美ちゃんは、もうすぐ研修会に入るんですよね?」
「「はい!」」
またも元気よく答えた2人の頭を馬場が撫でる。
「2人ともアマ二段はあると思うので、まず大丈夫でしょうけど、入会してどこまで上に昇って行けるかは本人達の努力次第でしょうね」
愛媛の動画への出演に応じる代わりにと言うわけもあってか、鈴香と歩美には愛媛四段の直筆色紙がプレゼントされた。さらに馬場を含めた3人には愛媛との指導対局が行われた。
馬場は角落ち、鈴香と歩美は飛車落ちの3面指し。
佐倉とクロ、そしてスタッフらが見守る中で手が進む。
パチッ
ピシッ
パチリ
パチン
「これは詰みですね。負けました」
「いやあ、ありがとうございました」
最初に馬場との対局が決着する。
序盤、中盤は角落ちの差を保ち、終盤に入って少し差を詰められたものの馬場が勝ち切った。
「この辺りの裁きはお見事ですね」
「いやいや、何とか…です」
パチッ
ピシッ
「うーん、ここまでです。負けました」
「ありがとうございました!」
愛媛が投了すると、歩美が元気よく答える。
「これなら研修会でも頑張れるよ」
「はい、ありがとうございます!」
パチン
パシッ
「こちらもここまでですね。ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
少し置いて、3局目も愛媛が投了した。
「2人とも二段どころか、三段は十分にあると思いますよ」
愛媛の言葉が2人にとって大きな自信になったようで、鈴香と歩美がともに笑顔を見せた。
そんな3面指しをクロはジッと見つめていた。
そして愛媛とクロの対局に戻る。
「ダメだよ、クロ」
クロが加えて盤外に出した飛車の駒を鈴香が盤上に戻そうとする。鈴香の手を愛媛が止めた。
「うーん、このまま指してみましょうか」
「でも…」
「橋田五段に連勝したことを考えると、このくらいが良いのかもしれませんね。それに飛車落ちでもクロはいつもと変わらず指すと思いますし」
愛媛の申し出によりクロの飛車落ちで対局は始まった。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「クワクワッ」
2人と一羽が頭を下げて対局が始まる。
コトッ
クロが角道を開ける。
パチッ
愛媛も角道を開ける。
コトン
クロが右側の金を前に上げる。
離れたところから見ていた馬場に佐倉が話しかける。
「ここいらが違うんだなあ」
「普通の駒落ち上手なら、角交換を嫌う人が多いからねえ」
「…だね」
駒落ちとして飛車が居ない分、自陣の隙が生じやすいため、上手(今回であればクロ)側が角交換を避けることが多い。しかしクロは、そうした弱点には気にしていない様子。
パシッ
愛媛は飛車先の歩を突く。
その後もクロと愛媛が交互に手を進めていく。
「うーん」
「難しい?」
「飛車の差がどこまで詰まるか…」
少し離れたところで、佐倉と馬場が局面の推移を見つめている。
歩美は「愛媛先生!頑張って!」と言わんばかりに、愛媛四段に無言のエールを送っていた。
パチッ
コトン
パチン
コトッ
序盤からクロの猛攻が始まり、最初にあった飛車落ちの差が次第に無くなってくる。
「この辺りがプロの指導将棋と違うんだよなあ」
「愛媛先生も慣れてないだろうし…」
ピシッ
コトン
愛媛の手が遅くなる。
終盤に入って局面が明確に悪くなっていた。
パチン
トコン
「負けました」
クロの王手を見た愛媛が投了する。
「ありがとうございました」
「クワァ」
鈴香とクロも頭を下げた。
「うーん」
愛媛がチョコチョコと駒に触れる。
「よし!もう一回お願い!今度は飛香落ちで!」
クロに向かって人差し指を立てた。
「は、はい」
愛媛と鈴香が駒を並べ直す。
鈴香は先ほど外した飛車の横に左側の香車も並べて置いた。
「クロ、飛香車落ちで大丈夫?」
そう尋ねた鈴香に、クロは「大丈夫」とばかりに「クワッ」と答えた。
「じゃあ、お願いします」
「お願いします」
「カア」
コトン
クロは角道を開ける。
パシッ
愛媛も角道を開ける。
コトリ
6筋の歩を突く。つまり今回のクロは角道を閉じた。
ピシッ
愛媛は9筋、クロの香車が居ない側の端歩を突いた。
「ここから攻めるぞ」
そんな意思表示にも見える。
コトン
クロは左側の金を斜め前に出した。
パチン
コトッ
愛媛とクロが交互に手を進める。
2人、もとい1人と一羽を鈴香が間近で心配そうに見守っていた。
パチッ
コトリ
パチン
コトッ
「どう?」
「まだまだ愛媛先生が優勢だね」
佐倉と馬場が声を抑えてささやく。
歩美は両手を握って愛媛の勝利を願っていた。
ピシッ
コトン
パチン
「おっ!」
佐倉が思わず声を漏らす。
「どうした?」
「愛媛先生の飛車、良い手だ」
いくぞいくぞと端攻めの構えを進めていた愛媛だったが、それに備えたクロ陣の中央が手薄になる。
すると一転、飛車を5筋に戻して中央を手厚く構える。
愛媛の指し手を見たクロがちょっと頭をかしげる。
それでも1分ほどで桂馬をはねた。
コトッ
パシッ
コトン
愛媛は交換した角をクロ陣に打ち込む。
こうなると飛車がいないクロ陣の薄さが目立つ。
角が馬に成り返ってクロ陣を圧迫していく。
パチン
コトッ
パシッ
コトン
ピシッ!
愛媛が力強く飛車を成りこんだ。
鈴香は愛媛の顔を見る。
3面指しの指導対局で見せていた笑顔は欠片もない。
『えーと…どこだったっけ?おじいちゃんの見てた時代劇ドラマだったっけ?』
額に角を生やして怒りの形相をした女性の面を思い出した。
「クワァ」
クロが「弱ったなあ」と言いたげに鳴く。
コトン
パシン
トトッ
パシッ
愛媛がと金を寄せたのを見て、クロが翼を駒台に広げつつ「クワア」と鳴いた。
「負け、みたいです」
鈴香が口添えするのと聞いた愛媛は「ありがとうございました」と一礼した。
さらに大きくため息をついて「良かったあ、また負けたらどうしようかと思った」と素直に心境を吐露した。
『あ、顔が戻った』
鈴香は愛媛の顔をそっと見上げる。
愛媛の顔は笑顔では無かったものの、鬼の形相でもなくなっていた。
「もう1回、飛車落ちで良いかな?」
またしても愛媛が人差し指を立てて頼んでくる。
「良い?クロ?」
クロが元気よく「クワッ」と鳴いたのを確認して3局目が始まった。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「クワクワア」
コトッ
クロが角道を開ける。
パシン
愛媛も角道を開ける。
コトン
クロは左の金を上げる
パシッ
愛媛が飛車先の歩を突く。
「ここでどうなるか、だな」
「愛媛先生も飛車落ちで2連敗はしたくないだろうしな」
馬場の言葉に佐倉がうなずく。
「しかしクロの見立ては結構当たってるよねえ」
「あの指導対局で?」
馬場が考え込む。
「女流の棋戦も何度か見ていたし、愛媛先生の対局もあったと思うけど」
「カラスは人の顔を見分けると聞くが、ネット中継で見ただけの人も見分けると思う?」
馬場は首を振る。
「分からん。それこそクロ先生に聞いてみないと」
佐倉は「そうだなあ」とうなずいた。
1局目の飛車落ちと違って、中盤から終盤に差し掛かっても愛媛有利で局面が推移していた。
「慎重に、慎重に」
愛媛のつぶやきは鈴香にも聞こえる。
パチン
コトッ
パチン
トコン
愛媛は角と銀の交換で駒損しながらも飛車を成りこむ。
さらに銀を打ち込んで、クロの玉を挟撃した。
「これは行けるか?」
「なんとか」
「愛媛先生、がんばって!」
ここに至って佐倉、馬場、歩美による愛媛の応援に力が入る。
パチッ
コトン
ピシン
愛媛が持ち駒の金を打ったのを見たクロは「クワクワ」と鳴いて頭を下げた。
「ありがとうございました」
愛媛も頭を下げて応じた。
「クワッ」
クロが盤の横に出していた飛車を加えて盤の上に置く。
代わりに角をくわえて盤の横に置いた。
「角落ち…ってこと?」
「そうなの、クロ?」
鈴香の聞かれたクロは「クワッ」と鳴いた。
「愛媛先生、どうします?」
愛媛はニコッと笑って、「指そうか」と答えた。
鈴香と愛媛は駒を並べ直す。
クロ陣の角だけが外れた状態で並べ終わると、どちらも「お願いします」と言って頭を下げた。
「クワア」
クロは頭を下げて、飛車先の歩を突いた。
パチッ
愛媛は角道を開けた。
「これは見ものだな」
佐倉の言葉に馬場が「そう?」と尋ねる。
「飛車と角を入れ替えたところで、クロの決意みたいなものを感じたよ」
パチン
コトン
ピシッ
コトッ
先ほどまでとは異なり、クロ陣に強力な駒である飛車が存在することで、愛媛も簡単には攻めきれない。しっかり玉を囲ってから飛車角銀桂で攻撃の形を整える。
一方のクロは攻撃された後のカウンター狙いのようで、金銀をバランス良く配置した。
パチン
トコン
ピシン
トコッ
パチッ!
愛媛が歩を突き捨てたところから攻撃が始まった。
そこから大きく飛車と角を大きく動かして、クロ陣に揺さぶりをかける。
しかしクロも金や銀でガッチリ守って隙を見せない。
逆に愛媛が攻めあぐねた隙を突いて、クロから飛車交換を挑んだ。
「これは逃げられないなあ」
「でも打ち込む隙は…」
「ああ、愛媛さんが不利だ」
パチッ
コトン
パチリ
コトッ
結局、飛車交換になったものの、クロがすぐに飛車を打ち込んで竜を作ったのに対して、愛媛は受けるために自陣に飛車を打つ他に有効な手が見当たらなかった。
佐倉と馬場がクロとの将棋を思い出す。
クロとの対局では一旦差が付くと、もうひっくり返すことはできない。
愛媛は懸命に粘るものの、クロの攻勢が止められなかった。
パチッ
コトン
クロの2枚目の飛車成りを見た愛媛は持ち駒の上に手を置いて「負けました」と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「クワァ」
そのまま愛媛は顔に両手を当てる。
「負けたあ…」
その日の夜に公開されたネット動画は、クロと愛媛が対局した4局の結果を示しつつ、飛車落ちの2局を解説付きで編集したものとなっていた。
「いやー、本当に強かったです」
締めの挨拶で愛媛愛菜が感想を口にする。
「この後、『将棋風流記』でおなじみの富士林金也《ふじばやし きんや》五段との対局が予定されているそうですが、私ももっともっと力をつけてクロ君と再戦したいと思います。ぜひぜひ皆さんも応援してください。また番組登録やイケテルネボタンもよろしくお願いいたします」
最後に頭を下げて番組は終了した。
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そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
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カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
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