クロと鈴香の将棋道-カラスが駒を見つけたら-

県田 星

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第2章 協会の困惑

第24話 カラスの棋譜や動画を研究したら

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「強いなあ」
集まった棋士や奨励会員達の口から同じような感想がもれる。

部屋の中央で盤を挟んで向き合っているのは、浜島和人はましま かずと三段と蔦本浜辺つたもと はまべ五段。言い換えれば、クロが対戦する七番勝負の一番手と二番手だ。

数日前、浜島は親しい奨励会員から「蔦本先生が連絡が欲しいって。おそらくカラスの件」と伝えられた。その奨励会員から教えられた蔦本の電話にかけたところ、「もし良かったらだけど…」のように、クロ対策を一緒に練らないかと誘われた。

これは今回の企画における七番勝負のルールに関係がある。
棋士の対局において、先手と後手を決めるのには、もっぱら振り駒が用いられる。

この七番勝負も振り駒で先手と後手を決めるのは同じながら、毎局振り駒が行われる訳ではない。最初に振り駒を行って手番が決まると、2局目以降は手番が交互に入れ替わる。例えば、1局目に行われた振り駒の結果としてクロが先手になると、以降は3局目、5局目、7局目にクロが先手になる。反対に1局目がクロが後手の場合、2局目、4局目、6局目でクロが先手になる。

七番勝負で一番手の浜島は振り駒が行われるまで、先手になるか後手になるか分からない。しかし2局目に対戦する蔦本と組んで先手と後手のクロ対策を研究すれば、浜島と蔦本のどちらが先手になっても後手になっても、それぞれで研究の成果を活用できる。

なお、プロ棋士や女流棋士のタイトル戦などの番勝負では、最終局-七番勝負の7局目や五番勝負の5局目になると、改めて振り駒が行われる。この部分だけがクロの七番勝負とはちょっと違っている。

「ぜひ、ぜひ!お願いします!」

1も2になく飛び付いた浜島に、一門の兄弟弟子《きょうだいでし》や知り合いの奨励会員がくっついてきた。これは蔦本も同様。兄弟弟子のみならず友人知人の棋士も参加を希望した。その中には現役のA級棋士も含まれていた。

浜島の部屋には3つの将棋盤が置かれている。それぞれの盤を3~4人の棋士が囲んで、「これは?」「いや、こっちが」と指し手の良し悪しについて語る。彼らの他に、パソコンのモニターに見入る者もいれば、何枚かの棋譜を見比べている者もいる。いずれもクロが指した将棋の研究だ。

皆、手が動くと共に口も動く。
「駒落ちでも平手でも変わらず厳しいな」
「どっちかと言えば攻め将棋か」
「ちょっとでも隙があると見たら、すかさず踏み込んでくる」
「大岩先生は『最初のチャンスは見逃す』って言ってたけど…』
「いや『見送る』だったような。まあ、同じか」
「ソフトとの一致率が9割を超えてる時もあるぞ」
「もう人間じゃないな。ああ、カラスか…」
「カラス星人ってのも言い得て妙だよ」
「細い攻めをうまーくつないでくる」
「大駒を切るタイミングが絶妙」
「角と金銀の交換なら、金銀の方が良いって思ってそうだ」
「その金銀で攻められたら防げないなあ」
「これを、ほとんどノータイムで指してくるって…」
「考えても、せいぜい1分くらいだよな」

「あ、それなんだけど…」
棋士の1人が声を大きめにすると皆が注目した。
「クロは飼い主の馬場さんと鈴香ちゃんが指している将棋を見て覚えたらしいんだって。で、最初の頃に指していた2人が対局時計を使わず、でもって、長考なしで指しているのを見て『将棋はあまり考えないで指すもの』と覚えたんじゃないかってさ」

将棋において長考と見なす時間は様々だ。最も持ち時間が長い名人戦の七番勝負は各9時間もある。また竜王戦や王位戦、王将戦なら各8時間もあり、いずれも二日間かけて対局する。その場合には1時間、2時間と考え続けることも珍しくない。さらに5時間を超える長考もあった。ただし、グッと短くなって持ち時間が1時間の将棋なら、15分や20分も考えれば長考とみなされる。さらに持ち時間が5分や10分の場合には、1分考えても“長考だな”と言われることすらある。

皆からため息がもれる。
「初手から長考する気が無いってことか」
「だったら、そこを突けないかなあ」
「深い読みが必要な局面まで誘導するってこと?」
「とどのつまり研究ハメかあ」
再び皆が盤面やモニターに視線を戻した。

「この子、っと、鈴香ちゃんはどう思ってるんだろう」
高村八段とクロとの対局動画を見ていた棋士がつぶやいた。
駒を動かしているのはクロながら、鈴香もジッと盤面に見入っている。
「将棋を覚えて1年くらいでアマの二段か三段くらいになったって」
「おじいさんとともに朝草将棋クラブの常連だよ」
「この前、研修会に入ったとか」
「そうそう、初日は1勝3敗だって…」
どこから入手したのか、それぞれの鈴香ネタを披露し始めた。

「未来の女流棋士か、それとも奨励会から四段になるのか…」
「女性の将棋ファンや指す将も増えたからなあ」
「ライバルの女の子も一緒に研修会に入ったってさ。っと、何て名前だったか…」
「年々、研修会も奨励会も賑やかになるなあ」
その辺りで「いや、そうじゃなくって」と最初に切り出した棋士が声を上げる。
「クロの対局を一番近いところで見てるのが鈴香ちゃんなんだろ」
「…そうだな」
「その鈴香ちゃんがクロの将棋っぷりをどう見てるかってこと」
「つまり鈴香ちゃんなら、クロの将棋の癖とか指し筋とかで気づいたことがあるかもってこと?」
最初に切り出した棋士が「そうそう、それ」と身を乗り出す。
「そんなの…分からんよ」
1人の棋士がつぶやくと、他の棋士も「そうだよなあ」と同意した。
しかし「あー、橋田五段なら、何か知ってるかも…」と言い出す者がいた。
「そうか、ちょっと聞いてみるかな」
橋田と親しい棋士の1人が電話をかける。
「ああ、ごめん。ちょっと聞きたいことがあってさ。うん、そう、クロのことで…」
周囲の人間には聞き取れなかったが、何やら話し込んでいる。
他の人間は会話に興味を持ちつつも、またも盤面やモニターに視線を戻した。
「ありがと、じゃあ」
話し終えた棋士はスマートフォンをしまった。

皆の視線が集まる。
「鈴香ちゃんが気づいたクロの癖…と言って良いのか分からんけど、クロの対局相手が疑問手や悪手を指すと、クロは相手の顔を見るんだとさ」
集まった中から「ほう」と声があがる。
「つまり、クロは壬生会長の生まれかわりってことか」
「おい!会長はまだ生きてるぞ!」
「じゃあ、勝ちを確信すると羽根が震えるとかはないの?いや、クチバシか」
そうした冗談も飛び交った後、「確認してみるか」と協会から送られたクロの対局動画を次々に再生した。

「高村先生との対戦は、どう?」
「あ、ここの銀打ちか?」
「何となく…見てる…っぽい」
「愛媛さんとは?」
「ここ、ここ!」
「しっかりと見上げたな」
その後も対局動画で確認していく。
「平手でも駒落ちでも見上げたな」
「クロにすれば『あなたはどうしてこんな手を指したの?』ってとこか」
「もっと厳しく、『おい、お前正気か?』かもしれんぞ」
「そうだなあ、たださ…」
「うん?」
1人の棋士が「役に立たん」と言い切った。
「それもそうか」
「そうでもないだろ。クロさんに顔を見上げられたら投了しろってこと」
何人かの棋士から苦笑がもれる。
「なんつーか、カラスにも棋士っぽいところがあるのは親近感が湧くよ」

その後もクロ対策が練られていく。
棋士の中には「他の癖は?」と対局動画を注意深く見返す者もいたが、残念ながら見上げる他に癖っぽい動作は見つからなかった。

その日は夜遅くまで、あれこれと研究が続いた。
さらに日を変え、人を変えて研究した結果、「これは行けるんじゃない?」「この手なら良さそう」とクロ向けに有効そうな展開が見つかった。
「あとは本番を待つばかり、か」
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