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第2章 協会の困惑
第25話 カラスと研修会入会を振り返ったら
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インターネットの将棋中継を見ていた馬場の耳に「たっだいまー!」と鈴香の元気の良い声が聞こえた。
玄関の方から足音がしたかと思うと、鈴香が飛び込んでくる。
「おかえり」
「クワーッ」
馬場とクロが顔を向ける。
「よ・ん・れ・ん・しょ・おぉぉぉ(4連勝)!」
鈴香は突き出した右手の指を4本立てて、研修会2日目の結果を示した。
「E1クラスでスタートだって!」
「そりゃ、良かった」
「クワクワア」
馬場が笑顔で拍手すると、クロも嬉しそうに羽ばたいた。
「ところで歩美ちゃんはどうだった?」
「3勝1敗、歩美もE1だって」
「そうか、まあ、2人ともここからだな」
馬場は日本将棋協会のサイトを開く。研修会のページには鈴香と歩美の名前が表示されていた。
さすがに今日の結果はまだ掲載されていないものの、数日後には更新されるだろう。
勝ち星を重ねて上のクラスになれば、将来につながる可能性も大きい。
「女流棋士になるか、奨励会を目指すか…」
馬場は腕組みした。
「見て見て!」
盤の前に座った鈴香が今日の対局を並べ始める。
「クワッ」
クロが盤の横から覗き見る。
「念のために撮っておくか」
鈴香の向かい側に座ろうとした馬場が、クロと将棋盤が画面に入るようにしてスマートフォンで撮影する。
もちろん佐倉からの依頼に応えたものだ。
鈴香は1局目から並べていく。
「ここは難しかったかなあ」
「そうか」
「この手は勝負手」
「ちょっと危ないな」
「相手が苦しいと思うんだけど…」
「うんうん」
「これは…詰みあり?」
「角打ちから寄りそうだな」
順に3局を並べていく中で、鈴香が感想を言い、合わせて馬場も答えていく。
そして4局目。
「クワァ!」
「おっ!」
「わぁ!」
中盤に差し掛かった鈴香の手番で、クロが銀をくわえて斜め後ろに置いた。
時々、こうしてクロが口ならぬクチバシを挟んでくる。
「その方が良いの?」
鈴香が聞くと、クロが再び「クワァ!」と鳴いた。
馬場と鈴香が「「うーん」」と首を傾げる。
「後で調べてみるか」
「うん」
「ありがと、おばあちゃん」
4局を並べ終わった鈴香は、ひと休みして祖母が持ってきたお菓子を口にした。
同じようにお茶を飲んだ馬場が尋ねる。
「鈴香は女流棋士になるのか?それとも普通の棋士?」
「まだ、分からないけど…どうして?」
「いい機会だから誰か棋士の人に師匠になってもらおうかって」
「師匠?」
棋士もしくは女流棋士となる際には、四段以上の棋士と師弟関係を結ぶ必要がある。ただし昔のように住み込みで師匠の世話をしつつ、その合間に将棋を教えてもらうような関係は無くなっているが。
師匠となるにあたって、あこがれの棋士に「ぜひ!」と弟子入りを申し込むこともあれば、通っている将棋クラブなどの知り合いを介して、なじみの棋士に取り次いでもらう形も増えている。そうした師弟関係に濃淡はあっても、一門ともなれば師匠となった棋士や兄弟関係にある棋士や奨励会員から将棋の勉強会に誘われたり、将棋や日常生活のマナーなどを教えられたりする機会が増える。
「せっかく橋田先生や富士林先生、高村先生と知り合ったんだし、誰かに師匠になってもらったらどうだ?もちろん先生方の都合もあるだろうけどさ」
「うーん」
鈴香は考える。
「じゃあ、辻井先生!」
「それは…どうだろうなあ」
馬場は顔をしかめた。
今をときめく辻井孝太八冠。
5人目の中学生棋士としてデビューして以降、史上最年少の記録を次々に更新してきた。数年前までは現役最年少の棋士でもあり、ようやく彼より年少の棋士がデビューしたものの、20代となった今でも年齢としては若手に入る。
そう、まだ辻井八冠は20歳を過ぎたばかりなのだ。
年齢に関係なく四段となれば棋士として一人前であり、本業である対局を無断ですっぽかしたり、引き受けた解説や執筆などの依頼を放置したりでもしなければ行動は自由。もちろん犯罪行為などは論外だが。
つまり棋士が弟子を持つ場合でも年齢の下限はない。が、現実的にはある程度の年齢に至った棋士が弟子をもつことが多い。その意味では辻井八冠は弟子を持つにはあまりにも若かった。
「辻井八冠の師匠の桐本八段はどうだ?辻井八冠以外にも何人も弟子にしてるし、去年だったか2人目の四段も出たし」
愛地県名古野市に居を構える桐本八段。「東海(名古野)にタイトルを」とする師匠の思いを受け継いで、地元に密着した普及活動を担ってきた。辻井孝太少年を弟子にした時、「辻井が棋士になれなかったら、2度と弟子は取りません」のように公言したことも知られている。
辻井孝太少年が四段としてデビューして以降、わずか数年でタイトルを獲得して長年の願いを実現した時は嬉しかったに違いない。もっとも、その数年後に全8タイトルを独占することまで桐本八段は想定していただろうか。
鈴香は「うーん」と考えたまま。
「まあ、急ぐこともないか。一局どうだ?」
駒を並べ終えた馬場が対局に誘う。
「うん!」
研修会と同じ持ち時間で対局時計を使って対局を始める。
パシッ
先手となった鈴香は飛車先の歩を突いた。
ピシリ
馬場も飛車先の歩を突く。
ピシッ
パシッ
・
・
・
「うーん、負けました」
「ありがとうございました」
鈴香が頭を下げて投了すると、馬場も一礼した。
「ここで攻めた方が良かったかなあ」
中盤に局面を戻して感想戦を始めた鈴香を馬場が見守る。
『確実に追い越されるのも、もうすぐだなあ』
辛勝できた馬場はそう感じた。
玄関の方から足音がしたかと思うと、鈴香が飛び込んでくる。
「おかえり」
「クワーッ」
馬場とクロが顔を向ける。
「よ・ん・れ・ん・しょ・おぉぉぉ(4連勝)!」
鈴香は突き出した右手の指を4本立てて、研修会2日目の結果を示した。
「E1クラスでスタートだって!」
「そりゃ、良かった」
「クワクワア」
馬場が笑顔で拍手すると、クロも嬉しそうに羽ばたいた。
「ところで歩美ちゃんはどうだった?」
「3勝1敗、歩美もE1だって」
「そうか、まあ、2人ともここからだな」
馬場は日本将棋協会のサイトを開く。研修会のページには鈴香と歩美の名前が表示されていた。
さすがに今日の結果はまだ掲載されていないものの、数日後には更新されるだろう。
勝ち星を重ねて上のクラスになれば、将来につながる可能性も大きい。
「女流棋士になるか、奨励会を目指すか…」
馬場は腕組みした。
「見て見て!」
盤の前に座った鈴香が今日の対局を並べ始める。
「クワッ」
クロが盤の横から覗き見る。
「念のために撮っておくか」
鈴香の向かい側に座ろうとした馬場が、クロと将棋盤が画面に入るようにしてスマートフォンで撮影する。
もちろん佐倉からの依頼に応えたものだ。
鈴香は1局目から並べていく。
「ここは難しかったかなあ」
「そうか」
「この手は勝負手」
「ちょっと危ないな」
「相手が苦しいと思うんだけど…」
「うんうん」
「これは…詰みあり?」
「角打ちから寄りそうだな」
順に3局を並べていく中で、鈴香が感想を言い、合わせて馬場も答えていく。
そして4局目。
「クワァ!」
「おっ!」
「わぁ!」
中盤に差し掛かった鈴香の手番で、クロが銀をくわえて斜め後ろに置いた。
時々、こうしてクロが口ならぬクチバシを挟んでくる。
「その方が良いの?」
鈴香が聞くと、クロが再び「クワァ!」と鳴いた。
馬場と鈴香が「「うーん」」と首を傾げる。
「後で調べてみるか」
「うん」
「ありがと、おばあちゃん」
4局を並べ終わった鈴香は、ひと休みして祖母が持ってきたお菓子を口にした。
同じようにお茶を飲んだ馬場が尋ねる。
「鈴香は女流棋士になるのか?それとも普通の棋士?」
「まだ、分からないけど…どうして?」
「いい機会だから誰か棋士の人に師匠になってもらおうかって」
「師匠?」
棋士もしくは女流棋士となる際には、四段以上の棋士と師弟関係を結ぶ必要がある。ただし昔のように住み込みで師匠の世話をしつつ、その合間に将棋を教えてもらうような関係は無くなっているが。
師匠となるにあたって、あこがれの棋士に「ぜひ!」と弟子入りを申し込むこともあれば、通っている将棋クラブなどの知り合いを介して、なじみの棋士に取り次いでもらう形も増えている。そうした師弟関係に濃淡はあっても、一門ともなれば師匠となった棋士や兄弟関係にある棋士や奨励会員から将棋の勉強会に誘われたり、将棋や日常生活のマナーなどを教えられたりする機会が増える。
「せっかく橋田先生や富士林先生、高村先生と知り合ったんだし、誰かに師匠になってもらったらどうだ?もちろん先生方の都合もあるだろうけどさ」
「うーん」
鈴香は考える。
「じゃあ、辻井先生!」
「それは…どうだろうなあ」
馬場は顔をしかめた。
今をときめく辻井孝太八冠。
5人目の中学生棋士としてデビューして以降、史上最年少の記録を次々に更新してきた。数年前までは現役最年少の棋士でもあり、ようやく彼より年少の棋士がデビューしたものの、20代となった今でも年齢としては若手に入る。
そう、まだ辻井八冠は20歳を過ぎたばかりなのだ。
年齢に関係なく四段となれば棋士として一人前であり、本業である対局を無断ですっぽかしたり、引き受けた解説や執筆などの依頼を放置したりでもしなければ行動は自由。もちろん犯罪行為などは論外だが。
つまり棋士が弟子を持つ場合でも年齢の下限はない。が、現実的にはある程度の年齢に至った棋士が弟子をもつことが多い。その意味では辻井八冠は弟子を持つにはあまりにも若かった。
「辻井八冠の師匠の桐本八段はどうだ?辻井八冠以外にも何人も弟子にしてるし、去年だったか2人目の四段も出たし」
愛地県名古野市に居を構える桐本八段。「東海(名古野)にタイトルを」とする師匠の思いを受け継いで、地元に密着した普及活動を担ってきた。辻井孝太少年を弟子にした時、「辻井が棋士になれなかったら、2度と弟子は取りません」のように公言したことも知られている。
辻井孝太少年が四段としてデビューして以降、わずか数年でタイトルを獲得して長年の願いを実現した時は嬉しかったに違いない。もっとも、その数年後に全8タイトルを独占することまで桐本八段は想定していただろうか。
鈴香は「うーん」と考えたまま。
「まあ、急ぐこともないか。一局どうだ?」
駒を並べ終えた馬場が対局に誘う。
「うん!」
研修会と同じ持ち時間で対局時計を使って対局を始める。
パシッ
先手となった鈴香は飛車先の歩を突いた。
ピシリ
馬場も飛車先の歩を突く。
ピシッ
パシッ
・
・
・
「うーん、負けました」
「ありがとうございました」
鈴香が頭を下げて投了すると、馬場も一礼した。
「ここで攻めた方が良かったかなあ」
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『確実に追い越されるのも、もうすぐだなあ』
辛勝できた馬場はそう感じた。
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