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第2章 協会の困惑
第28話 カラスにライバルが現れたら
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駒音と対局時計の音声、さらに盤を挟んだ対局者のぼやきで賑わう朝草将棋クラブ。
その壁には七番勝負のスケジュールが大きく掲示されている。
初戦の浜島三段とクロの下には、勝敗予想を兼ねた付箋がたくさん貼られている。
そのほとんどが応援メッセージ付きだ。浜島三段とクロとで付箋の数は同じくらいだったが、クロ側が「ガンバレ」「必勝!」などと余裕のあるメッセージが多いのに対して、浜島側は「勝利を願って」「リベンジ期待」「カラスに負けるな」のように応援する書き込みが目立つ。
それはクロが勝ってきた橋田五段や富士林五段や愛媛女流四段、さらには高村八段との結果を反映した差と思われる。
その七番勝負が近づくにつれ、朝草将棋クラブは前にも増して盛況となった。
「カラスのクロが指した場所」として注目が集まったからだ。
その中には興味本位で来店した人が少なからずいたが、多少なりとも将棋を指す気があれば、席主を始めとした常連が温かく向かえた。その反対に「何かネタでも」とスマートフォン片手に突撃に来た動画撮影者などは、それまで同様に即刻叩き出される。
一方で様子見なのか気が進まないのか、来店に至らない人もチラホラいた。
将棋ファンの知った顔で。
「クラブの前で■◇八段を見かけた」
「あの人は確か去年のアマ名人の★〇さんじゃ…」
「×△七段に似た人がうろうろしていた」
そうした人達について、あえて席主や常連は追いかけることはなかった。
もっともプロ棋士やアマチュア強豪を含めて腕に自信のある人の多くは「クロと指したいんですが」と来店する。ただし席主は「土曜か日曜か祝日に運が良ければ…」と答えるに留まっていた。
そして運の良い日が来た。
その日の朝草将棋クラブには2つのカゴが持ち込まれた。ひとつはクロが入ったカゴ。もうひとつのカゴには…。
「歩美ちゃん、その子、ほんっとに将棋できるの?」
歩美が持ち込んだカゴの中では、モルモットがチョコマカと動いていた。
「もっちろん!この一か月特訓したんだから」
「名前、何だったっけ?」
「覚えなさいよ!エメラルダス・オスカル・フェルン・コマチ・ジャンヌ・ナミ…」
歩美がカゴに書かれた名前を読み上げる。
「えーと、じゅげむ?ピカソ?」
「ちーがーう!エメラルダス・オスカル・フェルン…」
「ホッペってどう?この子のほっぺたのトコに丸い模様があるし」
全体的に茶色のモルモットながら、ところどころ白くヌケたような体毛色で、右の頬には白くて丸い形があった。
「白丸って、何だか良さそうだし」
「それはそうだけ…勝手に決めないでよ!」
言い争う2人に席主が割って入る。
「まあまあ、とりあえずクロとで指してみようか」
「「はーい」」
駒を並べ終えた鈴香はクロを、歩美はモルモットをカゴから出す。
モルモットを見たクロが「クワッ」と鳴く。
「うん?食べたいの?」
鈴香がモルモットに手を伸ばそうとするが、あわてて歩美がモルモットを手で覆う。
「まあ餌じゃないし、変なもの食べてクロがお腹壊してもいけないしね」
「変なものって何よ!私の大事なメーテル・フェルン・ジャンヌ・オスカル…」
「さっきと違うような…。もうホッペで良いじゃん」
「ダメー!はいはい、こっちが先手ね。行くよ!」
歩美がモルモットを盤の手前に置く。モルモットはチョコチョコと盤の上を歩いた。
取り囲んだ人から「おおっ!」と声が上がる。
モルモットが飛車のひとつ前に置かれた歩、つまり飛車先の歩を両方の前足で抱えたからだ。
「まず歩突きか」
「初手は2六歩と」
「居飛車党かよ」
そんな声も聞こえた。
が、続けて異音が響く。
カリカリカリカリカリ…
モルモットが歩の端をかじり始める。飛車先の歩を抱えたのは偶然らしかった。
「ほっぺ!ダメッ!」
歩美はモルモットを捕まえると、抱えた歩を取り上げた。
言うまでもなく駒の一部が欠けている。
「あー、今、ほっぺって言った!」
「クワァ」
鈴香の指摘とクロの鳴き声、さらに渋い顔をした席主が「…歩美ちゃん」と声をかけると、歩美は「ごめんなさーい」と謝った。
「ねえ、特訓って、何したの?」
鈴香に聞かれた歩美は、この一カ月、モルモットの前で将棋を指したり、将棋の動画を見たりしたと答える。
「クロもそうして将棋を指せるようになったんでしょ…」
「それは、そうなんだけど…」
「とりあえずカゴにしまおうか」
席主に言われて、歩美はモルモットをカゴに戻す。
結局モルモットの名前は“ほっぺ”と決まり、クロとのペット対決はクロの勝ちとなった。
「待ってる人もいるけど、まずは歩美ちゃんが指そうか?クロと二枚落ちで良いよね」
席主の勧めもあり、仕切り直して1局目が始まった。
「クワア」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
コトン
パチッ
カタッ
ピシッ
・
・
・
パチン
コトッ
「負けました」
「ありがとうございました」
「クワクワァ」
序盤からクロの厳しい攻め手が始まり、歩美も懸命に頑張ったが80手ほどで投了した。
悔しそうな顔をする歩美だったが、もう泣くことはない。
「クロの駒落ち上手はますます磨きがかかってきたね」
この日も見学していた佐倉が感想を口にする。
「私も2枚落ちで勝ったり負けたりです」
鈴香が苦笑いを見せた。
その後は順番を待っていたプロ棋士やアマチュア強豪らとの対局が4局行われた。
それらは七番勝負を見据えて平手での対戦となり、全てクロが勝った。
「とことん強いな」
「攻撃的な手が多い」
「攻めっ気1000%だ」
「勝ち筋が見えるか?」
「いや、全然」
「寄せも一気だ」
この日、クロの下に張られた付箋が増えると同時に、浜島三段の側には懇願にも似た応援の付箋が増えた。
その壁には七番勝負のスケジュールが大きく掲示されている。
初戦の浜島三段とクロの下には、勝敗予想を兼ねた付箋がたくさん貼られている。
そのほとんどが応援メッセージ付きだ。浜島三段とクロとで付箋の数は同じくらいだったが、クロ側が「ガンバレ」「必勝!」などと余裕のあるメッセージが多いのに対して、浜島側は「勝利を願って」「リベンジ期待」「カラスに負けるな」のように応援する書き込みが目立つ。
それはクロが勝ってきた橋田五段や富士林五段や愛媛女流四段、さらには高村八段との結果を反映した差と思われる。
その七番勝負が近づくにつれ、朝草将棋クラブは前にも増して盛況となった。
「カラスのクロが指した場所」として注目が集まったからだ。
その中には興味本位で来店した人が少なからずいたが、多少なりとも将棋を指す気があれば、席主を始めとした常連が温かく向かえた。その反対に「何かネタでも」とスマートフォン片手に突撃に来た動画撮影者などは、それまで同様に即刻叩き出される。
一方で様子見なのか気が進まないのか、来店に至らない人もチラホラいた。
将棋ファンの知った顔で。
「クラブの前で■◇八段を見かけた」
「あの人は確か去年のアマ名人の★〇さんじゃ…」
「×△七段に似た人がうろうろしていた」
そうした人達について、あえて席主や常連は追いかけることはなかった。
もっともプロ棋士やアマチュア強豪を含めて腕に自信のある人の多くは「クロと指したいんですが」と来店する。ただし席主は「土曜か日曜か祝日に運が良ければ…」と答えるに留まっていた。
そして運の良い日が来た。
その日の朝草将棋クラブには2つのカゴが持ち込まれた。ひとつはクロが入ったカゴ。もうひとつのカゴには…。
「歩美ちゃん、その子、ほんっとに将棋できるの?」
歩美が持ち込んだカゴの中では、モルモットがチョコマカと動いていた。
「もっちろん!この一か月特訓したんだから」
「名前、何だったっけ?」
「覚えなさいよ!エメラルダス・オスカル・フェルン・コマチ・ジャンヌ・ナミ…」
歩美がカゴに書かれた名前を読み上げる。
「えーと、じゅげむ?ピカソ?」
「ちーがーう!エメラルダス・オスカル・フェルン…」
「ホッペってどう?この子のほっぺたのトコに丸い模様があるし」
全体的に茶色のモルモットながら、ところどころ白くヌケたような体毛色で、右の頬には白くて丸い形があった。
「白丸って、何だか良さそうだし」
「それはそうだけ…勝手に決めないでよ!」
言い争う2人に席主が割って入る。
「まあまあ、とりあえずクロとで指してみようか」
「「はーい」」
駒を並べ終えた鈴香はクロを、歩美はモルモットをカゴから出す。
モルモットを見たクロが「クワッ」と鳴く。
「うん?食べたいの?」
鈴香がモルモットに手を伸ばそうとするが、あわてて歩美がモルモットを手で覆う。
「まあ餌じゃないし、変なもの食べてクロがお腹壊してもいけないしね」
「変なものって何よ!私の大事なメーテル・フェルン・ジャンヌ・オスカル…」
「さっきと違うような…。もうホッペで良いじゃん」
「ダメー!はいはい、こっちが先手ね。行くよ!」
歩美がモルモットを盤の手前に置く。モルモットはチョコチョコと盤の上を歩いた。
取り囲んだ人から「おおっ!」と声が上がる。
モルモットが飛車のひとつ前に置かれた歩、つまり飛車先の歩を両方の前足で抱えたからだ。
「まず歩突きか」
「初手は2六歩と」
「居飛車党かよ」
そんな声も聞こえた。
が、続けて異音が響く。
カリカリカリカリカリ…
モルモットが歩の端をかじり始める。飛車先の歩を抱えたのは偶然らしかった。
「ほっぺ!ダメッ!」
歩美はモルモットを捕まえると、抱えた歩を取り上げた。
言うまでもなく駒の一部が欠けている。
「あー、今、ほっぺって言った!」
「クワァ」
鈴香の指摘とクロの鳴き声、さらに渋い顔をした席主が「…歩美ちゃん」と声をかけると、歩美は「ごめんなさーい」と謝った。
「ねえ、特訓って、何したの?」
鈴香に聞かれた歩美は、この一カ月、モルモットの前で将棋を指したり、将棋の動画を見たりしたと答える。
「クロもそうして将棋を指せるようになったんでしょ…」
「それは、そうなんだけど…」
「とりあえずカゴにしまおうか」
席主に言われて、歩美はモルモットをカゴに戻す。
結局モルモットの名前は“ほっぺ”と決まり、クロとのペット対決はクロの勝ちとなった。
「待ってる人もいるけど、まずは歩美ちゃんが指そうか?クロと二枚落ちで良いよね」
席主の勧めもあり、仕切り直して1局目が始まった。
「クワア」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
コトン
パチッ
カタッ
ピシッ
・
・
・
パチン
コトッ
「負けました」
「ありがとうございました」
「クワクワァ」
序盤からクロの厳しい攻め手が始まり、歩美も懸命に頑張ったが80手ほどで投了した。
悔しそうな顔をする歩美だったが、もう泣くことはない。
「クロの駒落ち上手はますます磨きがかかってきたね」
この日も見学していた佐倉が感想を口にする。
「私も2枚落ちで勝ったり負けたりです」
鈴香が苦笑いを見せた。
その後は順番を待っていたプロ棋士やアマチュア強豪らとの対局が4局行われた。
それらは七番勝負を見据えて平手での対戦となり、全てクロが勝った。
「とことん強いな」
「攻撃的な手が多い」
「攻めっ気1000%だ」
「勝ち筋が見えるか?」
「いや、全然」
「寄せも一気だ」
この日、クロの下に張られた付箋が増えると同時に、浜島三段の側には懇願にも似た応援の付箋が増えた。
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