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第3章 七番勝負の開始
第35話 カラスに珍しい戦法を試したら
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「よろしくお願いします!」
座布団に正座した佐倉が勢いよく一礼する。
雰囲気に押された鈴香も「お願いします」と礼を返し、クロも「クワクワ」と鳴いて頭を2度3度と下げた。
鈴香が対局時計のボタンを押したのを確認して、佐倉が盤上に手を伸ばす。
パチン
ポン
佐倉が角道を開けて、対局時計のボタンを押した。
佐倉もクロも全ての駒が並んでいる。つまりハンデ無しの平手だ。
これは佐倉の申し出を受けたもので、さらに佐倉が先手なのも同様。
「ちょっとクロに試してみたい戦法があって」
佐倉は思わせぶりに、そう口にした。
コトン
トットットッ
ポン
クロも角道を開けて対局時計のボタンを押した。
こちらはクチバシで。
パチン
佐倉は角の前にある歩をひとつ前に進める。
「へえ」
思わず声に出したのは馬場。
鈴香と菱子、歩美は内心で驚いたものの、声には出さなかった。
これは角頭歩戦法と呼ばれるもので、ごくごく少ないもののプロ棋戦で指された実戦例もある。弱点になりやすい角頭を自ら開けつつ、そこを狙ってきた相手の指し手に乗って反撃する戦法だ。
カタッ
クロは飛車先の歩を突く。
もうひとつ飛車先の歩を進めると、角の頭から佐倉陣が破られてしまうのは明らかだ。
しかし…
パシッ
佐倉はクロ陣の角を取って駒台に置くと、自分の角を成り込む。
コトン
クロは成り込まれた角を銀で取る。
ピシッ
佐倉は桂馬を跳ねた。
このように桂馬を跳ねると、一時的ながらもクロは飛車先の歩を進めることができなくなる。これが角頭歩戦法の要となる展開だ。
ここから居飛車のまま左の金銀を中心に王を銀冠に囲う指し方もあれば、左の金を銀の上に移動した後に振り飛車にすることもある。
ただし“桂馬の高跳び 歩の餌食”なんて将棋の格言がある。
角と同じように、頭が弱点の桂馬を狙った攻防戦が繰り広げられる展開もありうる。
「うん」
小さくうなずいた佐倉は金を上げた後、6筋に飛車を振った。
そこだけ見れば四間飛車ながら、七手目に早々と桂馬を跳ねている時点で、通常の角道を止める四間飛車とは大きく異なっている。ただし角交換四間飛車の発展形で似たような形の将棋が指されている。
コトン
パチン
カタッ
パシッ
その後、クロは金銀をバランスよく中央に盛り上げて行く。一方で佐倉は2八、つまり最初に飛車があった位置に自陣角を打って、クロ陣の飛車の小びんを狙う。それでもクロは角を手持ちにしたまま、佐倉の攻撃に備えた。
「どんな感じ?」
小声で馬場が菱子に尋ねる。
「うーん、なじみがある分、クロの方が指しやすいと思うけど、佐倉さんの研究がどこまであるのか…」
「でも、佐倉さんの狙いは私にも分かるよ」
歩美の言葉に馬場が「そうだね」とうなずく。
カコン
パチッ
コトン
パシッ!
形勢が十分と見た佐倉は桂馬の下に飛車を寄る。その後に桂馬を跳ねると、佐倉の飛車、角、桂馬がクロ陣にある飛車の斜め上を狙って躍動することになる…はず。
カタン
クロも自陣に角を打った。
「うーむ」
佐倉の手が止まる。
「どう?」
ここでも馬場が菱子に尋ねる。
「佐倉さんの攻めがどこまで続くか…」
「そうだよなあ」
歩美は「えーっと…」とつぶやきつつ、人差し指を宙で動かしながら盤上を見つめる。
パチン
佐倉が「よしっ」とつぶやいて歩を突いた。
コトン
すぐにクロは歩を取って駒台に乗せると自陣の歩を進める。
ピシリ
コトッ
パチリ
カタッ
佐倉の攻撃が続く。
クロは丹念に受ける。
そこから十数手進んだ局面でクロが自陣に打った角が大きく端に飛び出した。
佐倉がため息をつきながら、「そう来たかあ」と口にする。
端に出た角は一見窮屈ながら、間接的に佐倉陣をにらんでいるため、攻撃の続行が難しくなった。
パチン
佐倉は小考の後、飛車を中央に動かした。
つまりクロの飛車を狙った攻撃がとん挫した格好だ。
「あっ」
つい鈴香が声をあげる。
クロが佐倉の顔を見上げたからだ。
「飛車回りが悪手?」
馬場の質問に菱子が答える。
「そんなに悪い手には見えないけど、緩手くらい…かな」
「飛車を寄るなら、反対側が良いんじゃない?」
歩美が質問すると、菱子は「そっちの方が良さそうね」と答えた。
コトン
パチリ
カタン
ピシッ
クロの反撃が始まった。
こうなると地力の差が出てくる。
ジワジワと佐倉陣が押し込まれていく。
そこから十手ほどで佐倉は投了した。
「負けました」
「ありがとうございました」
「クワッ」
2人と一羽がそろって頭を下げる。
すぐに感想戦が始まる。
「クロの自陣角は想定外?」
馬場の言葉に佐倉は「いや…」と否定する。
「受けの角打ちは、いろいろ読んでいたから」
佐倉は角頭歩からの研究をいろいろ披露する。
菱子の疑問にも的確に答えた。
「私も指してみようかなあ」
「居飛車、振り飛車、どちらもあるからね。一発研究がハマれば…」
「でもハマらなかったと」
「それを言われるとなあ」
馬場の突っ込みに佐倉が頭をかいた。
「自陣角の活用も研究したけど、クロの手は研究から外れてたな」
その後は佐倉が飛車を回った局面を中心に駒を動かす。
いろんな局面で様子を見たものの、残念ながらクロがくちばしを挟むことはなかった。
「今日はもう難しい?」
感想戦が終わると、菱子や歩美はクロと指したそうな様子を見せたが、クロにチーズを食べさせた鈴香は「疲れちゃったみたい」と答える。
「そっか」
「そうよね」
ここまでで今日は解散することになった。
自宅に戻った佐倉は、今日、クロが指した3局を振り返る。
動画と棋譜、さらに佐倉が気づいたことをまとめたメモを、バシバシさんこと橋田勝吾五段や愛媛愛菜女流四段らに、そして日本将棋協会にも送った。
日本将棋協会は七番勝負の2局目でクロと対局する蔦本浜辺《つたもと はまべ》五段に送る。
「かあーくとおふうううううーーーーー(角頭歩)!」
3局目の棋譜を見た蔦本は叫んだ。
座布団に正座した佐倉が勢いよく一礼する。
雰囲気に押された鈴香も「お願いします」と礼を返し、クロも「クワクワ」と鳴いて頭を2度3度と下げた。
鈴香が対局時計のボタンを押したのを確認して、佐倉が盤上に手を伸ばす。
パチン
ポン
佐倉が角道を開けて、対局時計のボタンを押した。
佐倉もクロも全ての駒が並んでいる。つまりハンデ無しの平手だ。
これは佐倉の申し出を受けたもので、さらに佐倉が先手なのも同様。
「ちょっとクロに試してみたい戦法があって」
佐倉は思わせぶりに、そう口にした。
コトン
トットットッ
ポン
クロも角道を開けて対局時計のボタンを押した。
こちらはクチバシで。
パチン
佐倉は角の前にある歩をひとつ前に進める。
「へえ」
思わず声に出したのは馬場。
鈴香と菱子、歩美は内心で驚いたものの、声には出さなかった。
これは角頭歩戦法と呼ばれるもので、ごくごく少ないもののプロ棋戦で指された実戦例もある。弱点になりやすい角頭を自ら開けつつ、そこを狙ってきた相手の指し手に乗って反撃する戦法だ。
カタッ
クロは飛車先の歩を突く。
もうひとつ飛車先の歩を進めると、角の頭から佐倉陣が破られてしまうのは明らかだ。
しかし…
パシッ
佐倉はクロ陣の角を取って駒台に置くと、自分の角を成り込む。
コトン
クロは成り込まれた角を銀で取る。
ピシッ
佐倉は桂馬を跳ねた。
このように桂馬を跳ねると、一時的ながらもクロは飛車先の歩を進めることができなくなる。これが角頭歩戦法の要となる展開だ。
ここから居飛車のまま左の金銀を中心に王を銀冠に囲う指し方もあれば、左の金を銀の上に移動した後に振り飛車にすることもある。
ただし“桂馬の高跳び 歩の餌食”なんて将棋の格言がある。
角と同じように、頭が弱点の桂馬を狙った攻防戦が繰り広げられる展開もありうる。
「うん」
小さくうなずいた佐倉は金を上げた後、6筋に飛車を振った。
そこだけ見れば四間飛車ながら、七手目に早々と桂馬を跳ねている時点で、通常の角道を止める四間飛車とは大きく異なっている。ただし角交換四間飛車の発展形で似たような形の将棋が指されている。
コトン
パチン
カタッ
パシッ
その後、クロは金銀をバランスよく中央に盛り上げて行く。一方で佐倉は2八、つまり最初に飛車があった位置に自陣角を打って、クロ陣の飛車の小びんを狙う。それでもクロは角を手持ちにしたまま、佐倉の攻撃に備えた。
「どんな感じ?」
小声で馬場が菱子に尋ねる。
「うーん、なじみがある分、クロの方が指しやすいと思うけど、佐倉さんの研究がどこまであるのか…」
「でも、佐倉さんの狙いは私にも分かるよ」
歩美の言葉に馬場が「そうだね」とうなずく。
カコン
パチッ
コトン
パシッ!
形勢が十分と見た佐倉は桂馬の下に飛車を寄る。その後に桂馬を跳ねると、佐倉の飛車、角、桂馬がクロ陣にある飛車の斜め上を狙って躍動することになる…はず。
カタン
クロも自陣に角を打った。
「うーむ」
佐倉の手が止まる。
「どう?」
ここでも馬場が菱子に尋ねる。
「佐倉さんの攻めがどこまで続くか…」
「そうだよなあ」
歩美は「えーっと…」とつぶやきつつ、人差し指を宙で動かしながら盤上を見つめる。
パチン
佐倉が「よしっ」とつぶやいて歩を突いた。
コトン
すぐにクロは歩を取って駒台に乗せると自陣の歩を進める。
ピシリ
コトッ
パチリ
カタッ
佐倉の攻撃が続く。
クロは丹念に受ける。
そこから十数手進んだ局面でクロが自陣に打った角が大きく端に飛び出した。
佐倉がため息をつきながら、「そう来たかあ」と口にする。
端に出た角は一見窮屈ながら、間接的に佐倉陣をにらんでいるため、攻撃の続行が難しくなった。
パチン
佐倉は小考の後、飛車を中央に動かした。
つまりクロの飛車を狙った攻撃がとん挫した格好だ。
「あっ」
つい鈴香が声をあげる。
クロが佐倉の顔を見上げたからだ。
「飛車回りが悪手?」
馬場の質問に菱子が答える。
「そんなに悪い手には見えないけど、緩手くらい…かな」
「飛車を寄るなら、反対側が良いんじゃない?」
歩美が質問すると、菱子は「そっちの方が良さそうね」と答えた。
コトン
パチリ
カタン
ピシッ
クロの反撃が始まった。
こうなると地力の差が出てくる。
ジワジワと佐倉陣が押し込まれていく。
そこから十手ほどで佐倉は投了した。
「負けました」
「ありがとうございました」
「クワッ」
2人と一羽がそろって頭を下げる。
すぐに感想戦が始まる。
「クロの自陣角は想定外?」
馬場の言葉に佐倉は「いや…」と否定する。
「受けの角打ちは、いろいろ読んでいたから」
佐倉は角頭歩からの研究をいろいろ披露する。
菱子の疑問にも的確に答えた。
「私も指してみようかなあ」
「居飛車、振り飛車、どちらもあるからね。一発研究がハマれば…」
「でもハマらなかったと」
「それを言われるとなあ」
馬場の突っ込みに佐倉が頭をかいた。
「自陣角の活用も研究したけど、クロの手は研究から外れてたな」
その後は佐倉が飛車を回った局面を中心に駒を動かす。
いろんな局面で様子を見たものの、残念ながらクロがくちばしを挟むことはなかった。
「今日はもう難しい?」
感想戦が終わると、菱子や歩美はクロと指したそうな様子を見せたが、クロにチーズを食べさせた鈴香は「疲れちゃったみたい」と答える。
「そっか」
「そうよね」
ここまでで今日は解散することになった。
自宅に戻った佐倉は、今日、クロが指した3局を振り返る。
動画と棋譜、さらに佐倉が気づいたことをまとめたメモを、バシバシさんこと橋田勝吾五段や愛媛愛菜女流四段らに、そして日本将棋協会にも送った。
日本将棋協会は七番勝負の2局目でクロと対局する蔦本浜辺《つたもと はまべ》五段に送る。
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