63 / 113
第4章 棋士の立場
第62話 カラスがタイトルホルダーと対戦したら(その1)
しおりを挟む
「佐藤先生はこちら側でーす。鈴香さんとクロさんはこちらへどうぞー」
2人と一羽の座る位置は第2局目と同じ。
「よろしくお願いします」
「クワア」
改めて鈴香とクロが佐藤叡王に挨拶する
佐藤も「よろしくお願いします」と頭を下げた。
2人と一羽が席に座ると、会場の空気が引き締まる。
あちこちで起きていたざわつきが一瞬で静かになった。
「はーい、全員準備は良いですかー」
会場のあちこちから「はーい」「おう」などの声が返ってくる。
「じゃあ、始めまーす」との掛け声で撮影が開始された。
第4局で読み上げ係を務めるのは岡田絵里香女流二段。
今回も読み上げ係や聞き手役をめぐって、女流棋士の間で激しい争奪戦があったと噂されている。
しかしながら、その実体を知るのは関係者のみ。
「ぬばたまの闇より飛来せり漆黒の翼 クロ七番勝負の第4局を始めます。4局目はクロさんが先手です。どちらも持ち時間や考慮時間はありませんが、1分ごとに経過時間を読み上げます。それでは対局を始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「クワクワア」
2人と一羽が、そろって頭を下げた。
将棋盤の横にチョコチョコと移動したクロが飛車先の歩を咥えて、1マス前に置いた。
コトッ
「先手、角野クロさん、2六歩」
クロの指し手を岡田女流二段が読み上げる。
クロの初手を見た佐藤は軽く深呼吸をすると、同じように飛車先の歩を1つ前に進めた。
パチリ
「後手、佐藤巧叡王、8四歩」
同じように佐藤の指し手も岡田女流二段が読み上げた。
その後もスムーズに指し手が進み、盤面は相掛かり模様となる。
時折、岡田女流二段が消費時間を1分まで読み上げるものの、2分を過ぎることはない。
クロの顔色が変わらないのはいつものことながら、佐藤の表情も変わりを見せない。
「ここも研究の範囲」と言わんばかりに、淡々と指し手を進めて行く。
クロも鳴き声ひとつあげることなく、駒を咥えては置く、咥えては置くを繰り返していた。
「それでは守口先生、よろしくお願いいたします」
「はい、お願いします」
別の解説室では聞き手の浜内貴理子女流三段と立会人兼解説の守口敏内九段が頭を下げる。
「相掛かり模様になりましたね」
「ええ、佐藤叡王は居飛車党で、クロさんは居飛車、振り飛車ともに指しこなしますが、この辺りは想定される局面です」
「佐藤叡王も指し手は早いですね」
「ええ、おそらく研究範囲でしょう」
守口が盤面の駒に触れる。
「まだまだこの辺りは手の広い局面です」
「ええ」
「それでも研究範囲と思われるのは、相当深く研究を進めている証拠ですね」
「なるほど、タイトル戦レベルですか」
「かもしれません」
画面に表示されるソフトの形勢判断は先手のクロにいくらか振れているが、この程度であれば形勢は互角。
将棋ソフト界隈では先手有利が確定したとも評されることがある。
しかし人間の将棋では「先手ならちょっと指しやすいかなあ」くらいに留まっている。
もっとも、先手番の勝率が9割、後手番の勝率が7割を誇る辻井八冠、もとい七冠ともなれば別かもしれないが。
パチリ
コトン
ピシッ
カタッ
歩の交換などを経て、局面は序盤から中盤に差し掛かる。
それでも消費時間はどちらも1分を超えるくらいに留まってきた。
守口が盤面を見つめる。
「ここは考えどころなんですが…」
「パッと見では、飛車を回るくらいですか?」
「ええ、それも有力です。攻めにも守りにも利きそうで良い手ですね」
守口に「良い手」と褒められた浜内が少し照れる。
「他にはどんな手が?」
「玉を移動させて手待ちをするか、金銀を繰り替えて、まあ、こっちも手待ちです」
「ああ、なるほど。なかなかその辺りの繰り替えは難しいですねえ」
「ええ、ひとつひとつ意味がある手なんですけど、きっちり説明すると本が何冊も書けるくらいで…」
「うーん、そうなんですね」
守口が微笑むと、浜内も笑った。
「後は…角かなあ。こう引いて…」
守口の言葉が聞こえた訳ではないだろうが、佐藤が角を動かした。
「守口先生、当たりましたねー」
「ですね。私もタイトルを目指せそうです」
「ええ、本当に挑戦して奪取していただかないと」
「今なら相手は辻井さんか佐藤さんか、どっちも強敵だなあ」
解説室が、ひと時の笑いに包まれた。
2人と一羽の座る位置は第2局目と同じ。
「よろしくお願いします」
「クワア」
改めて鈴香とクロが佐藤叡王に挨拶する
佐藤も「よろしくお願いします」と頭を下げた。
2人と一羽が席に座ると、会場の空気が引き締まる。
あちこちで起きていたざわつきが一瞬で静かになった。
「はーい、全員準備は良いですかー」
会場のあちこちから「はーい」「おう」などの声が返ってくる。
「じゃあ、始めまーす」との掛け声で撮影が開始された。
第4局で読み上げ係を務めるのは岡田絵里香女流二段。
今回も読み上げ係や聞き手役をめぐって、女流棋士の間で激しい争奪戦があったと噂されている。
しかしながら、その実体を知るのは関係者のみ。
「ぬばたまの闇より飛来せり漆黒の翼 クロ七番勝負の第4局を始めます。4局目はクロさんが先手です。どちらも持ち時間や考慮時間はありませんが、1分ごとに経過時間を読み上げます。それでは対局を始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「クワクワア」
2人と一羽が、そろって頭を下げた。
将棋盤の横にチョコチョコと移動したクロが飛車先の歩を咥えて、1マス前に置いた。
コトッ
「先手、角野クロさん、2六歩」
クロの指し手を岡田女流二段が読み上げる。
クロの初手を見た佐藤は軽く深呼吸をすると、同じように飛車先の歩を1つ前に進めた。
パチリ
「後手、佐藤巧叡王、8四歩」
同じように佐藤の指し手も岡田女流二段が読み上げた。
その後もスムーズに指し手が進み、盤面は相掛かり模様となる。
時折、岡田女流二段が消費時間を1分まで読み上げるものの、2分を過ぎることはない。
クロの顔色が変わらないのはいつものことながら、佐藤の表情も変わりを見せない。
「ここも研究の範囲」と言わんばかりに、淡々と指し手を進めて行く。
クロも鳴き声ひとつあげることなく、駒を咥えては置く、咥えては置くを繰り返していた。
「それでは守口先生、よろしくお願いいたします」
「はい、お願いします」
別の解説室では聞き手の浜内貴理子女流三段と立会人兼解説の守口敏内九段が頭を下げる。
「相掛かり模様になりましたね」
「ええ、佐藤叡王は居飛車党で、クロさんは居飛車、振り飛車ともに指しこなしますが、この辺りは想定される局面です」
「佐藤叡王も指し手は早いですね」
「ええ、おそらく研究範囲でしょう」
守口が盤面の駒に触れる。
「まだまだこの辺りは手の広い局面です」
「ええ」
「それでも研究範囲と思われるのは、相当深く研究を進めている証拠ですね」
「なるほど、タイトル戦レベルですか」
「かもしれません」
画面に表示されるソフトの形勢判断は先手のクロにいくらか振れているが、この程度であれば形勢は互角。
将棋ソフト界隈では先手有利が確定したとも評されることがある。
しかし人間の将棋では「先手ならちょっと指しやすいかなあ」くらいに留まっている。
もっとも、先手番の勝率が9割、後手番の勝率が7割を誇る辻井八冠、もとい七冠ともなれば別かもしれないが。
パチリ
コトン
ピシッ
カタッ
歩の交換などを経て、局面は序盤から中盤に差し掛かる。
それでも消費時間はどちらも1分を超えるくらいに留まってきた。
守口が盤面を見つめる。
「ここは考えどころなんですが…」
「パッと見では、飛車を回るくらいですか?」
「ええ、それも有力です。攻めにも守りにも利きそうで良い手ですね」
守口に「良い手」と褒められた浜内が少し照れる。
「他にはどんな手が?」
「玉を移動させて手待ちをするか、金銀を繰り替えて、まあ、こっちも手待ちです」
「ああ、なるほど。なかなかその辺りの繰り替えは難しいですねえ」
「ええ、ひとつひとつ意味がある手なんですけど、きっちり説明すると本が何冊も書けるくらいで…」
「うーん、そうなんですね」
守口が微笑むと、浜内も笑った。
「後は…角かなあ。こう引いて…」
守口の言葉が聞こえた訳ではないだろうが、佐藤が角を動かした。
「守口先生、当たりましたねー」
「ですね。私もタイトルを目指せそうです」
「ええ、本当に挑戦して奪取していただかないと」
「今なら相手は辻井さんか佐藤さんか、どっちも強敵だなあ」
解説室が、ひと時の笑いに包まれた。
10
あなたにおすすめの小説
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる