寡黙でイケメンな上司が可愛い匂いフェチだったので、甘やかしてダメにしてしまいたい!

木登

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  いつもと違うと感じたのは、九ノ瀬先生が私を名前で呼んだ時だった。
  あっちこっちのテーブルから上がる笑い声や、酔って大きくなった話し声。わいわいと賑わう中で聞こえた、先生が私の名前を呼ぶ声。
  吉岡、ではなく、吉岡とわ子とフルネームだ。
  だけど、今まで聞いた事の無い、あまい甘い声で呼ばれて、思わずぼっと火を吹いたように顔を赤くしてしまった。
  下の名前だけで呼ばれた訳でも無いのに、私の心臓には刺激が強すぎて、飛び上がりそうになる。何で、そんな話の流れじゃなかったよね?って、私は食べる事に集中していて先生二人の話をあまり聞いていなかった。
  不自然なほど意識をして隣に立つ先生の顔を見れば、そこにも真っ赤な顔があった。
  明らかに飲み過ぎ。酔っ払いだ、しかも心配なくらいに。
「……わ、先生飲み過ぎですよ! お水貰いましょう、すみません!」
  慌てて店員さんに声を掛けて、お水を貰う。先生の手から徳利とお猪口を取り上げると、向かいの三田先生がそれを「もーらいっ」と自分の元へ持っていった。
  ザルの三田先生の顔色はここに来た時と変わらずで、炙ったイカの足をポイッと口に入れると、手酌でお猪口に日本酒を注いでいる。
  渡された氷とお水でいっぱいのジョッキを持ったままの九ノ瀬先生は、それをぼーっと見つめたまま動かない。
  酔った赤い頬で、大きな身長を前屈みにして、ゆらゆらと揺れている。危なっかしくて見てられない。
  私は何とかまずお水を飲ませたくて、先生のさらりとした前髪を指先で払った。
「先生、お水飲みましょう?さっぱりしますし、目が覚めますよ」
  火照ったおでこに指が触れると、先生は目を細めた。私の手は年中冷たいから、ひょっとしたら気持ち良いのかもしれない。
  するりとおでこから指先を頬に移して、掌全体で触ると、先生は避けずにむしろ押し当ててうっとりと目を閉じた。
 掌から、先生の肌の質感と熱が伝わってくる。ぴたりと吸い付いて、あったかくて、離し難い。
  普段一定の距離の先にある綺麗な顔が、無防備にいま私のすぐ側にある。
「せんせい」
  自分でも随分と甘ったるい声を出したと思う。賑わう立ち呑み屋の喧騒に溶けてしまいそうな小さな声のはずだったのに、九ノ瀬先生は目を閉じながらそれを拾ってくれていた。
  薄く目を開けた先生は、水の入ったジョッキをテーブルへ置いて、こちらを向く。先生がいま酔っていて、正気じゃない事は百も承知だ。
  なら、私も同じだ。酔いが回って、つい気が大きくなっているんだ。
  高揚して、この格好いいのに可愛い人を、この瞬間だけでもどうにかしたくて仕方がない。
  先生の頬からそっと手を離す。先生は「あっ」と呟いて、名残り惜しそうに離した掌の行方を見ている。
  私は両手を小さく広げて、おいで、と言ってみた。
  ここにおいで、抱っこしてあげる、と目で語りかける。
  何となくだけど、いまだけは許されると感じていた。
  酔った勢いで近くなる距離は、覚めればまた戻る。
  先生なら、あのジョッキの水を一口飲んだだけで、すっと戻ってしまうかもしれない。
  だから今しかない。今だけ。この一瞬だけ。
  九ノ瀬先生が何を思ったのかは分らない。だけど先生は、その場の雰囲気に流されて押されて、私にその大きな身体を預けてきた。
  私は先生を柔らかな力で受け止める。
  こてりと預けられた頭、後ろ髪を撫でると先生は私の耳元に鼻先をすんっと寄せた。
  ……可愛い、かわいい!!
「み、三田先生、九ノ瀬先生が凄く可愛いんですが!本当にきた、どうしよう」
  九ノ瀬先生の鼻先が触れる首筋がくすぐったいのと、ぐっと預けられた先生の体重が嬉しくてテンションが高くなってしまう。
  誰から見ても、酔っ払い同士の抱擁にしか見えないけれど。私にしたら特別だ。
  手の届かない憧れの先生、久しぶりの男の人の体温。
  上等なスーツ越しからする、控え目で清浄な香水の匂いが胸をきゅんと締め付ける。
  今のうちに、重さも匂いも髪の質感も全部、全身に記憶に焼き付けておこう。
  もう金輪際、酔った先生につけ込んでこんな事はしません。ごめんなさい。
「……とわ子ちゃんが男をダメにする、取っ掛かりを見た気がするよ。あの九ノ瀬がねぇ」
  ニヤニヤする三田先生。
「私、後から九ノ瀬先生にセクハラで訴えられたらどうしよう」
  急に不安になってきたけど、私の背中に回された先生の腕に力が込められたのを分かったのか、三田先生は笑い出す。
「その時はオレが弁護してあげるよ、両成敗で。今夜は九ノ瀬を事務所まで送ってあげてよ、仮眠室のソファーに転がしとけば良いから」
  あとこれ、と一万円札がテーブルに置かれる。
「とわ子ちゃんは事務所からタクシーで帰ること。オレはもうちょっと飲んでから帰るよ、会計は奢るからね」
  ニコニコ笑って、三田先生が片手をひらひらさせる。
  事務所はここから数分、酔った先生を介抱しながらでも十分もあれば着くだろう。
「ありがとうございます、ご馳走さまです」
  事務所に着いたらちゃんと先生にお水を飲んで貰って、私は少し様子を見たらタクシーで帰ろう。
  先生の温もりを感じながら、この夢の終わりを感じていたのに。

 今夜はこれから、もっと刺激的でびっくりする様な続きがあるなんて、この時の私は微塵も想像していなかった。
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