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第七章 天涯海角
天涯海角
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奕世が帰ってくる。私は屋敷を出て門まで駆けて迎えに行く。奕世は少し照れながら私を抱き上げて、口づけをする。
湯で身体を流す間、私は下女が準備をした羊の煮物や、焼きしめた平たいパンを並べ卓を整える。濡れた髪を拭いてあげて、奕世はその間も何度も口づけをねだる。
ああ、この日常が何と愛おしいことか。私だけをみつめる黒い双瞳は優しい。孤独だった少女時代を思い出す。母が死んでから、私に優しくしてくれる人は誰もいなかった。書を読みふけり、学問に打ち込んだ。1人で生きていける力が欲しくて。自由を勝ち取るために。
だけど、愛されていて、1人で生きていかなくて良くて、誰かに頼れることが、こんなにも幸せだと私は知らなかった。私が軽蔑していた女の生き方なのに、奕世に私自身を委ねると多幸感でどうにかなってしまいそうだ。
愛されていると、思えた。皇帝陛下の時には確信がなかった。いつ離れていくか分からぬ不安定な寵愛と思った。でも奕世はきっと変わらない。ずっと私を愛してくれると信じられる。理屈がないけれど、奕世は大丈夫と思った。
「大切な話があるの」
私は食事中に切り出した。
奕世は食事をとめ、私を見つめる。
「聞こう」
単刀直入に私は切り出す。
「あなたの子供が出来たと思うわ、月のものが来ないから」
奕世は口元を綻ばせる。
「雲泪、ありがとう」
私を両腕で抱き上げ、高床の布団にのせて寝かせる。
「俺を選んでくれて、ありがとう」
ぎこちなく、私のお腹に彼の手が触れる。
「俺の子を産んでくれるんだな」
「私も、嬉しい」
彼の大きな手に私も触れる。温かくて、大きくて、ゴツゴツしてるけど優しい手だ。きっとこれからも私を守ってくれる手だ。
「それで、お願いがあるの」
「褒美なら何でもやろう」
彼は私の額に口づけをする。私も彼にしがみつきながら、言葉を続ける。
「わたし、これ以上のものはいらない。あなたを戦で亡くしたくない。戦争をするより、私のそばにいてほしい。皇帝の座につくより、私と今の生活を守って一緒に子供を育ててほしいの」
「それはアイツの命乞いをしているのか?」
「いいえ、私はあなたしか見てない。私にはあなたしかいないから、危険な目にはあってほしくないだけ」
奕世は少し考えこんだ。そして真っ直ぐな眼で答えた。
「分かった。雲泪と子供を最優先にしよう、約束する。俺は死なない」
私は奕世の髪に触れる。まだ少し濡れている。
「それから、もう一つあるわ」
私は彼の眼差しから視線を逸らして、言った。
「銀蓮も妊娠しているみたいなの」
私は彼の手を両手で包み、困惑したその瞳を見つめて懇願した。
「彼女は私の大事な人だから、奕世お願い。私と一緒に彼女と彼女の子供を守ってほしい」
「その腹の子もか」
彼の声は震えていた。
「ええ、私の子と一緒に、あなたの子供として育ててほしい。殺さないで。お願いだから」
奕世の沈黙は長かった。しかし、決心したように口をひらいた。
「お前が望むなら、そうしよう。銀蓮とその子供の面倒はみる。だが、俺はお前以外は抱かぬ。分け隔てなく我が子として育てるが、王位はお前の子が継ぐ。これで良いだろうか」
願ってもいない答えだった。
「我が家は随分賑やかになるだろうな」
奕世は声に出して笑った。
「私は幼い時に母が貢ぎ物として出されたから、賑やかな家を知らぬ。お前が来てくれてから、本当に人生が楽しい。前はいつ死んでもかまわなかった。戦って死ぬなら、仕方ない。だがお前に出会い、子供が出来たと聞いて、本当に死ぬのが怖くなった」
「私も、奕世に出会うまで、ひとりぼっちだった。あなたが愛をくれて本当に今幸せなの」
そして私たちは何度でも口づけをする。
「愛しているわ、奕世」
耳元で囁くと、奕世は笑った。
「くすぐったいような気持ちになるな。俺も愛してるよ、雲泪」
彼も私の耳元で囁くと、そしてきつく抱きしめたのであった。
湯で身体を流す間、私は下女が準備をした羊の煮物や、焼きしめた平たいパンを並べ卓を整える。濡れた髪を拭いてあげて、奕世はその間も何度も口づけをねだる。
ああ、この日常が何と愛おしいことか。私だけをみつめる黒い双瞳は優しい。孤独だった少女時代を思い出す。母が死んでから、私に優しくしてくれる人は誰もいなかった。書を読みふけり、学問に打ち込んだ。1人で生きていける力が欲しくて。自由を勝ち取るために。
だけど、愛されていて、1人で生きていかなくて良くて、誰かに頼れることが、こんなにも幸せだと私は知らなかった。私が軽蔑していた女の生き方なのに、奕世に私自身を委ねると多幸感でどうにかなってしまいそうだ。
愛されていると、思えた。皇帝陛下の時には確信がなかった。いつ離れていくか分からぬ不安定な寵愛と思った。でも奕世はきっと変わらない。ずっと私を愛してくれると信じられる。理屈がないけれど、奕世は大丈夫と思った。
「大切な話があるの」
私は食事中に切り出した。
奕世は食事をとめ、私を見つめる。
「聞こう」
単刀直入に私は切り出す。
「あなたの子供が出来たと思うわ、月のものが来ないから」
奕世は口元を綻ばせる。
「雲泪、ありがとう」
私を両腕で抱き上げ、高床の布団にのせて寝かせる。
「俺を選んでくれて、ありがとう」
ぎこちなく、私のお腹に彼の手が触れる。
「俺の子を産んでくれるんだな」
「私も、嬉しい」
彼の大きな手に私も触れる。温かくて、大きくて、ゴツゴツしてるけど優しい手だ。きっとこれからも私を守ってくれる手だ。
「それで、お願いがあるの」
「褒美なら何でもやろう」
彼は私の額に口づけをする。私も彼にしがみつきながら、言葉を続ける。
「わたし、これ以上のものはいらない。あなたを戦で亡くしたくない。戦争をするより、私のそばにいてほしい。皇帝の座につくより、私と今の生活を守って一緒に子供を育ててほしいの」
「それはアイツの命乞いをしているのか?」
「いいえ、私はあなたしか見てない。私にはあなたしかいないから、危険な目にはあってほしくないだけ」
奕世は少し考えこんだ。そして真っ直ぐな眼で答えた。
「分かった。雲泪と子供を最優先にしよう、約束する。俺は死なない」
私は奕世の髪に触れる。まだ少し濡れている。
「それから、もう一つあるわ」
私は彼の眼差しから視線を逸らして、言った。
「銀蓮も妊娠しているみたいなの」
私は彼の手を両手で包み、困惑したその瞳を見つめて懇願した。
「彼女は私の大事な人だから、奕世お願い。私と一緒に彼女と彼女の子供を守ってほしい」
「その腹の子もか」
彼の声は震えていた。
「ええ、私の子と一緒に、あなたの子供として育ててほしい。殺さないで。お願いだから」
奕世の沈黙は長かった。しかし、決心したように口をひらいた。
「お前が望むなら、そうしよう。銀蓮とその子供の面倒はみる。だが、俺はお前以外は抱かぬ。分け隔てなく我が子として育てるが、王位はお前の子が継ぐ。これで良いだろうか」
願ってもいない答えだった。
「我が家は随分賑やかになるだろうな」
奕世は声に出して笑った。
「私は幼い時に母が貢ぎ物として出されたから、賑やかな家を知らぬ。お前が来てくれてから、本当に人生が楽しい。前はいつ死んでもかまわなかった。戦って死ぬなら、仕方ない。だがお前に出会い、子供が出来たと聞いて、本当に死ぬのが怖くなった」
「私も、奕世に出会うまで、ひとりぼっちだった。あなたが愛をくれて本当に今幸せなの」
そして私たちは何度でも口づけをする。
「愛しているわ、奕世」
耳元で囁くと、奕世は笑った。
「くすぐったいような気持ちになるな。俺も愛してるよ、雲泪」
彼も私の耳元で囁くと、そしてきつく抱きしめたのであった。
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