上 下
1 / 34

1 国外追放

しおりを挟む
 勇者が魔王を倒してから一年半。
 世界中の人々を苦しめていた魔族は急激にその数を減らしていき、モンスター討伐を生業としていた冒険者は職にあぶれていた。
 その中のひとり、ほうやくルエリア・ウィノーバルは、勇者の出身地であるマヴァロンド王国の王都マヴァルで露店を開いていた。
 冒険者時代には穿いたことのなかったスカートを穿き、広げた敷布の上に座って背筋をぴんと伸ばす。
 魔法薬を入れた小袋を手に乗せて、道行く人に呼びかける。

「魔法薬はいかがですかー。飲めばぐっすり、朝はすっきり。城郭都市リヤマヤードの冒険者にも愛用されていた睡眠導入剤というものです。睡眠薬ほど強くないので、気軽にお使いいただけますよー」

 ちらちらと視線を向けてきていたうちのひとりが足を止める。腕にかごをぶらさげている中年女性が、怪訝な顔をしてルエリアの手元を見た。

「なんだい、睡眠導入剤って。初めて聞くねえ」
「これ、【シンホリイム】を使った魔法薬なんですよ。故郷の特産の薬草を使って作りました」
「特産の薬草がシンホリイム? あんた、もしかしてライケーネ村出身なのかい!」
「はい、そうなんです! 村の薬草が広まって欲しいなって思って、こうして魔法薬にしてみました」
「へえ。の生き残りの子に会うのは初めてだよ。直接の知り合いはいなかったけど、子供たちだけで頑張って特産品を守ったって話はよく知ってるよ」
「そうなんですね、ありがとうございます!」

 ルエリアの故郷ライケーネ村は十六年前、とある災禍に見舞われた。魔王が降臨する一年前のことだった。
 ルエリアは当時八歳。ふらりと村に立ち寄った旅人が奇病を持ち込んできたのだ。大人たち全員――成人になったばかりの青年から年寄りまで――が死亡し、生き残ったのは子供たちだけという恐ろしい病。
 親や年上の兄弟そして親戚を一度に亡くした子供たちは悲しみに暮れる間もなく、生活のために力を合わせてシンホリイムの栽培、収穫から出荷作業までを手分けしておこなった。慣れないながらも皆で一丸となって働いたことは、今でも鮮明に思い出せる。

 ルエリアが思い出に浸りかけていると、今度は大きな箱を担いだ青年が目の前で足を止めた。数日前に魔法薬をいくつかまとめ買いしてくれた人だった。

「嬢ちゃん、飲んだよーあんたの魔法薬。酒あおって寝たときと違って、朝起きたときの爽やかさったらなかったね。飲み切ったらまた買いにくるわ」
「気に入っていただけてうれしいです。ありがとうございます!」

 ルエリアが笑顔で声を弾ませていると、興味津々と話を聞いていた中年女性が意を決した風にうなずいた。

「よし、五袋くれるかい? 近所の人にも配るからさ」
「わ、ありがとうございます!」

 魔法薬の小さな包みを紙袋の中にそっと詰めていきながら、薬についての説明を始める。

「この粉薬を、寝る前にお湯に溶かしてゆっくり飲んでくださいね。二袋以上入れると起きるときにぐったり感が出ちゃうので、必ず一回につき一袋だけにしてください」
「はいよ。頑張んなよ!」
「ありがとうございます! またお待ちしてます!」

 敷布の上に立ち上がり、新しい客に向かってめいっぱい頭を下げる。さらさらと、肩の長さの髪が頬に掛かる。顔を上げたルエリアは髪を耳にかけてピンで留め直すと、満足感に浸りながら敷布の上に腰を下ろした。


 魔王が討伐されて、魔族が減りつつある今。
 世界が平和を取り戻し、命の危険が激減した一方で、急激に生活が変わったせいで様々な問題に直面し、ストレスを感じている人たちが大勢いる。
 冒険者は魔族討伐の仕事が激減して転職を余儀なくされているし、冒険者相手に商売をしていた武器屋、防具屋、道具屋、宿屋、酒場等も急激に客が減り、店をたたむか継続するか、岐路に立たされている人が多い。
 それらの根本の問題を解決してあげることはできないとはいえ、せめて夜寝るときくらいは安らげる時間を過ごせるように、魔法薬でその手助けをしてあげられたらと思う。

(私の魔法薬がきっかけで、『心が軽くなった』って言ってもらえたらうれしいな)

 苦しみを抱えた人たちを、自分の作った魔法薬で癒してあげたい――。ルエリアはそんな新たな生きがいを得て、日々、魔法薬の調合と販売をしていたのだった。


 ルエリアがもう一度呼び込みをしようと大きく息を吸い込んだ瞬間。
 遠くでざわざわと騒ぐ声が聞こえてきた。

(なんだろ、昼間っから酔っぱらいが騒いでるのかな)

 街の人たちが注目する方向に視線を向けてみる。すると騒ぎの元は、何人かの衛兵だった。
 槍を手にした男たちが、軽鎧をがちゃがちゃと鳴らしながらほとんど走るスピードで歩いている。

「なにかあったのかな……あら?」

 衛兵たちは、ルエリアの露店の前で足を止めた。
 シンプルな作りの兜の陰から、まるで悪者を見るかのような鋭い視線を突き刺してくる。
 ルエリアは、男たちを見上げるとにっこりと笑ってみせた。

「こんにちは! 魔法薬はいかがですか? 飲めばぐっすり、朝はすっきり。城郭都市リヤマヤードの冒険者にも……」
「怪しい魔法薬師め! 貴様を国外追放ならびに財産没収の刑に処す!」
「ええ!? そんないきなりどうしてですか!? 理由を教えてください!」
「貴様の魔法薬で中毒者が出ているとの通報があったのだ!」
「中毒!? もし用量を守らなかったら中毒になる可能性はないこともないですけど、そもそもまだそんな大量には売れてません!」
「口答えするな! 現にそういう通報があったのだ! さあ大人しくついてこい!」
「待ってください、まずはその中毒者のところへ連れて行ってください! 今その人は中毒症状で苦しんでるんでしょう? 放っておけません! その人を診たらすぐに出ていきますから!」

 男たちに槍を向けられる中、ルエリアは自分に話しかけてきた衛兵の腕にすがりついた。

「お願いします、苦しんでいる人を放っておくなんて……。退去が遅れることで刑が重くなっても構いません。鞭打ちでもはりつけでも何でも受けますから、早く中毒者のところへ……」
「ええいやかましい! 我々は命令されて来ただけだ! 国外追放と財産没収以外に貴様をどうこうするつもりはない!」

 四方から、槍先が体に触れる直前まで迫ってくる。ルエリアは、抵抗する気はないと両手を掲げてみせた。すると足元に置いておいた鞄が漁られ始めた。
 ルエリアは王都に定住していたわけではなく、宿を転々としていたため全財産を常に持ち歩いている。冒険者時代と王都での魔法薬売りとで稼いだ金は、すべてまとめて袋に入れてあった。
 硬貨ばかりの入った袋を取り上げられる。衛兵がそれを顔の高さにまで抱えて、吐き捨てるように言った。

「まったく……怪しい薬でこんなに儲けやがって」
「怪しくなんかありません! 冒険者のみなさんも使ってくれてましたし、この街の人だって喜んでくれてました!」
「知ったことか! 連行しろ!」
「はっ!」

 両側から腕をつかまれて、強引に立ち上がらせられる。

「離して! 自分で歩けます!」

 ルエリアは身をよじって衛兵の腕を振り払うと、その場にしゃがみ込んで魔法薬の小袋を回収し、敷布を引き寄せて手早く畳んで鞄にしまった。


 前後を衛兵に固められた状態で、街の人たちからの注目の的となる中、王都の北門へと連行されていく。

(これからどうしよう。お金取られちゃったし……あら?)

 ルエリアは、前方を歩く衛兵をじっと見つめた。
 ややうつむき気味で、他の人と比べて息が荒い。

(この人、お疲れ気味なのかも)

『衛兵さん』と呼び掛けて周りにいる人たち全員から振り向かれても困るので、ルエリアはドアをノックする風に、こんこん、と目の前の衛兵の肩甲を指の背で小突いた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:38,043pt お気に入り:5,293

あな痔になった婚約者が婚約破棄したいと言ってきたんだが。

BL / 完結 24h.ポイント:241pt お気に入り:12

不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:85,810pt お気に入り:2,496

母になります。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:26,782pt お気に入り:2,133

【連載版】「すまない」で済まされた令嬢の数奇な運命

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,686pt お気に入り:205

俺の愛娘(悪役令嬢)を陥れる者共に制裁を!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21,846pt お気に入り:4,463

処理中です...