追放された心の魔法薬師は傷心の勇者を癒したい

阿佐夜つ希

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1 国外追放

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 世界が平和を取り戻しても、苦しんでいる人が大勢いる――。

 勇者が魔王を倒してから一年半。
 世界中の人々を苦しめていた魔族は急激にその数を減らしていき、魔族の討伐を生業としていた冒険者は職にあぶれていた。
 その中のひとり、ほうやくルエリア・ウィノーバルは、マヴァロンド王国の王都マヴァルで露店を開いていた。

 襲来した魔族に崩されたレンガ造りの外壁は、ほとんど修復作業が終わっている。歴史ある街並みを行く人々の様子は、少し前まで魔族におびえながら暮らしていたとは思えないほど活気に満ちあふれている。

 ルエリアは、冒険者時代には穿いたことのなかったスカートを穿いていた。それは戦場の最前線だった都市から王都へとやってきたときに、まっさきに買ったものだ。ルエリアの中では平和の象徴みたいなものとなっている。
 広げた敷布の上に座って、背筋をぴんと伸ばす。
 自作の魔法薬を入れた小袋を手に乗せて、道行く人に呼びかける。

「魔法薬はいかがですかー。飲めばぐっすり、朝はすっきり。城郭都市リヤマヤードの冒険者にも愛用されていた、安眠薬というものです。睡眠薬ほど強くないので、気軽にお使いいただけますよー」

 ちらちらと視線を向けてきていたうちのひとりが足をとめる。腕にかごをぶらさげている中年女性が、怪訝な顔をしてルエリアの手元を見た。

「なんだい、安眠薬って。初めて聞くねえ。睡眠薬とは違うのかい?」
「はい! 効果の持続時間が睡眠薬よりずっと短くて、体への負担が少ないんです。元々は、冒険者が危険な場所で野宿しなければならなくなったときに使っていた魔法薬なんですよ。どこでもすぐに寝られて、不測の事態が起きたときはすぐに起きられるようにするために、私が開発したんです」
「へえ、あんたが開発したのかい。大したもんだ」
「ありがとうございます。これ、【シンホリイム】を使った魔法薬なんですよ。故郷の特産の薬草を使って作りました」
「故郷の特産がシンホリイム? あんた、もしかしてライケーネ村出身なのかい!」
「はい、そうなんです。村の薬草が広まって欲しいなって思って、こうして魔法薬にしてみました」
「へえ。の生き残りの子に会うのは初めてだよ。直接の知り合いはいなかったけど、子供たちだけで頑張って特産品を守ったって話はよく知ってるよ」
「そうなんですね、ありがとうございます!」

 ルエリアの故郷ライケーネ村は十二年前、とある災禍に見舞われた。魔王が降臨する前年のことだった。
 ルエリアは当時七歳。ふらりと村に立ち寄った旅人が、奇病を持ち込んできたのだ。大人たち全員――成人したばかりの青年から年寄りまで――が死亡し、生き残ったのは子供たちだけという、恐ろしい病。
 親や年上の兄弟そして親戚を一度に亡くした子供たちは、悲しみに暮れる間も与えられなかった。なぜなら特産のハーブの収穫時期だったから――。生活のために力を合わせてシンホリイムの収穫から出荷作業までを手分けしておこなった。親の手伝いしかしたことのなかった子供たちで一丸となり、慣れない作業に明け暮れたことは、今でも鮮明に思い出せる。

 ルエリアが思い出に浸りかけていると、今度は大きな箱を担いだ青年が目の前で立ち止まった。数日前に魔法薬をいくつかまとめ買いしてくれた人だった。

「嬢ちゃん、飲んだよーあんたの魔法薬。酒あおって寝たときと違って、朝起きたときの爽やかさったらなかったね。飲み切ったらまた買いにくるわ」
「気に入っていただけてうれしいです。ありがとうございます!」

 ルエリアが笑顔で声を弾ませていると、興味津々と話を聞いていた中年女性が意を決した風にうなずいた。

「よし、五袋くれるかい? 近所の人にも配るからさ」
「わ、ありがとうございます!」

 魔法薬の小さな包みを紙袋の中にそっと詰めていきながら、薬についての説明を始める。

「この粉薬を、寝る前にお湯に溶かしてゆっくり飲んでくださいね。二袋以上入れると起きるときにぐったり感が出ちゃうので、必ず一回につき一袋だけにしてください」
「はいよ。頑張んなよ!」
「ありがとうございます! またお待ちしてます!」

 敷布の上に立ち上がり、新しい客に向かってめいっぱい頭を下げる。さらさらと、肩の長さの髪が頬に掛かる。顔を上げたルエリアは髪を耳にかけてピンで留め直すと、満足感に浸りながら敷布の上に腰を下ろした。


 魔王が討伐されて、魔族が減りつつある今。
 世界が平和を取り戻し、命の危険は激減した。一方で、急激に生活が変わったせいで様々な問題に直面し、ストレスを感じている人たちが大勢いる。
 かつては世界各地で活躍していた冒険者は、魔族討伐の仕事が激減して転職を余儀なくされている。冒険者相手に商売をしていた人たちも同様だった。武器屋、防具屋、道具屋、宿屋、酒場等々。急激に客が減少した結果、店を畳むか継続するか、岐路に立たされている人が多い。
 それらの根本の問題を解決してあげることなど、一介の冒険者にできることではない。とはいえ、せめて夜寝るときくらいは安らげる時間を過ごせるように、魔法薬でその手助けをしてあげられたら――。ルエリアはいつも、そう思っている。

(私の魔法薬がきっかけで、『心が軽くなった』って言ってもらえたらうれしいな)

 苦しみを抱えた人たちを、自分の作った魔法薬で癒してあげたい――。ルエリアはそんな新たな生きがいを得て、日々、魔法薬の調合と販売をしていたのだった。


 ルエリアがもう一度呼び込みをしようと大きく息を吸い込んだ瞬間。
 遠くでざわざわと騒ぐ声が聞こえてきた。

(なんだろ、昼間っから酔っぱらいが騒いでるのかな)

 街の人たちが注目する方向に視線を向けてみる。すると騒ぎの元は、何人かの衛兵だった。
 槍を手にした男たちが、軽鎧をがちゃがちゃと鳴らしながら、ほとんど走るスピードで歩いている。

「何かあったのかな……あら?」

 衛兵たちは、ルエリアの露店の前で足をとめた。
 シンプルな作りの兜の陰から、まるで悪者を見るかのような鋭い視線を突き刺してくる。
 ルエリアは、男たちを見上げるとにっこりと笑ってみせた。

「こんにちは! 魔法薬はいかがですか? 飲めばぐっすり、朝はすっきり。城郭都市リヤマヤードの冒険者にも……」
「怪しい魔法薬師め! 貴様を国外追放ならびに財産没収の刑に処す!」
「ええ!? いきなりどうしてですか!? 理由を教えてください!」
「貴様の魔法薬で中毒者が出ているとの通報があったのだ!」
「中毒!? そんなまさか……もし用量を守らなかったら中毒になる可能性はないこともないですけど、そもそもまだそんな大量には売れてません!」
「口答えするな! 現にそういう通報があったのだ! さあ大人しくついてこい!」
「待ってください、まずはその中毒者のところへ連れて行ってください! 今その人は中毒症状で苦しんでるんでしょう? 放っておけません! その人を診たらすぐに出ていきますから!」

 男たちに槍を向けられる中、ルエリアは自分に話しかけてきた衛兵の腕にすがりついた。

「お願いします、苦しんでいる人を放っておくなんて……。退去が遅れることで刑が重くなっても構いません。鞭打ちでもはりつけでも何でも受けますから、早く中毒者のところへ……」
「ええいやかましい! 我々は命令されてきただけだ! 国外追放と財産没収以外、貴様をどうこうするつもりはない!」

 四方から、槍先が体に触れる直前まで迫ってくる。ルエリアは、抵抗する気はないと両手を掲げてみせた。すると足元に置いておいた鞄が漁られはじめた。

 ルエリアは王都に定住していたわけではなく、宿を転々としているため全財産を常に持ち歩いていた。冒険者時代と王都での魔法薬売りとで稼いだ金は、すべてまとめて袋に入れてある。
 硬貨ばかりの入った袋を取り上げられる。衛兵はそれを顔の高さにまで掲げると、吐き捨てるように言った。

「まったく……怪しい薬でこんなに儲けやがって」
「怪しくなんかありません! 冒険者のみなさんも使ってくれてましたし、この街の人だって喜んでくれてました!」
「知ったことか! 連行しろ!」
「はっ!」

 両側から腕をつかまれて、強引に立ち上がらせられる。

「離して! 自分で歩けます!」

 ルエリアは身をよじって衛兵の腕を振り払った。もう一度つかんでこようとする手を避けながら、その場にしゃがみ込む。魔法薬の小袋を回収し、敷布を引き寄せると、その亜麻布を手早く畳んで鞄にしまった。


 街の人たちからの注目の的となる中、前後を衛兵に固められた状態で、王都の北門へと連行されていく。

(これからどうしよう。お金取られちゃったし……あら?)

 ルエリアは、前方を歩く衛兵をじっと見つめた。
 ややうつむき気味で、他の人と比べて息が荒い。

(この人、お疲れ気味なのかも)

『衛兵さん』と呼びかけてしまっては、周りにいる人たち全員から振り向かれてしまう。その代わりにルエリアは、ドアをノックする風に、こんこん、と目の前の衛兵の肩甲を指の背で小突いた。
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