5 / 34
5 白馬の救世主
しおりを挟む
(わわ。なんて素敵な人だろう……!)
ルエリアは心の中でつぶやきながら、白馬の上の女性を見上げて頭の先から爪先までを見渡した。
裾の短いジャケットに白手袋、下は足にピッタリとフィットした白いズボン、黒い膝下丈のブーツ。一見王子様のようないでたちに、ルエリアは危機的状況にあるにもかかわらず、つい見惚れてしまった。
そうこうしているうちに、森の方から男たちの叫び声が聞こえてくる。
「見つけたぞ!」
「待ちやがれ! 舐めたマネしやがって!」
顔をしかめた男たちが、木々の間からひとりまたひとりと姿を現した。森と街道の間の草むらをがさがさと搔き分ける音を鳴らしながら、ルエリアに近付いてくる。
すると美しく聡明そうな馬上の君が、追いかけてきた男たちに冷ややかな視線を突き刺した。
「大勢の男がひとりの女性を追いまわすなど。ただ事ではないな」
その眼光の鋭さに、ルエリアを追ってきた男たちがぴたりと足を止めた。
互いに顔を見合わせて戸惑いの色を見せる。その中からリーダー格の男が一歩踏み出して、媚びるような口調で言い訳を始めた。
「俺たちゃなんも悪いことなんてしてねえです! そいつが国外退去処分になった上に財産を没収されて馬車にも乗れねえってんで、俺たちが国境まで付き添ってやろうかって言ってただけなんです! 何を勘違いしたんだか『襲われる』とか騒ぎ出して、逃げ出して……」
男の視線を追って馬上の女性を見上げると、騎士風のその人はおもむろに鞘から剣を抜き、ルエリアを睨み出した。
「国外退去処分? そう言ったのか」
「ちっ違います! あいつらの言ってることは嘘です! あいつらに監禁されて、逃げてきたところなんです!」
ルエリアはあたふたと両手を振ってみせると、勢いよく腕を伸ばして男たちを指さした。その姿勢のまま、再び馬上の女性を祈るような気持ちで見上げる。
とはいえ自身の訴えの正しさを証明する手立てはない。
(どうしたら信じてもらえるかな。監禁されそうになったのは本当なのに……!)
『魔法薬を使って男たちを弱らせて逃げてきました、そのときに使ったのがこちらの魔法薬です』などと説明しても、薬で弱らせた正当性を示せなければ、自分の方が男たちを害そうとした悪者になってしまう。
それ以上の弁解を言いあぐねていると――なぜか騎士風の女性は剣を収めた。
わずかに顔を上げて、男たちを顎で指す。そんな微かな合図だけで、部下と思しき騎士たちが一斉に男たちを目掛けて馬を走らせ出した。
「おいっ! 俺たちゃなんも悪いことなんてしてねえよ! 捕まえんならそっちだろ……うわっ!?」
三人の騎士たちが、森に逃げ込もうとする男たちを取り囲む。ある者は投げ縄で、またある者は魔法をぶつけて動きを制して――ルエリアがぽかんと口を開けている間に六人全員とも捕縛されたのだった。
手首と腰を縄で縛られた男たちが、前後を馬に乗った騎士に挟まれた状態で、一列になってとぼとぼと歩かされている。
ルエリアは信じがたい光景を見送ったあと、馬上の騎士風の女性を改めて見上げた。
「あの、私を信じてくださるのですか?」
「ああ」
即答した女性の視線が下にずれる。
「君は、彼らに背を蹴られるような扱いを受けたのではないか? 彼らのうちのひとりが履いている靴と同じ大きさの跡が付いている」
「えっ! あっ、そういえば蹴られたんだった……」
指摘された瞬間、打撲の痛みがよみがえった。乱暴に蹴られた背中が途端に疼き出す。
「監禁とは、ただごとではないな。脱出できて何よりだ」
「はい、お助けくださってありがとうございます!」
背中に手を回して蹴られた部分をさすりながら、ルエリアは心の中でつぶやいた。
(あの一瞬でそこまで判断したなんて、本当にすごい人だな、この人)
蹴られた部分に塗る鎮痛薬をどう調達するかについて思い巡らせていると、白馬の女性が問いかけてきた。
「君はどちらへ向かっているのだ? 送ってやろう」
「あ、その、ですね……。国外追放というのは本当でして。私はただ、王都の北地区で営業許可証をもらったうえで魔法薬を売っていただけなんです。でもいきなり衛兵が『貴様の魔法薬で中毒者が出たと通報があった』なんて言い出して、財産を没収された上に王都の外につまみ出されちゃったんです。中毒患者のところに連れて行って欲しいって訴えても聞いてくれなかったんですけど、そもそも用量さえ間違えなければ中毒になんてならないはずなんです。私が売っていた魔法薬はこれなんですけど」
一気に自分の置かれた状況を説明してから、魔法薬の小袋を取り出して手に乗せて差し出してみせる。
すると、騎士のような女性がルエリアの手の上のものをじっと見つめ始めた。
「もしよかったら少しだけでも買ってもらえませんか? 私が作った睡眠導入剤というものなんですけど、飲めばぐっすり、朝はすっきり、決して害のある魔法薬ではありません。財産を没収されてしまったので、国から出ていくにせよ、国境を超えるまでに一文無しでは馬車にも乗れないし、宿にも泊まれないしで困ってるんです」
女性が今度は顎に手を当てて、考え込む顔付きに変わった。
「買ってくださったみなさんにも好評でしたし、リヤマヤードの冒険者の間でも評判だったんですよ」
「ふむ……。いずれにせよ、まず衛兵が財産を没収するなど有り得ないのだ。そのような権限は与えていない」
「え」
(今『権限を与えていない』って言った? この人、すごく偉い人なのかも)
「君、もう少し落ち着ける場所で話を聞きたいのだが、いいだろうか」
「あ、はっはい!」
腕を引かれてあっという間に女性の座っている前に座らされる。
ルエリアは馬に乗るのが久しぶりで、その視点の高さにどきどきしてしまった。
それだけでなく、背後から漂ってくる爽やかな香りに胸がときめく。
(この人、とってもいい香りがする……!)
麗しい見た目通りの芳しい香りに包まれて、ルエリアは突如として始まった小さな旅路に心を弾ませたのだった。
ルエリアは、大豪邸のきらびやかな応接室に通されてがちがちに固まっていた。目に映るものすべてが高級品で、ルエリアの没収された全財産を差し出しても買えるものがひとつもなさそうに見える。
(あの人、とってもお金持ちな貴族様なのかな。貴族様じゃ、どこの馬の骨とも知れない魔法薬師の作った魔法薬なんて買ってはくれないか。でもあの騎士様は平民でも丁重に扱ってくださって、いかにも【いろんな身分の大勢を束ねる上に立つ者】って感じがする。衛兵に『権限を与えていない』って言ってたから、衛兵の上司にあたる人……騎士団長とかそういう感じなのかも)
ふかふかのソファーに座って固まりながらもあれこれ思い巡らせていると、騎士団長かも知れない女性が部屋に入ってきた。
「待たせてすまない」
「いえ! 大丈夫です!」
びしっと背筋を伸ばしてはきはきと答える。村育ちのルエリアは、貴族と対面するのはこれが初めてだった。
ソファーの向かい側に女性が颯爽と腰を下ろした直後、上品なメイドがティーセットの乗ったワゴンを押してやってきた。平民のルエリアに嫌な顔ひとつせず、丁寧な手つきで茶を淹れていく。
(わあ、なんていい香りなんだろう……!)
騎士風の女性に勧められて、早速茶に口をつける。爽やかな木々の香りを彷彿とさせるその茶は今までに飲んだことのない味がした。
「このお茶とってもおいしいですね! なんというお茶なのですか?」
「ああ、ハスナヒア産のモキジョール茶だ。いい香りだろう」
「えっえっ、は!? モキジョールって! ハスナヒア国からマヴァロンド王室に献上されてるお茶で、一般流通はしてないやつなのに……。え、もしかして……」
ルエリアは心の中でつぶやきながら、白馬の上の女性を見上げて頭の先から爪先までを見渡した。
裾の短いジャケットに白手袋、下は足にピッタリとフィットした白いズボン、黒い膝下丈のブーツ。一見王子様のようないでたちに、ルエリアは危機的状況にあるにもかかわらず、つい見惚れてしまった。
そうこうしているうちに、森の方から男たちの叫び声が聞こえてくる。
「見つけたぞ!」
「待ちやがれ! 舐めたマネしやがって!」
顔をしかめた男たちが、木々の間からひとりまたひとりと姿を現した。森と街道の間の草むらをがさがさと搔き分ける音を鳴らしながら、ルエリアに近付いてくる。
すると美しく聡明そうな馬上の君が、追いかけてきた男たちに冷ややかな視線を突き刺した。
「大勢の男がひとりの女性を追いまわすなど。ただ事ではないな」
その眼光の鋭さに、ルエリアを追ってきた男たちがぴたりと足を止めた。
互いに顔を見合わせて戸惑いの色を見せる。その中からリーダー格の男が一歩踏み出して、媚びるような口調で言い訳を始めた。
「俺たちゃなんも悪いことなんてしてねえです! そいつが国外退去処分になった上に財産を没収されて馬車にも乗れねえってんで、俺たちが国境まで付き添ってやろうかって言ってただけなんです! 何を勘違いしたんだか『襲われる』とか騒ぎ出して、逃げ出して……」
男の視線を追って馬上の女性を見上げると、騎士風のその人はおもむろに鞘から剣を抜き、ルエリアを睨み出した。
「国外退去処分? そう言ったのか」
「ちっ違います! あいつらの言ってることは嘘です! あいつらに監禁されて、逃げてきたところなんです!」
ルエリアはあたふたと両手を振ってみせると、勢いよく腕を伸ばして男たちを指さした。その姿勢のまま、再び馬上の女性を祈るような気持ちで見上げる。
とはいえ自身の訴えの正しさを証明する手立てはない。
(どうしたら信じてもらえるかな。監禁されそうになったのは本当なのに……!)
『魔法薬を使って男たちを弱らせて逃げてきました、そのときに使ったのがこちらの魔法薬です』などと説明しても、薬で弱らせた正当性を示せなければ、自分の方が男たちを害そうとした悪者になってしまう。
それ以上の弁解を言いあぐねていると――なぜか騎士風の女性は剣を収めた。
わずかに顔を上げて、男たちを顎で指す。そんな微かな合図だけで、部下と思しき騎士たちが一斉に男たちを目掛けて馬を走らせ出した。
「おいっ! 俺たちゃなんも悪いことなんてしてねえよ! 捕まえんならそっちだろ……うわっ!?」
三人の騎士たちが、森に逃げ込もうとする男たちを取り囲む。ある者は投げ縄で、またある者は魔法をぶつけて動きを制して――ルエリアがぽかんと口を開けている間に六人全員とも捕縛されたのだった。
手首と腰を縄で縛られた男たちが、前後を馬に乗った騎士に挟まれた状態で、一列になってとぼとぼと歩かされている。
ルエリアは信じがたい光景を見送ったあと、馬上の騎士風の女性を改めて見上げた。
「あの、私を信じてくださるのですか?」
「ああ」
即答した女性の視線が下にずれる。
「君は、彼らに背を蹴られるような扱いを受けたのではないか? 彼らのうちのひとりが履いている靴と同じ大きさの跡が付いている」
「えっ! あっ、そういえば蹴られたんだった……」
指摘された瞬間、打撲の痛みがよみがえった。乱暴に蹴られた背中が途端に疼き出す。
「監禁とは、ただごとではないな。脱出できて何よりだ」
「はい、お助けくださってありがとうございます!」
背中に手を回して蹴られた部分をさすりながら、ルエリアは心の中でつぶやいた。
(あの一瞬でそこまで判断したなんて、本当にすごい人だな、この人)
蹴られた部分に塗る鎮痛薬をどう調達するかについて思い巡らせていると、白馬の女性が問いかけてきた。
「君はどちらへ向かっているのだ? 送ってやろう」
「あ、その、ですね……。国外追放というのは本当でして。私はただ、王都の北地区で営業許可証をもらったうえで魔法薬を売っていただけなんです。でもいきなり衛兵が『貴様の魔法薬で中毒者が出たと通報があった』なんて言い出して、財産を没収された上に王都の外につまみ出されちゃったんです。中毒患者のところに連れて行って欲しいって訴えても聞いてくれなかったんですけど、そもそも用量さえ間違えなければ中毒になんてならないはずなんです。私が売っていた魔法薬はこれなんですけど」
一気に自分の置かれた状況を説明してから、魔法薬の小袋を取り出して手に乗せて差し出してみせる。
すると、騎士のような女性がルエリアの手の上のものをじっと見つめ始めた。
「もしよかったら少しだけでも買ってもらえませんか? 私が作った睡眠導入剤というものなんですけど、飲めばぐっすり、朝はすっきり、決して害のある魔法薬ではありません。財産を没収されてしまったので、国から出ていくにせよ、国境を超えるまでに一文無しでは馬車にも乗れないし、宿にも泊まれないしで困ってるんです」
女性が今度は顎に手を当てて、考え込む顔付きに変わった。
「買ってくださったみなさんにも好評でしたし、リヤマヤードの冒険者の間でも評判だったんですよ」
「ふむ……。いずれにせよ、まず衛兵が財産を没収するなど有り得ないのだ。そのような権限は与えていない」
「え」
(今『権限を与えていない』って言った? この人、すごく偉い人なのかも)
「君、もう少し落ち着ける場所で話を聞きたいのだが、いいだろうか」
「あ、はっはい!」
腕を引かれてあっという間に女性の座っている前に座らされる。
ルエリアは馬に乗るのが久しぶりで、その視点の高さにどきどきしてしまった。
それだけでなく、背後から漂ってくる爽やかな香りに胸がときめく。
(この人、とってもいい香りがする……!)
麗しい見た目通りの芳しい香りに包まれて、ルエリアは突如として始まった小さな旅路に心を弾ませたのだった。
ルエリアは、大豪邸のきらびやかな応接室に通されてがちがちに固まっていた。目に映るものすべてが高級品で、ルエリアの没収された全財産を差し出しても買えるものがひとつもなさそうに見える。
(あの人、とってもお金持ちな貴族様なのかな。貴族様じゃ、どこの馬の骨とも知れない魔法薬師の作った魔法薬なんて買ってはくれないか。でもあの騎士様は平民でも丁重に扱ってくださって、いかにも【いろんな身分の大勢を束ねる上に立つ者】って感じがする。衛兵に『権限を与えていない』って言ってたから、衛兵の上司にあたる人……騎士団長とかそういう感じなのかも)
ふかふかのソファーに座って固まりながらもあれこれ思い巡らせていると、騎士団長かも知れない女性が部屋に入ってきた。
「待たせてすまない」
「いえ! 大丈夫です!」
びしっと背筋を伸ばしてはきはきと答える。村育ちのルエリアは、貴族と対面するのはこれが初めてだった。
ソファーの向かい側に女性が颯爽と腰を下ろした直後、上品なメイドがティーセットの乗ったワゴンを押してやってきた。平民のルエリアに嫌な顔ひとつせず、丁寧な手つきで茶を淹れていく。
(わあ、なんていい香りなんだろう……!)
騎士風の女性に勧められて、早速茶に口をつける。爽やかな木々の香りを彷彿とさせるその茶は今までに飲んだことのない味がした。
「このお茶とってもおいしいですね! なんというお茶なのですか?」
「ああ、ハスナヒア産のモキジョール茶だ。いい香りだろう」
「えっえっ、は!? モキジョールって! ハスナヒア国からマヴァロンド王室に献上されてるお茶で、一般流通はしてないやつなのに……。え、もしかして……」
応援ありがとうございます!
21
お気に入りに追加
95
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる