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14 勇者の思い出

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 ギルヴェクスの言葉に自身の至らなさを痛烈に思い知らされたルエリアは、ぐっと奥歯を噛みしめた。下がりそうになる視線を辛うじて正面に保つ。

(治療に当たる側が患者に落ち込んでる姿を見せちゃダメ。しっかりしなきゃ。でも……)

 表情を取り繕ったところで自分の失態がなくなるわけではない。

(もう私、首なんだろうな。当たり前か。患者さんに迷惑を掛ける魔法薬師なんて、失格もいいところじゃない。ギルヴェクス様をお助けして差し上げたかったな。でも、そんな大役、私に務まるはずがなかったんだ)

 目の奥が熱くなる。鼻がつんとして、視界が歪んでいく。

(私の作った魔法薬を褒めてもらえたから、私、調子に乗っちゃってたのかも。結局私は誰かを救えた気になってただけで、本当は誰にとっても気休め程度にしかなってなかったんだろうな)

 ルエリアは咄嗟に口を押さえると、必死に涙を押しとどめた。それでも鼻の奥に流れる感触がして、手のひらの中で小さく鼻をすすった。
 自分の発する音を強引に収めれば、静寂に包まれる。痛いほどの無音が胸に突き刺さり、心臓が騒ぎ始める。
 いよいよこれから最後通告が言い渡される――そうルエリアが覚悟を決めた瞬間、ギルヴェクスが口を開いた。

「君は、どうして魔法薬師になろうと思ったんだ?」
「……!」

『出ていってくれ』――そう言われると思っていた。
 意外な質問に、鼓動がますます速くなる。ルエリアは通りの悪くなった鼻から息を少しだけ吸い込むと、床に落としてしまっていた視線を持ち上げてギルヴェクスを見た。

「昔、つらいときに魔法薬で救ってもらった経験があるんです。それで私も、誰かを助けてあげたいって思って、魔法薬師になりました」
「つらいときに、というのはライケーネ村の件だな。君がそこの出身だということはヘレディガーから聞いた」
「はい、おっしゃる通りです」
「そのときにギジュット・ロヴァンゼンの魔法薬を? 君が彼の弟子だということと、彼がライケーネ村に派遣されたことはヘレナロニカから聞いている」
「はい。両親を亡くして、頼れる人もいなくて。毎日どうしたらいいかわからなくて、毎晩ひとりになるとずっと泣いてたんです。でもある日、村に派遣されてきた師匠……ギジュット様が、夜、ふらっと家を訪ねてくれまして。他の大人は『大丈夫かい?』って聞いてくるから『大丈夫です』って答えて、『元気出してね』って言うから『はい、がんばります』ってずっと答えてたけど……。ギジュット様はそういうことは言わなくて、ただ、『ここで一緒に寝ていい?』って聞いてきて。でも立ち上がる元気もなくて、床に座り込んで壁に寄りかかったままでいたら、どこかに行っちゃって。寂しくなってたら、仮設診療所から自分の毛布を持って戻ってきて、一緒にくるまってくれたんです。何か言ってくるのかなって思ったら何も言わなくて。そのうちふと飴玉を差し出してきて、それを舐めたらびっくりするくらいぐっすり眠れて。その飴玉が、魔法薬の飴玉だったそうなんです」

 思い出に浸るうちに、心がぬくもりに包み込まれていく。
 緊張感が和らいだ途端、視界の中にギルヴェクスの眼差しが見えた。その濃い空色の瞳は寂しげだったものの、慈しむような光をかすかに湛えていた。

「僕も、彼には世話になった。僕のときも、そうやってふらりと部屋に現れて、手つかずの料理を『それ、ちょこっと分けてもらってもいい?』なんて言い出して……」
「ええ?」

 ルエリアは思わず声を上げてしまった。過去の師匠のとんでもない振る舞いに衝撃を受けたからだ。

(まあ師匠らしいと言えば師匠らしいんだけど)

 と心の中で独り言をこぼす間にも、ギルヴェクスが懐かしそうに目を細める。

「膝を抱える僕の隣で冷めた料理をぱくぱく食べだして、その様子を横目で見ていたら、『ひとくち食べる?』などと言ってきて……。それは断ったんだが、そしたら今度は『飴玉舐める?』と差し出してきたんだ。そこは君のときと一緒だな。周囲の大人から、どうにか僕に食事を摂らせたいという圧はずっと感じていたけれど、それでもなにも食べる気が起きなかった。でも飴くらいなら口に放り込んでも嫌になったらすぐに吐き出せばいいかなと思ったら、いつの間にかうとうとしていて……。そのときは完全には眠れなかったけど、それから少しずつ食事ができるようになったから、彼には本当に感謝している」
「師匠はギルヴェクス様の前でそんなことをなさってたのですね。他の魔法薬はお飲みになったりしたのですか?」
「ああ。『これ、ボクが発明した魔法薬なんだけど。せっかく味をおいしくしたのに誰も飲んでくれないんだよね』ってぼやくから、『ホントにおいしいの? ホントはマズいから飲んでもらえないんじゃない?』って失礼なことを言いつつ少しだけ飲ませてもらったら、すぐに眠ってしまった」

(子供の頃のギルヴェクス様、素直で本当に可愛らしいな)

 希代の英雄のエピソードに胸が躍る。ルエリアが口をゆるめていると、ギルヴェクスが小さくため息をついた。その顔は、ごくわずかだけ綻んでいた。

「不思議なものだよな……。ちゃんと寝て、起きると昨日より少しだけ動けるようになっているんだから」
「本当に、そうですよね」

 ギルヴェクスの言葉に深く同意する。孤独にさいなまれていたときに、ギジュット・ロヴァンゼンが寄り添ってくれたこと、そして魔法薬によって少しずつ元気を取り戻せたおかげで今の自分がある。だからこそ、冒険者時代に心や体が疲れている人と多く接したときに『どんな状況でも、ひとまずよく眠れる魔法薬を作ってあげたいな』と思い、冒険者用の魔法薬の開発に打ち込んだのだった。

「今もこうして、以前よりかは動けている気がする。君のおかげだ」
「あ、ありがとうございます……!」

 追い出されるかと思っていたところに感謝の言葉を聞かされて、ルエリアは先ほどとは別の意味で涙をにじませた。

(まだ私、ギルヴェクス様のおそばにいていいのかな。もう一度チャンスを与えてくださるってことかな。これからはもう絶対に、誰にも迷惑を掛けないように気を付けないと)

 両手の指先で口を押さえて、合わせた手の中に息を吐き出す。うれしさを噛みしめていると、不意にギルヴェクスから呼びかけられた。

「……ルエリア」
「はっはい」
「先日は、暴言を吐いてしまってすまなかった」
「暴言? ですか……?」
「君が、名声を得るために僕に構うのかと、失礼なことを言ってしまった」
「そんな、謝らないでくださいギルヴェクス様! どこの馬の骨とも知れない元冒険者が主治医づらして話を聞こうとしたら、誰だって警戒すると思います!」
「主治医……。そうだな、ゼルウィドは以前、僕がひどいことを言って常駐をやめさせてしまったから、今は君が主治医となるのだろうか」
「いえいえそんな! 主治医はお医者様が務められるべきです! ゼルウィド様を差し置いて私が主治医だなんてとんでもない!」
「しかし、そう名乗ってもいいくらいの働きをしてくれている」
「それは恐れ入ります……! ですが、私はあくまでこの屋敷中のみなさまをお助けしたいだけと言いますか……」
「そうだな。君は、僕だけでなく皆のことも癒していると聞いている」
「はい! 魔法薬師として、世界中の人みんな……は厳しいかも知れませんけど、せめて目の前で苦しんでいる人は助けてあげたいんです」

 両親は、救えなかったから――。その言葉だけは心の中だけに留めておいた。

 不意に静寂が訪れる。
 ギルヴェクスは少しの間、目を伏せたあと――視線を床に落としたまま話し始めた。

「君が頑張ってくれる理由を理解したよ。君は昨日、僕の話を聞きたいと言っていたね。ならば話そう……僕の仲間が死んだときの話を」
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