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4 三姉妹のハズレだった私の再生

1 南国での生活のはじまり

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 ブラッドリーとの思わぬ再会から、隣国への移動に関して、マルティナの記憶は曖昧だ。短期間に色々な事が起こりすぎて、マルティナの脳の処理能力を超えてしまったのかもしれない。まわりの景色や建物も目に入らない。ただ、ブラッドリーに言われるがままに馬車に乗り、宿で休みということを繰り返し、ぼんやりとしている間に夢にまでみた隣国へ着いた。

 ブラッドリーの実家に着いた時はちょうど昼ごはんが終わった時間帯で、家族は皆、仕事や学校などで出払っているようで、ブラッドリーの母だけが迎えてくれた。

 「こんにちは。はじめまして。ブラッドリーの母です。マルティナちゃんよね? ブラッドリーから全て聞いているわ」
 ぼんやりしていたマルティナもさすがにお世話になるブラッドリーの母に会うとなると緊張したが、南国に似合うカラッとした笑顔を見て気が抜ける。

 「これまでよくがんばったわね。これからは、この家でのんびり暮らせばいいわ。私達になんでも言ってちょうだい」
 ブラッドリーの母から優しく抱擁されて、一瞬体を固くしたが、その柔らかい感触にほっとして身を委ねる。
 「あら、やだ、マルティナちゃん、すごく熱いけど……、えっ、熱があるんじゃない? マルティナちゃん?」
 「マルティナっ」
 ほっとしたと同時に体に力が入らなくなる。
 なんかこんな事が以前にもあったな……なんてことを思いながら、意識を手放していった。

 頭がガンガンするし、体の節々が痛い。熱くてだるくて、しんどい。浅い眠りの夢には母や姉が出てくる。うなされて起きると、いつでもブラッドリーがベッドサイドにいた。

 「今は余分なことは考えなくていいから。もう大丈夫。全部終わったから」
 ブラッドリーがマルティナの額に固くしぼった布巾を乗せる。

 「ありがとう、ブラッドリー……」
 体調の悪いときに看病されたことのないマルティナはブラッドリーがつきっきりでいてくれることが、うれしいような申し訳ないような気持ちでいた。

 「傍にいるから。今は何も考えずに眠って……」
 マルティナの手をやさしく握ってくれるブラッドリーの声を聞いて、安心して、また眠りに落ちていった。

 疲れのせいか精神的なものかマルティナは高熱を出して、どうやら三日間寝込んでいたらしい。四日目には熱も下がってすっきりしたものの、それから三日間はベッドから出ることは禁止され、その間も甲斐甲斐しくブラッドリーが世話をしてくれた。

 ベッドから出られるようになると、まずブラッドリーの両親に会いに行った。ブラッドリーの母親とは既に対面しているはずだが、熱があったせいか記憶がおぼろげだ。ブラッドリーの両親は二人とも南国の陽気さと、大らかさを感じさせる人だった。

 「マルティナちゃん、大変だったんだろう? 体調はもう大丈夫かい? 個人的な話かなとは思ったんだけど、後見人を務めることもあって、祖国であったことは全てブラッドリーから聞いているよ。よろしくね」
 ブラッドリーの父親は大柄で日に焼けていて商人というより海の男といった風貌だ。白い歯を見せて、満面の笑顔を見せる。 

 「ご挨拶もできずに倒れてしまい、申し訳ありません。マルティナと申します。これからお世話になります。祖国でのことや家族のことは済んだことですので、お気遣いは不要です」

 「マルティナちゃん、そんなに肩に力を入れなくてもいいのよ。体は治っても、心がそれについていっているとは限らないのよ。自分の家だと思って、ゆったりと過ごしてちょうだいね」
 ふっくらとしているブラッドリーの母親は、ブラッドリーと顔立ちや体形は似ていないものの、その優しさや懐の広さや笑顔はどこか似ていた。 

 「あの、はじめに聞いておきたいんですが、私はマーカス家においてどんな扱いなんでしょうか?」

 「家族っていうのが一番近いかしら。養子にしてもよかったけど、成人しているし、将来、自由に動ける方がいいと思って、籍は入れないことにしたのよ。でも、後見人として申請しているから、なにかあったときは安心して頼ってちょうだい。もちろん、一緒に暮らすし、しばらくはのんびりして、ゆっくりやりたいことを探していけばいいわ」

 にこにことほほ笑むブラッドリーの母に全て寄りかかって甘えたくなる。そんな気持ちをぐっと押し込める。

 「ありがたいお言葉ありがとうございます。私が、独り立ちできるまで置いてください。家事や仕事を教えてください。今まで家のことも仕事もしたことがないので、きっと初めはお手を煩わせると思うんですけど……」

 「ふふふ……そんなに肩肘はらなくてもいいのに。家はけっこう人を預かることも多いし、人の出入りも多いし、マルティナちゃん一人増えたところでなんともないんだから。マルティナちゃんの思うようにしなさい。

 今、学校が長期休暇に入ったところで長男のところの一番上の子のイーサンが昼間も家のことを手伝いに来るから、まずはあの子に色々教えてもらうといいわ。でも、病み上がりだから水仕事は禁止よ」

 「今まで、一人でがんばってきたから、いきなり家族に甘えろとか頼れとか言われても難しいかもしれないな。でも、マーカス家一同、マルティナちゃんを歓迎しているし、誰にでも気軽に声をかけてくれ、な」

 マルティナの頑なな心をブラッドリーの両親の言葉は温めてくれた。それを素直に受け取れるかは別として。
 
 その日の夕食の時に、同じ敷地内にある別宅に住むという長男家族を紹介された。長男夫婦とその子ども達からもマルティナは温かく迎え入れられた。

 長男のフレドリックは、父親より商人らしい雰囲気で鋭い眼光をしていた。ブラッドリーと容姿は似ているが、厳つい雰囲気を醸し出している。フレドリックは父が成長させた商会の業務のほとんどを担っていて、今は比較的自由に動ける父親が国内外の出張を引き受けているらしい。

 長男の妻のジョアンナは、マルティナとは違う国から来た異国人で、赤茶色の髪色と同じ色のそばかすが色白の肌に散っていた。物静かな長男の妻は、この国には珍しい本屋や古本屋を展開するやり手らしい。

 子どもは三人いて、普段は読み書きを教える学校に通っているらしい。

 一番上の子であるイーサンは、十歳でブラッドリーの幼い頃はこうだったんだろうなと思わせる風貌をしていた。身長はマルティナと変わらないし、家のことや商会の仕事を手伝っているのかほどよく筋肉もついている。

 「ふーん。お前、貴族のお嬢様だったんだろ? なんかワケありか? 家の手伝いしたいって殊勝な心掛けだけど、足引っ張るなよ」
 言葉は乱暴だし、口は悪いけど、親切に家事に関することを教えてくれて、なにくれとなくマルティナの世話をやいてくれた。

 一緒に暮らすことになったマーカス家の人々は今までマルティナの周りにいた人達と全然違う。そのことに戸惑うことも多いけど、今までとは違う相手の小さな一言や行動が、マルティナにとってはうれしかった。一つ一つの出来事をかみしめながら、マルティナは南国での生活をスタートさせた。
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