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第二部.薔薇の花嫁

11.涙にキス

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「とっても懐かしい味」

涙を零しながらお茶を飲むフローレンスにアリシエは愛しさがこみ上げる。


(記憶はなくとも覚えているんだな…)


泣きながらお茶を飲む姿に苦笑しながら頭を撫でる。

「泣かせるために淹れたんじゃないんだがな」

「申し訳ありません‥」

「まぁ、いい」


フローレンスの為に用意したレモンパイは前世で良く作ったお菓子だった。


(覚えているんだな…)

前世の記憶はうっすらだが覚えているのだと確信が持てて嬉しくなった。


(覚えてなくてもいいと思った…)


アリシエは前世の記憶を取り戻したからフローレンスを愛したわけじゃない。


確かに夢の中で見た女性を探していたかもしれないが、フローレンスに惹かれたのはアリシエ自身だった。


だが、思い出してほしくないわけではない。
前世であれほど愛した女性が目の前にいるのだから、できれば思い出して欲しい。

そして現世でも愛して欲しいと思った。


フローレンスには余裕がある婚約者として接するも、本当は今すぐにでも自分のモノにしてしまいたかった。


「折角のお茶を…」

「いいんだ。気にしないでくれ…俺は君に喜んで欲しかっただけだ」

「はい…」



上目づかいで不安げな表情をされ、アリシエは理性が揺らぐ。


(何だ!この愛らしい子は!)


内心で悶々するアリシエは欲望と理性が戦っていた。


『よぉ?このまま押し倒してしまおうぜ?』

『何を言っているんだ!ダメに決まっているだろ!』

『やせ我慢は止せよ。本当は今すぐ手籠めにしたいんだろ?』

『無理強いをするなんてダメだ!』


欲望デビル理性エンジェルが言い争いをする。

(ダメだ!消えろ欲望デビル!)


脳内で理性が勝利したことで、アリシエは思いとどまった。


「アリシエ様?」

「何でもない。淹れ直そう」


アリシエは悟られないように必死に平静を保つ。

「どうしてこんなに良くしてくださるのです?何故、アリシエ様は私にこんなに優しくしてくださるのです?」

「それを今言うか…そんなの君が好きだからに決まっているだろう」

「あっ…」

フローレンスの頬に触れながら頬にキスを送る。


「愛しい人に優しくするのは当たり前だ。義務感ではなく優しくしたいと思うのが当然だろう?」

「私は…」

「少なくとも俺は君が愛しい…愛しい人が笑った顔を見たい。優しくしたいのは当たり前だ」

はっきりと告げられ真っ赤になる。
アリシエは飾った言葉はなくストレートな物言いをするが、その言葉には重みがあった。

偽りなく心からの言葉に疑う余地がない。


「ずっと君を愛していた。あの夜から。だが俺は間抜けにも君の妹に間違って婚約の手紙を出した…黒歴史だ」

「そんなことは」

「いや、あるぞ!俺がこの世で最も毛嫌いするタイプなんだ…いや、すまない」


いくら何でも実の妹を酷く言うのは良くないと思ったアリシエは直ぐに謝る。


(正直、悪いとは思ってないが…)

アリシエからすれば悪いと思ったのは、フローレンスに対してだけだった。

アスガルト伯爵家がどうなろうと知ったことではないし。
過去にクラエス家が恩を感じたのは侯爵家だけなので、伯爵家に対してなんの感情も持ち合わせていなかった。



「さぁ、涙を拭いてくれ。俺は君の笑った顔を見たいんだ」

「はい」

「それでいい。俺に君の美しい顔を見せてくれ」


涙を親指で拭いながら頬にまたキスを落とす。


今はまだ無理でも、何時かとびきりの笑顔が見たい。

アリシエはフローレンスを抱きしめながらキスをしようとしおたが…


幸せな時間をまたもや邪魔する虫が現れた。


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