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序章
5旅立ち
しおりを挟む見送りは少数。
言うまでもなくあの二人は来るはずもなく。
代わりに宰相閣下が見送りに来てくださり、辺境伯爵様が国境まで同行してくださることになった。
「あの二人は来んのか」
「はっ…聖女様は部屋で泣いておられるとか」
「婚約者は」
「聖女様の付き添いを」
表情を変えないで淡々という侍女に私はため息をつく。
一部では私を身代わりにすることを罪悪感を抱いているとか。
「茶番劇だな…」
「閣下」
普段から表情が読めない方だったけど、この時は怒っておられるのが解る。
「もう良いのです」
「何が良いのだ…そなたは売られたのだぞ」
唇を噛み締め、低い声が聞こえる。
北の辺境伯爵様は私が幼い頃から修業の場として影響してくださった。
祖母とも旧知の仲でもあった。
格上の身分の方なのに私を孫のように可愛がってくださった。
「どうかお体にお気をつけてください」
「くっ…」
「辺境伯爵、そろそろ…」
「空気を読まぬか宰相!貴様それでよく宰相になれたな」
涙目で睨むご老人とは迫力があるな。
本当に。
何時の時代もお年寄りの涙は胸が痛む。
「さぁイリス」
「はい」
手を差し伸べられ私は馬車に乗ろうとした時だった。
足音が聞こえる。
「お待ちください!」
聞きなれた声が聞こえた。
「ルナマリア様!」
幼い王女殿下が侍女の手を払いのけて私の元に走ってこられた。
「待って…イリス!」
「王女殿下!」
普段、王女宮から出ることもなく走ることはまずない。
幼少期よりも元気になっても無理はできない体なのに走るなんて。
「ルナ様!」
「イリス!」
私は転びそうになるルナ様に手を伸ばし抱きとめる。
「どうして…」
「イリス、貴女が私の身代わりに敵国に行くと聞きました。ごめんなさい・・・ごめんなさい!」
私にしがみつき泣きじゃくるのは王女としてはいただけない。
でも、この場に責める者はいない。
責められるはずもない。
自分の所為だと責める王女殿下を。
どうして責められようか。
心を痛める必要もないのに。
普通なら王族を守る為に貴族が代理になるのは当然だわ。
ましてや私は平民。
しかも使えない魔導士なのに、こうして心を痛めてくださる方がおられる。
それ以上を何を望むのか。
「どうかそのようにお嘆きにならないでくださいませ」
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「え?」
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そう、今は別れでも永遠の別れではない。
「イリスとお約束くださいませ」
「解ったわ。約束よ…」
私に差し出されたのは一輪の白薔薇だった。
対する私は白い百合の花を差し出す。
これは違わぬことのない約束。
「どうかお元気で」
「イリス!」
後ろ髪を引かれる思いで私は馬車に乗った。
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