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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜

断罪の宴×影の立役者

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 そうして天にも届く程の屍の山が築かれた頃。
 間もなく、背後で凄まじい歓声が渦巻く。

「やった、やったぞ! 英雄の勝利だ!」

「英雄の勝利に輝かしい祝福を! 現リノケルスに破滅を!」

「おいッ! これは何事だッ!?」

 馬車に運ばれこの場に訪れた一人の男が歓声に混ざり怒号を上げる。

「あのジジイ遅すぎだろ。もう終わっちまったぞ」

 聞き覚えのある声にヴェインが反応する。

「シナリオ的にはこれ以上ないタイミングだけどね」

 アルルとヴェインの二人は呆れ顔でその男、テオールの顛末を追う。

「あれは……大罪人アルルメイヤではないかッ!? おいキサマらヤツをひっ捕らえろッ! 権力回復のまたと無いチャンスだぞッ!? そして! オレの妻キャロミィを魔女の手より救う! そしてヤツはコロっとオレに惚れる! なんと素晴らしき事か! これは絵に描いたような成功劇だ!」

 見覚えのある姿を発見したテオールがアルルを指差し糾弾を投げる。

「ふざけるのも大概にしろ! 大罪人は貴様の方だ! 恥を知れクズ野郎が!」

「リノケルス家の生き恥が! ルシエル様が存命ならば今頃我々は普通に生活できていた筈だ!」

「そうだ税金泥棒が! 我々は貴様の奴隷ではない!」

 英雄アルルメイヤを侮辱された領民の憤りは留まる事を知らない。

「チイッ……おいッ! こいつらを全員反逆罪で追放――いや死刑に処せッ! キサマら全員ここで骸を晒せッ! オレに逆らった事を地獄で後悔するがいいッ!」

 そんな領民とテオールの間で飛び交う罵詈雑言の嵐を見兼ねた一人の男が仲裁に入る。

「おやおや、これは忌々しき事態でありますな」

 まるで空気が入れ替わったかのように、しん、と辺りが静まり返る。

 少し遅れ、同じく馬車にてこの場所を訪れたのは――

「なッ、あ、貴方様は、ジカール裁判長……なぜ、このような場に」

 バグロスの工作により、この場に訪れるよう差し向けられたジカールがテオールに詰め寄る。

「業有りし所に私在りで御座います故」

 ジカールは胸に手を当て、無表情のまま淡々と応対する。

「おお……! ではそこに居る英雄ヅラの大罪人、忌まわしき魔女をひっ捕らえてくださると……! そうそう、これは私の手柄だ。当然、威信回復は約束して頂けますな? まさか掠め取ろうなどと思ってはおりますまい?」

 満面の笑みでジカールの裁決を待ち焦がれるテオール。

「……はて、私の目にはそのような者の姿など映ってはおりませぬな」

 そう、ジカールの目に映っているのは二人の英雄の姿である。

「な、なにッ!? ならば何故なにゆえ貴方がこのような場所に!?」

 事態の急変に追従出来ていないテオールが目に見えた動揺を露にする。

「私の目前●●に居られます大罪人を裁くべく参上した次第に御座います」

 ジカールは徐ろに右手を胸の高さまで直角に掲げ――

 示された先で立ち尽くしていたテオールが驚愕の様相を浮かべる。

「な、何故だ!? 何故俺が処罰を受けねばならんッ!? これは何かの冗談でしょう!? そうだ! オレは何一つ悪事など働いていないのだから! そうでしょう!? でなければ不当だッ!」

 間もなく、テオールの両端にジカールの私兵が迫る。

「狂気を正気と思い込む人間ほど、罪深く、恐ろしいモノも無い。自分自身をよく省みる事です」

 ジカールが手振り下ろすと、テオールの身体が完全に固定された。

「あぁッ! 鬱陶しい! 止めろッ! オレに触れるなッ! 放せッ! 俺はエールデ領の侯爵だぞッ!? このような横暴、ただでは済まさんからなぁッ!?」

 その弛んだ体には拘束を振り解く力すらない。

「ご安心ください。数日後、貴方はただの罪人と成り下がります故。否、それは少々不適当でしたかな? 貴方は国の威信を著しく損なわせたとして、家畜未満の価値も無いゴミ同然としてこの国を追われる身に成り下がるのです」

「なんだとッ!? 冗談じゃないッ! フザけるなァッ! ようやくあの忌々しい兄を消したんだぞ!? こンな所で終わってたまるかァッ!」

 テオールは罵詈雑言を撒き散らしながら鉄の格子へと詰められる。
 そしてジカールの私兵がその周囲から離れると、領民がテオール目掛け石を投げ始めた。

「ここで罪を白状しなくとも後で存分にその機会を与えます、どうぞご安心を。最期に一つご忠告を差し上げますが、そこな領民の方々に捕まる事の無いよう精々神に祈る事です。貴方に、神のご加護があれば、の話ですが」

 罪人に慈悲を与えるかのように、無表情を崩したジカールが笑顔で応対する。

 それもそうだろう。領民に捕まったが最後、馬に縛り付けられ地獄片道、国十周の旅がテオールを待つのだから。

「ぁぁぁキサマらぁぁぁぁァァァアアアッッッ! いてェッ、ああ、嫌だああァァッッ! ぁぁあああ止めろッ! 止めてくれェェェッッ――――」

 霞と消えゆくテオールの断末魔。

「そうそう、そこな英雄お二方。後三十分程で東の兵が集います故、後始末は手短に済ませた方が宜しいかと」

 ――全くあやつめ、相変わらず悪さばかりしおってからに……
 と、最後にそんな独り言を残し、ジカールがこの場を後にする。

「……ご忠告どうも」

(この様子だと東軍と西軍の動きがやけに遅いのは予想以上にバグロスが頑張ってくれてたからっぽいね。後で纏まった休憩上げなきゃ)

「なあアルル、お前あの爺さんも懐柔してたのか?」

「いや、流石にそれは無理。あの人、元々中立の立場の人間だから今回は見逃してくれたんじゃない?」

 裁判教団は国とは孤立している勢力である。
 当時アルルの裁判を行うに至って裏では膨大な金が動いたという。
 しかしどれだけ金を積まれようともジカールは最後までアルルの死刑をハッキリとは言い渡さなかった。
 組織の為とは言え、そこだけは譲れなかったのだろう。

「やれやれ、相変わらず面倒ごとが渦巻いてんなぁ」

 厄介者を抑えつける為か男爵位を無理矢理押し付けられたという過去を持つヴェインが渋い顔を浮かべる。

「たまに面倒なぐらいが人生楽しいと思うよ?」

「お前に関する面倒ごとならいつでも歓迎なんだがな?」

 ヴェインは冗談っぽくアルルに微笑みかける。

「なにそれ、へんなの」
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