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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜

報いるべき恩義×不本意な武勇

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「ここにはホントは一万の軍勢が差し向けられる予定だったってこと……? そのまま計画が進んでたらと思うと……本当に助けられたね」

 アルルはジゼからウィロウ=バンディについての事の顛末を聞き出したはいいももの、内容があまりにも過激極まりなかった為か驚きを隠せない様子。

 軍隊の規模が増えれば、移動も隠密もそれに伴い難しくなる為、襲来前に応援に混ざれた可能性も極僅かには存在するが、やはり今よりも甚大な被害を被ったであろう事は容易に想像がつく。

「結果的にそうなったとは言え、かの御仁には恩義を返さねばなるまい。だが生憎我は魔物の身だ、人間の里には足は踏み入れられん……アルル殿、頼めるか」

 何も力になれないというのは、やはり悔しさを感じてしまうのだろう。
 ジゼの顔に心苦しそうな表情が浮かぶ。

「うん、もちろん。確か遠い地で暮らしたいとか言ってたんだっけ。シレっと恩売ってウチに住まわせちゃおっか。良い戦力になるだろうし」

 捨て身の覚悟で挑み、負傷させる事に意識を特化させていたとは言え、一万中、八千もの兵士を戦闘不能に陥らせたのは事実。
 その強さは常軌を逸している。

「感謝する。それは名案だな、弱みにつけ込むようで引け目はあるが裏切られる心配もあるまい」

 そう、ウィロウ=バンディはただ愛する者と幸せに暮らしたいだけなのだ。

「話を聞く限りだと恋人さんはまだ生きてるっぽいし、一週間ちょっととなると……猶予はあと五日ないぐらい? こっちの片付けが終わったらすぐ助けに行った方がいいかも」

 本来ならば居場所の特定までに時間を浪費してしまい焦る所だが、アルルはそれについて確かな心当たりを持っていた。

「無理をしているのだろう事は百も承知。しかしこれはアルル殿にしか務まらぬ要件、もう少しばかり助力願えるか」

 無理はアルルの得意分野ではあるが、良くない事には変わりない。

「一周回って調子良くなって来たからだいじょぶだいじょぶ。それに国の犬やってた頃は五周ぐらい回ってたし」

 魔王討伐計画が佳境に入った頃は一ヶ月働き詰めの期間もあった程だ。
 この程度アルルにとっては造作もない。

「やはり我らが聖女は頼もしいな。では我は指揮に戻る、また後ほど合流するとしよう」

 そうしてジゼがこの場から立ち去り、アルルも戦後処理に戻ろうとしたその時。
 少し離れた場所からロシェの遠吠えが二度木霊した。

(ロシェの方でなんかあったっぽい、悪い知らせじゃ無いといいんだけど)

 現地へ向かうと、遠目に掘っ立て小屋らしき建物がポツンと佇んでいるのがアルルの目に入った。

 そしてその前で立っている一匹の紅い魔物を中心に、数十程の人間の死体が周囲に散らばっている。
 いずれも例外なく裂傷による失血死だ。

「わぁひどいカッコだねロシェ……あたしとお揃い?」

 ロシェは一声鳴くと、褒めてくれと言わんばかりにアルルの懐に飛び込んだ。

「ちょまってべっとべとだってば! ……元からだけど。怪我は……かすり傷程度っぽい、よかった」

 やがてアルルは小屋から発せられる複数の気配に気がついた。

「……? ロシェあんた、もしかして……」

 アルルの腕の中から離れ、小屋の前に向かったロシェが安全を示すように一声鳴くと、その扉は鈍い音を立てながら開いた。

「も、もう大丈夫なのか……? こわかった……」

 ロシェが確認を取るように再び短く鳴くと、ドアの影から一人の魔物の子供が姿を表した。

「あ、アルルのねーちゃんも助けに来てくれてたんだ! ありがと! あのね! この子がみんなをここに連れて守ってくれたんだ!」

 掘っ立て小屋の中から、元気な様子の子供たちが続々と姿を表す。

「そーだったんだ。ロシェ、あんたって子は……帰ったら美味しい物いっぱい食べよっか」

 ロシェは再びアルルの腕の中へと飛び込むと、甘えるような声で鳴いた。

「この子、ロシェって言うのか! ありがとな~ロシェ~!」

 アルルとロシェの周囲にわらわらと子どもたちが集う。

「さ、悪い人間はもう全員居なくなったし帰ろっか。みんなの所へ」

「うん、わかった!」

 帰路の途中、アルルは子供たちからロシェの武勇を語られる事となった。

「子供狙って襲うとかえげつないね……人間って卑劣だねほんと」

(あたしが一番卑劣ってのが皮肉効いてるけど)

「でなー! オレが殺されそうになったときなー! ロシェがガオォォォーって!」

 子供の話術というモノは得てして個性に溢れている。
 そしてそれにすっかりと流されてしまったらしいアルルが吹き出す。

「ガオー、って、ロシェ、こわい、でもちょっと見てみたかったかも」

 アルルは最早笑いを堪えるだけで限界である。

「まだまだ、こっからが本番なんだ! ニンゲンがいっきに十人ぐらいおそってきて、それを次から次にブチブチィィィって!」

 あることない事あまり喋らないでくれと言わんばかりにロシェが情けない声を上げる。
 それを聞いたアルルは再び吹き出してしまう。

「ブチブチって、なに、ロシェあんた、普段は大体あたしの枕になってぐだぐだしてるから、そんな姿あんまし想像つかないんだけど」

 そんな他愛の無い話で盛り上がるうち、合流地点は目の前に迫っていた。

「あっ、おかーさんだ!」

 互いにその姿を目に留めた瞬間、両者の表情がパッと輝く。

「ほら、行ってあげて。あっちも呼んでるから」

「うん! いってくる!」

 子供の一人が元気よく親の元へと駆けていく。

「あぁ……! ありがとうございます! ほんとうに、ありがとう……ございます……」

 母親は戻ってきた我が子を抱きしめながらアルルにお礼を述べる。
 親から離れ、子どもたちだけで集まり遊んでいた時の襲来だったのだ。
 他の魔物たちに止められてしまい、前線から離れたくても離れられない、そんな状況に親たちは生きた心地がしなかった。

「お礼はこっちのロシェにね。色々と大変だったみたいだから」

「そうでしたか、この方が……ありがとう、ございます……この子を、守ってくださって……ほんとうに……ありがとうございます……」

 当然の事をしたまでだと言わんばかりにロシェは一声鳴く。

 そうしてアルル率いる子供たち一行は次々と各々の親の元へと帰っていった。
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