上 下
51 / 67
一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜

撃滅将ヴァルザ×堕ちた英雄

しおりを挟む
 英雄は貰った情報を頼りに国に怪しまれない範囲で探りを入れた。
 しかし最後の任務が難航し、その時間は日に日に失われていった。
 それも災いしてか噂の根源となるような追加の情報を見つけることは出来ずに終わってしまった。

 後日、英雄は通い慣れたスラム街を訪ねた。

 ――もぬけの殻となっていた、愛する者が待っている筈のその場所を。

 英雄の背中を冷や汗が伝う。

 慌てて人影を探し、火事場泥棒に来ていた男に話を聞いた。
 曰く、この周辺で大規模な人攫いが行われたそう。

 英雄の全身から血の気が引いていく。
 
 監視の目など、もうどうでもよかった。
 英雄は狂ったように走った。
 城壁を飛び越え、外壁を伝い、軽々と城の根幹部分へと侵入して見せた。
 そうして人の気配を辿った末に着いた先には、地下へと繋がる巨大な観音扉が存在した。

 溢れる焦燥のまま、力任せにそれを蹴破り――

 英雄の眼前に広がったのは、檻の中で悶え苦しみ息絶えゆく、人、人、人の山。

 そして今この瞬間、愛した者さえもその山の一部となろうとしていた。

 地下室内は混乱状態に陥り、その原因となった一人の男を排除すべく声が上がった。

「侵入者だッ! 反逆者をひっ捕らえろッ!」

「血迷ったか英雄……!」

「何が反逆だ何が英雄だ……血迷ったのは貴様らの方だッ! 恥を知れッ!」

 総勢10000の軍勢、立ち向かうのはたった一人の英雄。
 背負うのは2000の無辜の命、そしてたった一人の愛する者の命。

 肉を裂かれ、終には骨まで絶たれようとも英雄が剣を離すことは無かった。
 一人でも多くの命を救うため、少しでもこの腐った国の不条理に抗うため、そして何より愛する者の命のため。
 ただひたすらに無我夢中で剣を振り続けた。

 結果、1700もの無辜の命が救われた。

 一方、反逆者に転移魔術を阻害された国は当初の予定の8割も遂行出来ず、大損害を被った。

 そうして英雄と英雄の愛する者は反逆者として牢に閉じ込められた。
 一週間後、両者共に街の中心で首を晒されるらしい。
 愛する者を連れて逃げる力、そして身体の自由すらもその反逆者には残されていなかった。

 己の身に降りかかる罰など目の前で繰り広げられている凄惨な光景から来る苦痛に比べれば到底及ばず、ただただ精神的苦痛のみがその心を蝕んだ。

 やがて反逆者の精神が壊れたのを見届けたかのように、孤独なる静寂がこの灰色の空間を包み込んだ。

「お前も、憎いのか?」

 反逆者の脳内に感情を直接揺さぶるような声が響く。

「だ、れだ……?」

 呆然自失と化していた大罪人の意識が呼び戻され、やがてその声に応じるかのように問を投げ返す。

「俺の名はヴァルザ。お前と同じ、愛する者を奪われた身」

「俺と……同じ?」

 反逆者の脳裏に愛する者の笑顔が浮かぶ。

「憎いだろう? 愛する者から乖離させられ、生きる意味を奪われ、遂には一人になろうとしている。寂しいだろう?」

「……俺はヤツらが憎い……一人は、寂しい……」

 反逆者の脳裏に、民衆を踏み台にして嘲笑う憎き畜生の姿が浮かぶ。

「ならばこの手を取れ。その憎しみを糧に、立ち上がれ」

 その言葉に誘われるがまま、反逆者は悪魔と契約し膨大な怨嗟の波に身を委ねた。
 自由を失った筈の身体から信じられない程のチカラが湧き上がってくる。

「アイリーネの居ない世界に……価値はない」

 英雄でもなく反逆者でもなく、ただ一人の男として、ウィロウ=バンディとして普通の恋をしたかった。
 そんなささやかな夢さえも今、潰えようとしている。

「そうだ。孤独に身を任せ、全てを撃滅するといい」

 そう、ならば取り返すまでだ。
 すべてを滅ぼし、この手中に収めるまでのこと――

 ――――

 ――

「ジゼ! ジゼ起きてってば!」

 アルルの懸命な治療による成果か、ジゼの意識が現実へと呼び戻された。

「アルル、殿……ヴァルザは? ウィロウ、バンディは?」

 ジゼは慌てて飛び起き、先程まで見ていた記憶の残滓を頼りに、かつての戦友、そして英雄の姿を探す。

「よかった、気がついた。それがね、街とは反対の方向に飛び出してっちゃったんだ。そういえば、なんでその名前をジゼが知ってるの?」

 アルルは当然、ジゼが先程まで見せられていた記憶の内容について知る由もない。

「……御仁の記憶を垣間見た」

 意識が鮮明になってきたジゼはその記憶の内容を口頭で伝えるべく頭を回す。

「……記憶? なるほどわかった、片付けながらでいいから内容聞かせてくれる?」

 アルルはこの現象について心当たりがあった。
 そう、ギルニクスとジゼが戦った時の事だ。
 本人曰く、ジゼの悲しみの記憶が脳内に入ってきたとのこと。
 ギルニクスなりの気遣いだったのだろうか、記憶の内容について詳しくは伝えられなかったようだが。

「ああ、勿論だ」

 ジゼはテトラを腕に抱え直し、記憶の内容をアルルに打ち明けた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,487pt お気に入り:1,135

1人の男と魔女3人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:468pt お気に入り:1

誰得☆ラリクエ! 俺を攻略するんじゃねぇ!? ~攻略!高天原学園編~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:242pt お気に入り:13

男は歪んだ計画のままに可愛がられる

BL / 完結 24h.ポイント:390pt お気に入り:11

もどかし遊戯

BL / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:2

宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

SF / 完結 24h.ポイント:298pt お気に入り:65

ポイズンしか使えない俺が単身魔族の国に乗り込む話

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:397pt お気に入り:8

不撓不屈

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:2,385pt お気に入り:1

桜の君はドSでした

BL / 完結 24h.ポイント:326pt お気に入り:16

処理中です...