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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜

とある英雄の恋模様×煙の立たぬ火

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「なんだ、この凄まじい気配は……?」

 降り立った人影を中心に凄まじい怨嗟の波が押し寄せる。
 常人ならば波に打たれただけで正気を失うだろう。

「あれ、ジゼと戦った時と同じくらいのヤバさ感じるんだけど……?」

 アルルは身に覚えのある、肌がヒリヒリとするような感覚に苛まれた。

「……グ、ァ、ぁ――」

 怨嗟を纏う影は意味を成さぬ呻き声を上げると、邪悪な気で形成された剣を構えた。

 ジゼはその剣の形、そしてその気配に身に覚えがあった。

「もしや、ヴァルザ……? ヴァルザなのか?」

 影の正体がかつての戦友であった事に気付かされ、ジゼは思わず狼狽える。
 そう、ヴァルザとは、かつてジゼと戦地を共にした――

「ヴァルザって……四柱の一人の? でもあれ人間……っていうか、たぶん顔見知りなんだけど」

 アルルの顔見知りだと言うその男はゾディアス王国の英雄、名をウィロウ=バンディ。
 アゼルハイムを代表に通貨名にすら使用されている程の存在である。

「ぁ、ァ゛ィ、どこ、だ……」

 降り立った場所にて何かを探し求めるように辺りを見渡し、うわ言を漏らす影。

「どうやら、思念と化したヤツの邪悪な気があの人間に取り憑いているらしい、クソッ、テトラよ、もう少しだけ待っていてくれっ……」

 ジゼは一旦、人目の付かぬ離れた物陰にテトラを横たえた。

「どっちもとんでもない程の憎しみを感じる、気が合ったんかもね?」

 アルルは気の抜けた事を言いつつも再び剣を構え臨戦態勢を整える。

「冗談言ってる場合ではない、来るぞッ――!」

 言葉裏腹にジゼは自ら交戦を仕掛け、アルルが浄化魔術を放つまでの時間を稼ぐべく前に躍り出る。

「引き剥がして正気に戻す余裕はなさそう! 問答無用で消し去るよ! いい!?」

 怨嗟の根源はヴァルザのみではない。
 取り憑かれているウィロウ=バンディからも怨嗟の波が止めどなく溢れている。

「ああ! 構わんッ!」

 一刻も早くその苦しみから戦友の魂を解放したい、それこそかつてヴァルザの戦友であったジゼの願いだった。

「ちょっとまずい! 二人の思念が濃すぎて全然狙いが定まんない!」

 それはまるで二つの歪な魂が朧気に霞んでいるかのような錯覚。
 片方のみならば浄化は容易だっただろう。
 片方を狙おうとも集中点がブレてしまい全く狙いが定まらない。

「グッ……クソッ、これだけのチカラ、どこから湧いてくるッ!?」

 そしてジゼですらもその怨嗟を前に屈しようとしている。

「ァ゛ァァァドコヘヤッタァア゛アアァァァッッッ!?」

 そうして、影の怨嗟が最高潮に達する時――

「ジゼ! 危ないッ――」

 アルルの目に映るのは、闇に呑まれゆくジゼの姿。

 ジゼの視界が、思考が、朧気と化す――

 ――――

 ――

「ウィル、わたし……」

「ああ、心配するな、次の仕事でようやく二人で旅立てるだけの金が集まる。ここよりはるか遠い地で、二人幸せに暮らそう。それまでもう少しだけ待っていて、くれるか?」

「……ええ、待ってる。あなたを信じる、わたしには、それしか出来ないもの。いつまでも、待ってる……」

 その英雄は常に国の監視下にあった。
 出来るものなら愛する者を常に傍に置いておきたかった。
 英雄とは一歩踏み間違えればただの厄介者。
 個人が膨大な力を有するという事は重大な責を負うことと同義だ。
 故に、満足に恋の一つすらも叶えられはしない。
 奴隷とそう変わらぬ、囚われの身に過ぎないのだ。

 ――

「なあ知ってるか? 国が秘密裏になんか企んでるって噂」

 その日の夜、とある情報屋が英雄の元を訪ねた。

「国のやることに興味はない」

 英雄とは、ただ国に命じられた任に対し都合良く動くのみ。
 ただそれだけの存在だ。

「まあそう言わずに聞いてくれ。なんでも魔物討伐の遠征計画を練ってるらしくてよ」

 国力復興の為練られたその計画は、当時は無謀とまで言われていた。
 しかし上の貴族連中らが無理を通して計画を実行しようとしているらしい。

「遠征? どこまで行くつもりなんだ? この国のどこにそんな資源がある?」

 大規模な遠征を行う場合、途方もない莫大な資源が必要となる。
 此処、ゾディアス王国にはそのような事に資源を割く余裕などない。

「そう、その肝心の足なんだが、禁忌――そう、転移魔術が使われるんじゃないかって話だ」

 転移魔術。
 人の魂を贄に発現するそれは、当然人の世では禁忌とされている。

「……今なんて?」

 重ねて当然、英雄の耳に入ればその心情は穏やかでは無くなるだろう。

「とてもじゃないが信じらねぇよな。だが火のない所に煙は立たんとは言うように、嘘だろうと本当だろうと、どこかしらに噂の流れた根拠はあるはずだ」

 彼は優れた情報屋だが、ついにその噂の根元を突き止める事は出来なかった。
 それだけ機密に守られている計画なのか、それともやはりただの噂に過ぎないのか。
 情報屋の男の疑問は募るばかりだ。

「少し、調べてみるか」

 しかし少しでも国に関わっているこの英雄ならば、あるいは可能かもしれない。
 そのような思いから今回の件を持ちかけるに至ったらしい。

「なんだ、興味ないんじゃなかったのか?」

 情報屋として、この噂の真相を突き止めるという事は大きな利益にも繋がる。
 過去もそのようにしてこの二人の利害関係、もとい信頼関係は築かれて来たのだ。

「事情が事情だろう。それにお前の口から出た噂なら信ぴょう性も高い」

 ただの眉唾の噂を持ち込むほど情報屋の男は愚かでは無い事を英雄は知っていた。

「へぇ……英雄さんにそこまで褒められたら情報屋としては鼻が高いってもんだな」

 そして褒められた本人も悪い気はしていない模様。

「……こんなもんでいいか?」

 英雄は金貨が入った袋を懐から取り出し情報屋の男に差し出した。

「別に金が欲しくて口開けたワケじゃねーよ。それにお前、ここを出ていくんだろう?」

 しかし情報屋の男はそれを手で押し返す。

「……なぜ、それを?」

 本人二人を除き誰も知り得ない筈のその情報を掴んでいる理由に後ろめたい事など一切無い。
 この情報屋の男が英雄の友人だからこそ知り得た情報である。
 ただ単に普段の友人の様子とは違う、心の底で浮かれる様子を感じ取った、それだけの理由だ。

「俺は情報屋だぞ? ま、せいぜい思い残すことのないようにな」

 その忠告が何を意味するのか、英雄には分からなかった。
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