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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜

類稀な才能×暗殺の極意

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 そうして訓練開始から二時間が経過した頃。

「っ、ゆびの感覚が無くなってきました……」

 通算136本目の投擲。
 15メートル先に見えるのは、三重の円が描かれた手のひらサイズの的。
 その二重目の領域にナイフの切っ先が突き刺さる。

 フィーレはどうやら、ナイフの柄を人差し指と中指で挟み、脇の下から横なぎに勢いをつけるような形で投げるのを得意としている模様。
 追々はどのような体勢からも投げられるように変な癖は付けるでないぞ、とジゼから釘を刺されているようだが。

「その程度で弱音を吐くなど、まだまだ鍛錬が足りぬな」

 厳しい言葉の裏で、フィーレが秘める体力と精神力、そして才能に対しジゼは心底感心する。

 アルルの戦いっぷりを間近で見ていた影響が大きいのだろうか、なんと手首と腕に対し負荷の掛からない投げ方を自然と会得してしまったのだ。
 残る大きな課題は本人の弱音の内容通り、指先の筋肉の問題か。
 しばらくは指の一本もまともに動かせない日々が続くだろう。

「200本目っ――やった、やりました!」

 繰り出されたナイフは綺麗な直線を描き、円の中心へと突き刺さった。

「ふむ、良いだろう。疲れたであろう、今日はこの辺で終いとしよう」

 木の幹に座り、フィーレの投擲フォームを細かく矯正していたジゼが一つあくびを漏らす。
 いくら才能があるとは言え、素人に一から武術を仕込むのは中々骨が折れるのだろう。

「は、はい、お付き合い頂きありがとうございました、ジゼ様」

 やり切ったような清々しい表情を浮かべながら深々と頭を下げるフィーレ。

「暫くは我が取り決めた項目を毎日続ける事だ。頃合いを見て応用の技術を授けよう」

 人類最強のギルニクス、アルルでさえも常人には計り知れない程の訓練と経験を積んでいるのだ。
 才能にかまけて地盤を疎かにするなど愚の骨頂。

「分かりました、その時まで精一杯がんばります」

 アルルという原動力がある限り、フィーレが訓練を投げ出す事は無い。

「フィーレ殿は飲み込みも早い上、根性もある。教え甲斐があるというものだ」

 ジゼは背を向けながらそう言い残すと、持ち場へと戻っていった。

「特訓の成果をアルルお姉さまに披露する日が今から楽しみです!」

 この時はまだジゼもフィーレ本人も、アルルの遠征活動に強力な人員が加わるなど露ほども思ってはいなかったのだった。



 昼食を終え、食後のティータイムと洒落込もうとリビングに向かっていたジゼ。
 つい気が緩んでしまいがちな時間帯だ。

「ッ!?」

 刹那、鋭い殺気が右斜め後方に突如として出現する――も、脊髄反射により辛うじて身を翻す。

 常人ならば回避行動はおろか、殺気に打たれその思考にすら至れなかったに違いない。

「ああ、もう! 今ので無理なら無理です! 絶対無理です!」

 ナイフ片手にジゼの首へと飛び掛かったフィーレが愚痴を零す。

「……我の首も取れぬようではまだまだ甘いな」

 ジゼの背中を冷や汗が伝う。
 数多の戦場を駆け、数多の死と隣り合った歴戦の英雄が感じた、明確な死の恐怖の表れ。

「いくらなんでも自分の首を軽く見過ぎですそれはっ!」

 そんなジゼの内心など知る由もないフィーレが消沈した様子でナイフを仕舞う。

 どうやら、ジゼの首を捉える事が出来れば合格、という課題を与えられているらしい。

「口よりも身体を動かすのが上達の道と教えておこう。今日も例の項目を三周だ」

 ナイフ投擲200回、追加で習い始めた短剣の素振り100回、レイピアの素振り30回。

 いつもの仕事に加え、朝昼夕これをワンセットずつ。

「あまりの筋肉痛で普段の仕事に支障が……」

 超ハードなスケジュールにフィーレが弱音を吐くのも無理はない。

「アルル殿の力になりたいのでは無かったのか?」

 すかさず、フィーレにとって一番の激励であるその言葉を投げ掛けるジゼ。

「うっ、がんばります!」

 思惑通り背中を押された様子のフィーレが健気に訓練場へと駆けていった。

「……やれやれ、この調子ならば迷惑どころか隣に立つ勢いだな」

 あまりの鋭い殺気に思わず昂ぶってしまった戦闘意識をなんとか窘め、溜息を漏らす。

 単純な対面力では遠く及ばないものの、諜報、兼ねて暗殺の才能に関しては常軌を逸する、それこそアルルに匹敵する程の才能をフィーレは持っていた。

 否、才能では無く、その生い立ちにより嫌でも培われた能力と言うべきか。
 人間性を殺し、"無"として生きる。それこそが苦痛から逃れる唯一の術だったのだ。

 更には殺傷行為に対し、一切の躊躇いが無い。
 いち少女が持つ倫理観としては極めて異常だ。
 しかし、一瞬の躊躇いが死に直結する暗殺業であるからして、これ以上無い適性を持っていると言えるのではないだろうか。

「アルルお姉さま。私はもっと、貴女に相応しい侍女になってみせます」

 今日も今日とて、聖女に仕える侍女は鍛錬を積む。
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