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第一章

第2話『神ゲーからのリアル神イベだ!』

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 そして夜。
 お金をほど良く稼げたから、これから気兼ねせずゲームができる。

 ご飯やら明日の準備を終え、俺はゲームにログインした。

「まあ、ここからだよな」

 見覚えのある景色なのは当たり前だが、肩が下がってしまう。
 夕方にログインした時は少ししか動いていないってのもあるが、本拠地登録をしていないというのはこういうことだ。

 まあでも、始まりたてのワクワク感を二度味わえたとプラスに考えよう。

「行くか」

 若干慣れた手つきで剣を装備し、歩き出す。

 俺がログインした時間は、20時。
 明日も学校だから……まあ、長くても1時ぐらいまでに寝ればいいだろう。

 歩きながらそんな予定を立てていると、まさかの夢のような神イベが発生する。

「きゃあーっ!」

 悲鳴、そして――襲われる女性。
 そんな光景を観てしまっては、男として助けるに決まっているだろう。

「大丈夫ですか!」

 俺は頭の中でかっこいい自分をイメージしながら女性の元まで駆け付ける。
 そして、

『グルゥー』

 目の前のモンスターに視線を合わせ、名前を確認。
 すると、頭上部に【ウルフ】――という名前が表示された。
 現実世界でその名前はもう少し獰猛なイメージだが、目の前に居るモンスターはどちらかといえばちょっと目つきが怖い犬。

 怯えて倒れ込む女性を背にモンスターと戦う俺、かっこよくね?

 まあでも、雰囲気を台無しにしてしまうことを言うと、俺もこの女性同様に例外なくレベル1なんだが。

「かかってこい」

 この挑発にどれだけの意味があるかは知らない。
 現実の世界みたいに【カナリア】を呼び出せたらいろいろと楽なんだが。

『グルァ!』

 ここら辺に出現しているモンスターなだけある。
 現実のダンジョンでいう初期モンスター同様に、真っ直ぐ突っ込んできた。
 じゃあそこから繰り出される攻撃は、頭突きか飛びつき噛みつき。

 だとすれば、そんなものに付き合う必要はない……んだが、回避を選択すれば後方で怯えている女性に危害が加わってしまうかもしれない。

 なら、ここはかっこよく正面攻撃。

「はあぁっ!」

 柄に左手を下に、右手を上で握り――上段から剣を振り下ろす。

(よし、完璧だ)

 さながら猪の如く突進してきた【ウルフ】は、光る割れた結晶となって消えた。
 次に俺は血など付いていない剣を横に払い、納刀する。

 そして、振り向く。

「大丈夫ですか。もうモンスターは居ません」

 そう言いながら、黒髪の女性に手を差し出す。
 さっきのことが怖かったのか、俺に警戒しているのかはわからないが、白く綺麗な手を少し振るわせながら重ねてくれた。

 俺はその手を優しく握り、立ち上がる手助けをした。

「助けていただきありがとうございました」
「いいえ、困った時はお互い様ですから、気にしないでください」

 決まった。

 こんなこと、現実世界では到底できたことではないが、本当の自分ではないからこそできるというもの。
 こっちの世界では、もう一人の――なりたい自分になれる。
 だからゲームの世界は最高なんだ。

 さて、俺のキャラは身長が177cmなんだが、この女性は俺の顎ぐらいだから……160cmぐらいか?
 理想のカップルの身長差ってたしかこんくらいじゃなかったか? とかなんとか思っていても、俺はわかっている。

 女性のアバターだからといって、必ずしも女性でないことを。

「こういうゲームは初めてですか?」
「はい、そうなんです」
「俺もさっき始めたばかりですが、こういうゲームは経験があるんです」
「そうですよね。さっきの戦闘、凄くかっこよかったです」

 うっひょーっ!
 これこれこれ!

 現実世界ではこんなストレートに褒めてもらえることはない……といういうか、できない俺でも、ゲームの世界では感謝してもらえる。
 そう、俺だって誰だって、こういうゲームの中だからこそ素直にこういう言葉を伝えられるということだ。

「指を一本か二本立てて、近場の空中を縦になぞってみてください」
「こ、こうですか?」
「そうです。そのまま、上から二番目の項目――インベントリというところを触ってみてください」
「お~っ! 凄いですね」

 日に照らされた瞳は黒く、艶々なさらさらストレートの黒髪が相まって、抜群の清楚感を醸し出している。

 いかんいかん。
 もしかしたらこの人は男かもしれないんだ。

 くっ――こういうところはオンラインゲームの悪いところだぞ。
 こんな初々しく可愛らしい姿も純粋な眼差しで見られない自分が憎い。

「そこにある武器を指で二回触ると装備が出てきます」
「おぉ~っ! 凄いですね!」

 左手に盾、右手に剣を握った彼女は子供のように無邪気な表情で笑っている。
 それを見ると、男かもしれないという思考は吹っ飛んで、ついこちらまで嬉しい気持ちになってしまう。

 なんだろうなこの気持ち。
 小さい子供が、デパートで欲しいおもちゃを買ってもらったのを眺めているような気分だ。

「もし良かったら、最初の街に行くまでパーティを組みませんか?」
「えっ」

 そうだよな、驚くのが当然か。
 こんな見ず知らずの人間がいきなり声を掛けてきて、一緒に行こうなんて――。

「是非お願いします!」
「ではまたの機会に……え?」
「どうかされました?」

 そんな純粋な眼差しかつ上目遣いで俺を覗いてこないでくれ。
 ああもう、俺の心はなんでこんなに汚れてしまっているんだ。
 こんなにも純粋な、穢れを知らないような人も居るんだな。

「いえ何でもありません。では、よろしくお願いします」
「これを押せば良いってことですね。なんとなく用量が掴めてきました」

 俺は手早くシステムウィンドウを開いて、パーティ申請を送った。
 そして彼女は、指で宙に出ているであろうウィンドウを触って了承。
 右上に俺の名前【Nwad】と彼女の名前【ミヤビ】が表示された。

「ミヤビさん、よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますっ。あれ、私って自己紹介をしていましたっけ?」
「あー、顔は動かさずに右斜めを見てみてください。ミヤビさんの名前とワドって名前があると思います」
「ほうほう、なるほどなるほど。ワドさんというのですね、よろしくお願いします」

 深々と一礼されたものだから、俺もついそれに倣ってしまった。

「本当に、何から何までありがとうございます。それに、夢中で話をしてしまって先に名乗らずごめんなさい」

 と、もう一度深々と頭を下げられる。
 顔を上げた俺は、そこまでされるとどう対応すればいいかわからなくなってしまうため、すぐに謝罪を受け取る。

「いいんですよ。さっき言ったじゃないですか。困った時はお互い様だって」
「ふふっ、ワドさんって本当にお人柄が素晴らしいですね」
「いやいや、人付き合いは不慣れなのでこんな感じなんですよ」
「またまた~。もしかして、女性慣れしてらっしゃるのでは~?」

 いたずらに、小悪魔のように少しだけニヤッとして目を細められる。
 そんな顔をされると、女性と付き合ったことのない俺はつい勘違いしちゃうよ。

 ダメダメだ。
 忘れるな、思い出せ! もしかしたら、もしかしたら相手は男かもしれないんだぞ。

「ここから先は少しだけ気を緩められません」
「強いモンスターが出てくるのですか?」
「いえ。復活拠点の設定をしないと、HPバー――左上にある赤いゲージが全部なくなってしまうと、またあそこら辺に強制的に戻されてしまうんです」
「え! それは大変ですね。わかりました。初心者なりに頑張ってみます。そして、ワドさんから絶対に離れません」
「いいですね、その意気です。それでは行きましょうか」
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