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第2章

第10話 庭園を巡る契約

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 しばらくするとお父様が、アルサルと海外から招いた芸術家の先生を連れて客間に現れた。わざわざ嫁いだ娘を呼び出して庭師と芸術家に会わせるなんて、普通に考えてお仕事絡みの話なんだろうけど。

 相変わらずやや恰幅の良いお父様は、ノシノシ歩きつつ有名人に庭のデザインを依頼出来たことから上機嫌だ。『はっはっは』と笑いながら、アルサルと一緒に先生を私に紹介する。以前よりも痩せた感じのアルサルは、私のことをチラリと一瞬見つめたが、バツが悪そうに目を伏せてしまった。
 私も以前の時間軸では結婚寸前だったアルサルのことを直視出来なくて、無言で目を逸らす。

 微妙な空気になりかけている私とアルサルを無視して、お父様は話をどんどん進めていく。

「おぉ紗奈子、よく来てくれたね。こちらが隣国の有名芸術家『黒龍・C・デヴィッド3世』さんだ。様々な民族の血を引く国際的な方で、芸術センスの幅も多国籍なんだよ」
「はじめまして、あなたが紗奈子・ガーネット・ブランローズさんですね。アルサルからお話しをよく伺っております。よろしく」
「初めまして、よろしくお願いします」

 芸術家の先生は様々な国の良いとこどりの美しい容姿で、カラスのような黒髪をハーフアップに結び、ホリの深い端正な顔立ちは彫刻のようだった。東方と西方のハーフと言ったところだろうか、高身長でスタイルも良くモデルか何かと間違えてしまいそう。
 続いて話の流れで、アルサルとも多少の会話をすることに。

「紗奈子、久しぶりだな。元気そうで何より」
「うん。アルサルも」

 少しだけ会話を交わして、アルサルは辛そうに再び目を伏せた。久しぶりに会うアルサルはどこか他人行儀で、寂しい気持ちがある分ホッとしたのも事実だ。これ以上アルサルに気持ちが傾いてしまっては、また傷つくだけなのだから。
 不幸中の幸いと言うべきか、以前のタイムリープでは亡くなってしまったはずのアルサルが、タイムリープを発動したことにより蘇ったのだからそれだけで充分幸運なのだろう。

 メイドのクルルがお茶を運んできて、一旦会話が途切れる。これ以上微妙な空気を醸し出されては良くないと、助け舟かも知れない。

「皆様、今日のアフタヌーンティーセットはブランローズ邸自慢のローズティーと、スコーンやサンドウィッチの軽食です」
「まぁうちのアフタヌーンティーなんて、しばらく頂いていないから懐かしいわ」

 気を取り直して、軽いティータイムを楽しみながら雑談をしていく。

「ヒストリア王子との暮らしは、どうだ。使用人が向こうの人ばかりで、慣れていないんじゃないかと心配してね。クルルをそちらの邸宅に転職させてやりたかったんだが、魔法が使えない者は雇えない決まりなんだとか。困ったものだよ」
「お父様お気持ちは嬉しいけど、クルルの負担になるようなことはしたくないし。それに向こうでも私、頑張ってやってるわ。使用人は皆親切だし、朝食は毎日私が作っているのよ」
「ほう! 紗奈子が手料理か……これも新婚のパワーなのかね。いやはや、ヒストリア王子とは親同士が決めた結婚だから、皆心配していたが。まぁ紗奈子が幸せならそれでいいさ」

 婚約中に様々な嫌がらせを受けていたことから、お父様は私がヒストリア王子と上手くいかないのではと懸念していたようだ。当時はアルサルが国王の隠し子で新国家を設立すると言う噂は都市伝説レベルだったが、今では王家の血を引く男であると公言されていて、世の女性の注目はアルサルに集まっている。
 第三王子で王位継承の可能性も低く、将来的には王室を抜けて公爵になると噂のヒストリア王子より、アルサルに嫁ぎたい人が増えたのだろう。

 どちらにせよ結婚というものは、おさまってしまえば次第にそのカップルへの注目は無くなっていくもののようである。


 * * *


「嫁いでから初めての里帰りだけど、それほど遠くに住んでいるわけじゃないし。心配しないでよ、お父様」
「うむ、そのようだな。まぁ良かったわい。さて今日、紗奈子を呼んだのはお父さんから新婚の二人にプレゼントをしたいと思ってな。紗奈子達が住む魔法研究所の庭園を、デヴィッド先生に最新スタイルに改築してもらってはと思ったんだが」

 やがて話題は雑談から本題へと移り、お父様が私とヒストリア王子に結婚のお祝いをしたいと言い始めた。

(あぁやっぱり、そんな話だろうと思ったわ。けどあの邸宅ってゼルドガイア王家の所有地だし、研究施設が併設されてるし。私の一存では何も変えられないのよね)

「あのお父様、お気持ちは嬉しいけれど庭づくりや内装はほとんど、ゼルドガイアの使用人達が仕切っていて。予算も決められているから、自由には出来ないの。たまにブランローズ邸に遊びにきたときに、お庭を楽しませてもらうから」
「ふむ、ではワシの方から直接研究所に申し入れてみよう! 可愛い娘のために、出来ることをしてやりたいからな。せっかく有名な先生に庭づくりしてもらえるチャンスなのに、勿体無い」

 私がそれとなく断っているにも関わらず、お父様はどうしてもデヴィッド先生の最新スタイルのお庭をプレゼントしたくて仕方がないらしい。嫁いでいる身としては、庭園を巡る契約を私の一存で決めるのは気が引ける。

 確かにゴシック風かつ尖った芸術的に変貌したブランローズ庭園は、これまででは考えられなかったような仕上がりだ。著名な芸術家だけあって、腕がすこぶる良いのは認めざるを得ないだろう。
 けれど私は今までのオールドスタイルな天使風庭園を気に入っていたので、悪魔崇拝のような今の庭園は趣味じゃないのだ。ヒストリア王子に至っては、悪魔モチーフの像やら飾りがそこらじゅうに増えたら、怒ってしまうかも。

「あのお父様……デヴィッド先生のお庭が芸術度が高いのは、私にも理解出来るわ。でもヒストリアは、守護天使様とお仕事しているくらいの熱心な教会派だし、ガーゴイル像なんか設置したら。多分彼の教会信仰に反する偶像崇拝として、撤去してしまうと思うの。勿体無いから、このお庭だけに留めた方が……」
「ほう、意外ですな。ヒストリア王子は闇の賢者と噂されるほどの凄腕魔導師。てっきりガーゴイル像や骸骨のモニュメントがお好みだと思っていたのですが、見当違いでしたか」

 チクリと嫌味っぽく、ヒストリアが闇の賢者と噂されていることを突いてくるデヴィッド先生。だがそれならヒストリアが、想像するよりも真面目な教会派であるということを、アピールするチャンスでもある。

「はぁどちらかというと、夫のヒストリアはかなり堅い教会信仰の持ち主でして。朝は必ずお祈りしていますし、ドクロモチーフも極端に嫌がります。高価な置物であっても黒魔術的なものは、偶像崇拝だと言ってお焚き上げしてしまうし。教会の守護天使様とのお付き合いを優先しているので、波風は立てないほうが」

 素直にヒストリアが古いタイプの教会信者で、偶像崇拝は一切受け付けない人だということをバラしてしまうことに。腹違いとはいえ、アルサルはヒストリアがどういう趣味の人なのか把握しているのだから、もうちょっとフォローして欲しかった。

「ふぅん、まだ兄貴は古い教会信仰にハマっているのか。他の信者の人達は芸術と信仰を分けているのに、兄貴は遅れているなぁ。そのくせ自分は、教会が禁止してる範囲の魔術を研究しているんだから、都合が良いよ」
「まぁ我々がガーゴイル像を普及したいのと同じように、ヒストリア王子も守護天使像を大切にしているんでしょう。ですがね、他国の教会では聖堂に魔除けとして、ガーゴイル像を設置しているところも多いんですよ。古来からの伝統ある像を大切にするスタイルが、他国の教会には根付いているのです」

「えっ? そうだったんですか。ガーゴイル像が聖堂に、きちんとした魔除として……意外だわ」

 私が知らなかったガーゴイル像に関する情報に驚いていると、ニッと笑ってデヴィッド先生は私の手を取り微笑む。

「ではこうしよう……試しに一回だけ庭の一部を改築させて欲しい。研究所に属さず、私有地となっている箇所は手付かずだという話だから。きっとあなた達夫婦が、お気に召すお庭にして見せますよ……」

 その笑顔は妖艶かつ麗しくて、圧倒的な芸術家オーラに飲まれて私は思わず、了承の頷きをしてしまう。

「えっと、ほんの一部なら。はい」

 自然の流れでつい差し出された用紙に万年筆を走らせて、庭園リフォームの契約が交わされた。そしてそれは、私が少しだけ悪魔に気を許してしまった瞬間なのであった。
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