朱の緊縛

贖罪

「この、とうへんぼくのクソオカマぁ」

　変わらないこの場所でカウンター越しに指先で氷を遊ぶ。思念体になっても夏稀さんは相変わらずの様です……まぁこの幸せな時も永遠ではないのですが。


――折り重なったその狭間はざまに囁ささやいた――

　朽くちるのは私だけのつもりでした。例えこれが夏稀さんの運命だったとしても上手い釈明しゃくめいも出来ずに躯体くたいを奪ってしまった事は閉じた瞼まぶたを渇かせません。

　三大欲求を凌駕りょうがする亨楽きょうらく。それは知恵と経験、それと人に喜ばれる事。執着を棄て、尚それを知るのは俗世、文明社会の中では難しいようです。その狭間で疑念を仰ぐ人達を私はカウンター越しに見てきました。いえ……御身おんみ見限ってとすら願う方はけっこう居るものなのですよ

　私のような死人が戯ざれ言、説法紛せっぽうまがいいなんておこがましのですが、単純に救う……少しでも解放に導く事で私自身が救われているだけなんです。きっと歪ゆがんだ贖罪しょくざいですね、救えなかった妹ユキへの……最近は妹の思念も随分と薄れてきていましたし。まるで死に方を学んでいたなんてダヴィンチのようにはいかないですけど。

　心臓移植をすると提供者の記憶が介入されるように血肉を飲ませたのは知識の移植だけのつもりでしたが、外見まで変容してしまうとは天久君は余程私との相性が良すぎたのでしょう。

　妹の身体を口にした副作用で末端染色体まったんせんしょくたいの劣化は止まったのですが、左腕の怪異かいいが現れたのは歪ひずみに抗あらがう身体、依より代しろに限界が来ている証あかしでした。それは随分な肉体的苦痛も伴ともなっていましたしね、ですからいつまでも天久君の身体に私の思念が存在しては同じ想いをさせてしまいます。

　でもね、いづれ思念が薄れ消えるまで天久君に全てを伝えようと思っています。それはせめてもの私の務めですから。

　夏稀さんは私を慕い下さっているようですが、それは一概の恋愛感情ではなく、似た者同士の同調みたいなモノですよ、きっと。でも貴女は遥か随分に業ぎょうを越え背負っているみたいですね……いえいえ、私も身体があると、どうやら幾分素直さに欠けていたようです。

「私もね、此このうえと慕っていますよ。夏稀さん」

――間もなく夜の繁華街に裂くようなサイレンが鳴り響く。ビルごとが割れて無くなるかのように――


　『思念体にも時間切れがある』

　私の時間が切れた後、もし許されるのなら継つぎ依より無く一度消滅しようと思います。“ 憎しみも争いも無い世界 ” を望み受け継ぐ者達の行方を観察出来ないのは多少名残惜しいですけど、些いささか “ 是非もない ” とでも申しておくと致しましょう。


――色彩が乗った指でグラスをテーブルに置く、看板はそのままにしよう。私になった僕を彼女はどう思うだろう。仕方がない、惚れた呪いだ――

「お待たせいたしました。こちらご注文のレッド・アイになります」