4 / 8
四話
しおりを挟む
(ギルバルト視点)
*
アリアは可哀想な女だった。
そしてとびきり変な女でもあった。
ギルバルト、と言う名前の竜が魔導師のアリアと出会ったのは、まだアリアがギルバルトの小指の先ほども年を喰ってない時分の頃だった。
正確に何年前、というのは、数千年生きた竜からすれば、瞬き程の出来事過ぎていちいち何年前、とは覚えていられないので仕方あるまい。
それにアリアに年を訪ねれば「レディに年齢を聞くなんて紳士的じゃないわ」などと言って、抓る顔がないから、と魔法をたたき込んでくるに決まっている。
慣れ親しんでいるが故の愛情表現……とギルバルトは勝手に思っているが、気の置けない仲であるというのには間違いがないだろう。
アリアの本当の顔を知っているものは、ギルバルトしか生き残らなかったのだから。
ギルバルトは最初、アリアのことを何とも思っていなかった。
強いて言うならば、変な奴が来た、と思ったくらいのもの。
アリアに一目惚れをしたというわけではなく、あの頃はただ何となく見ていただけなのだから。
そもそも竜と人間では美醜の感覚が違い過ぎる。
それに、人間と言う生き物は、基本的にすぐ死ぬ生き物なのだから、竜の記憶の片隅に残るようなものでもない。
尤も、長命と言われるエルフだろうが、ドワーフだろうが、妖精族であろうとギルバルトはあまり興味がなかった。
元々何かに対する興味、と言うものがギルバルトは薄かった。
食べるものは食べられればそれでいいし、生物の生存競争における戦いと言うのも、ギルバルトに勝てる者がそもそも多くない。
竜は逆鱗に触れられなければ比較的温厚な生き物で、ギルバルトは同格の生き物がいたとしても縄張り争いなど面倒くさいことは避けて白森の奥に引っ込んでいることが殆ど。
いつからそうだったのか、というものでもなく、元からの性格だろう。
アリアという可笑しな人間に出会ってからの日々だけは、ギルバルトの中でも、輝かしい日々の始まりであったと言える。
白森は魔力が潤沢で、竜にとっては居心地がいいくらいの空間である。
人間も入ってこない静かな白森の奥でだらだらと惰眠を貪っていたところに、いきなり魔法をぶち込まれた。
目覚ましと言うにはあまりに強烈な一発に目を白黒させながら竜の巨体を起こせば「あら、頑丈ねえ、ドラゴンって」と暢気な声が聞こえた。
ころころと鈴を転がすように笑う、人間の女の姿が、爆発で起きた土埃の向こうに見えた。
青みがかった銀髪を長く伸ばし、後頭部で結われたつやめいた髪の毛が木々の隙間からこぼれた日の光を受けて輝いている。
明らかに攻撃をしたのはこの女の他にはおらず、夜空に星をちりばめたような藍色の瞳がまっすぐに、されど楽し気に細められてギルバルトを見つめていた。
人間にとって竜は畏怖の対象の筈である。
されど、微塵の恐怖も滲ませず、あくまでも楽し気にこちらを観察している女は、どう考えてもおかしい。
(なんでこんなところに人間の女が?)
ひりひりと火傷に痛む肌は、魔力でみるみる修復されていく。
ぐるぐる唸りながら女を睨むが、逃げ出す様子はない。
(まったく、面倒な)
こんな魔力の濃い森の奥まで人間が入ってくるなど思ってもみなかった。
ましてや、いきなり攻撃魔法を仕掛けてくるなど。
ギルバルトの周囲の木々は根元から吹き飛ばされており、打ち込まれた魔法の強さがうかがえるというものである。
食べるわけでもないのに、無駄な殺生をするつもりはない。
されど放っておくわけにもいかない。攻撃魔法を仕掛けてきたのはあちらの方であるし、弱肉強食のこの世界で、弱いものをぷちりと潰したところで、攻撃してきた人間も文句は言うまい。
そう思いなおして、ギルバルトとアリアは本気の勝負に繰り出した。
――結果、和解した。
アリアはこちらを排除するべき敵として(かつ素材として)見て、あとで和解してから話を聞けば「暢気に寝てるからチャンスだと思ったのよ」と言って、やはりころころ笑っていた。
いくらなんでも、理性のないそこらへんにいる魔獣と一緒にされるのは腹立たしいが、ギルバルトが喋ると理解してからは、単なる力比べに移行しており……こちらも滅多にない好敵手との戦いに久しぶりに高揚してしまったわけだが。
和解したくせに「うろこの一枚くらいなら剥いでもいいかしら、いい素材になりそう」などと言ってこちらににじり寄ってくるのだから、まったく油断ならない。
弱いはずの人間。
拳で殴りかかってこようとする変な奴。
「私はアリア。魔導士のアリアよ」
「……ギルバルトだ」
「ギルって呼んでもいいかしら」
「……馴れ馴れしいなお前!?」
「いいじゃない、名前長いし」
「長いか?!……ああ、もう、お前の好きに呼べばいい」
「……ギル、貴方よく見ると綺麗よね」
アリアの小さな手がギルバルトのうろこを撫でる。
「自然に抜けたらやるから、勝手に剥ぐなよ……」
「無理矢理は趣味じゃないからしないわ」
「セリフがいちいち不穏なんだ、お前は」
小さな手だ。
この手で殴り合いの喧嘩をしていたとは思えないくらいには。
「貴方のこと好きよ、綺麗だから」
アリアはとびきりヘンな女だった。
細められた夜空の色をした瞳が、美しく輝いてギルバルトを捉える。
(お前の瞳も美しいな)と思ってしまったが、口に出すのは何となく悔しくて、結局ギルバルトはそれをアリアに伝えることを止めた。
これが、ギルバルトとアリアの初めての出会いだった。
*
アリアは可哀想な女だった。
そしてとびきり変な女でもあった。
ギルバルト、と言う名前の竜が魔導師のアリアと出会ったのは、まだアリアがギルバルトの小指の先ほども年を喰ってない時分の頃だった。
正確に何年前、というのは、数千年生きた竜からすれば、瞬き程の出来事過ぎていちいち何年前、とは覚えていられないので仕方あるまい。
それにアリアに年を訪ねれば「レディに年齢を聞くなんて紳士的じゃないわ」などと言って、抓る顔がないから、と魔法をたたき込んでくるに決まっている。
慣れ親しんでいるが故の愛情表現……とギルバルトは勝手に思っているが、気の置けない仲であるというのには間違いがないだろう。
アリアの本当の顔を知っているものは、ギルバルトしか生き残らなかったのだから。
ギルバルトは最初、アリアのことを何とも思っていなかった。
強いて言うならば、変な奴が来た、と思ったくらいのもの。
アリアに一目惚れをしたというわけではなく、あの頃はただ何となく見ていただけなのだから。
そもそも竜と人間では美醜の感覚が違い過ぎる。
それに、人間と言う生き物は、基本的にすぐ死ぬ生き物なのだから、竜の記憶の片隅に残るようなものでもない。
尤も、長命と言われるエルフだろうが、ドワーフだろうが、妖精族であろうとギルバルトはあまり興味がなかった。
元々何かに対する興味、と言うものがギルバルトは薄かった。
食べるものは食べられればそれでいいし、生物の生存競争における戦いと言うのも、ギルバルトに勝てる者がそもそも多くない。
竜は逆鱗に触れられなければ比較的温厚な生き物で、ギルバルトは同格の生き物がいたとしても縄張り争いなど面倒くさいことは避けて白森の奥に引っ込んでいることが殆ど。
いつからそうだったのか、というものでもなく、元からの性格だろう。
アリアという可笑しな人間に出会ってからの日々だけは、ギルバルトの中でも、輝かしい日々の始まりであったと言える。
白森は魔力が潤沢で、竜にとっては居心地がいいくらいの空間である。
人間も入ってこない静かな白森の奥でだらだらと惰眠を貪っていたところに、いきなり魔法をぶち込まれた。
目覚ましと言うにはあまりに強烈な一発に目を白黒させながら竜の巨体を起こせば「あら、頑丈ねえ、ドラゴンって」と暢気な声が聞こえた。
ころころと鈴を転がすように笑う、人間の女の姿が、爆発で起きた土埃の向こうに見えた。
青みがかった銀髪を長く伸ばし、後頭部で結われたつやめいた髪の毛が木々の隙間からこぼれた日の光を受けて輝いている。
明らかに攻撃をしたのはこの女の他にはおらず、夜空に星をちりばめたような藍色の瞳がまっすぐに、されど楽し気に細められてギルバルトを見つめていた。
人間にとって竜は畏怖の対象の筈である。
されど、微塵の恐怖も滲ませず、あくまでも楽し気にこちらを観察している女は、どう考えてもおかしい。
(なんでこんなところに人間の女が?)
ひりひりと火傷に痛む肌は、魔力でみるみる修復されていく。
ぐるぐる唸りながら女を睨むが、逃げ出す様子はない。
(まったく、面倒な)
こんな魔力の濃い森の奥まで人間が入ってくるなど思ってもみなかった。
ましてや、いきなり攻撃魔法を仕掛けてくるなど。
ギルバルトの周囲の木々は根元から吹き飛ばされており、打ち込まれた魔法の強さがうかがえるというものである。
食べるわけでもないのに、無駄な殺生をするつもりはない。
されど放っておくわけにもいかない。攻撃魔法を仕掛けてきたのはあちらの方であるし、弱肉強食のこの世界で、弱いものをぷちりと潰したところで、攻撃してきた人間も文句は言うまい。
そう思いなおして、ギルバルトとアリアは本気の勝負に繰り出した。
――結果、和解した。
アリアはこちらを排除するべき敵として(かつ素材として)見て、あとで和解してから話を聞けば「暢気に寝てるからチャンスだと思ったのよ」と言って、やはりころころ笑っていた。
いくらなんでも、理性のないそこらへんにいる魔獣と一緒にされるのは腹立たしいが、ギルバルトが喋ると理解してからは、単なる力比べに移行しており……こちらも滅多にない好敵手との戦いに久しぶりに高揚してしまったわけだが。
和解したくせに「うろこの一枚くらいなら剥いでもいいかしら、いい素材になりそう」などと言ってこちらににじり寄ってくるのだから、まったく油断ならない。
弱いはずの人間。
拳で殴りかかってこようとする変な奴。
「私はアリア。魔導士のアリアよ」
「……ギルバルトだ」
「ギルって呼んでもいいかしら」
「……馴れ馴れしいなお前!?」
「いいじゃない、名前長いし」
「長いか?!……ああ、もう、お前の好きに呼べばいい」
「……ギル、貴方よく見ると綺麗よね」
アリアの小さな手がギルバルトのうろこを撫でる。
「自然に抜けたらやるから、勝手に剥ぐなよ……」
「無理矢理は趣味じゃないからしないわ」
「セリフがいちいち不穏なんだ、お前は」
小さな手だ。
この手で殴り合いの喧嘩をしていたとは思えないくらいには。
「貴方のこと好きよ、綺麗だから」
アリアはとびきりヘンな女だった。
細められた夜空の色をした瞳が、美しく輝いてギルバルトを捉える。
(お前の瞳も美しいな)と思ってしまったが、口に出すのは何となく悔しくて、結局ギルバルトはそれをアリアに伝えることを止めた。
これが、ギルバルトとアリアの初めての出会いだった。
10
あなたにおすすめの小説
獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない
たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。
何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。
また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?
由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。
皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。
ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。
「誰が、お前を愛していないと言った」
守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。
これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
初夜の床で「愛はない」と言った自分に返ってきたのは「愛はいらない食はくれ」と言う新妻の言葉だった。
いさき遊雨
恋愛
「僕に君への愛はない。」
初夜の床でそう言った僕に、
「愛はいらないから食事はください。」
そう言ってきた妻。
そんな風に始まった二人の夫婦生活のお話。
※設定はとてもふんわり
※1話完結 の予定
※時系列はバラバラ
※不定期更新
矛盾があったらすみません。
小説家になろうさまにも登録しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる