行き遅れ聖女は惰眠を貪る

せいじ

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四話

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(ギルバルト視点)

*

アリアは可哀想な女だった。
そしてとびきり変な女でもあった。

ギルバルト、と言う名前の竜が魔導師のアリアと出会ったのは、まだアリアがギルバルトの小指の先ほども年を喰ってない時分の頃だった。

正確に何年前、というのは、数千年生きた竜からすれば、瞬き程の出来事過ぎていちいち何年前、とは覚えていられないので仕方あるまい。
それにアリアに年を訪ねれば「レディに年齢を聞くなんて紳士的じゃないわ」などと言って、抓る顔がないから、と魔法をたたき込んでくるに決まっている。
慣れ親しんでいるが故の愛情表現……とギルバルトは勝手に思っているが、気の置けない仲であるというのには間違いがないだろう。
アリアの本当の顔を知っているものは、ギルバルトしか生き残らなかったのだから。

ギルバルトは最初、アリアのことを何とも思っていなかった。
強いて言うならば、変な奴が来た、と思ったくらいのもの。

アリアに一目惚れをしたというわけではなく、あの頃はただ何となく見ていただけなのだから。
そもそも竜と人間では美醜の感覚が違い過ぎる。

それに、人間と言う生き物は、基本的にすぐ死ぬ生き物なのだから、竜の記憶の片隅に残るようなものでもない。
尤も、長命と言われるエルフだろうが、ドワーフだろうが、妖精族であろうとギルバルトはあまり興味がなかった。

元々何かに対する興味、と言うものがギルバルトは薄かった。
食べるものは食べられればそれでいいし、生物の生存競争における戦いと言うのも、ギルバルトに勝てる者がそもそも多くない。
竜は逆鱗に触れられなければ比較的温厚な生き物で、ギルバルトは同格の生き物がいたとしても縄張り争いなど面倒くさいことは避けて白森の奥に引っ込んでいることが殆ど。

いつからそうだったのか、というものでもなく、元からの性格だろう。


アリアという可笑しな人間に出会ってからの日々だけは、ギルバルトの中でも、輝かしい日々の始まりであったと言える。

白森は魔力が潤沢で、竜にとっては居心地がいいくらいの空間である。
人間も入ってこない静かな白森の奥でだらだらと惰眠を貪っていたところに、いきなり魔法をぶち込まれた。

目覚ましと言うにはあまりに強烈な一発に目を白黒させながら竜の巨体を起こせば「あら、頑丈ねえ、ドラゴンって」と暢気な声が聞こえた。
ころころと鈴を転がすように笑う、人間の女の姿が、爆発で起きた土埃の向こうに見えた。
青みがかった銀髪を長く伸ばし、後頭部で結われたつやめいた髪の毛が木々の隙間からこぼれた日の光を受けて輝いている。
明らかに攻撃をしたのはこの女の他にはおらず、夜空に星をちりばめたような藍色の瞳がまっすぐに、されど楽し気に細められてギルバルトを見つめていた。

人間にとって竜は畏怖の対象の筈である。
されど、微塵の恐怖も滲ませず、あくまでも楽し気にこちらを観察している女は、どう考えてもおかしい。

(なんでこんなところに人間の女が?)

ひりひりと火傷に痛む肌は、魔力でみるみる修復されていく。
ぐるぐる唸りながら女を睨むが、逃げ出す様子はない。

(まったく、面倒な)

こんな魔力の濃い森の奥まで人間が入ってくるなど思ってもみなかった。
ましてや、いきなり攻撃魔法を仕掛けてくるなど。
ギルバルトの周囲の木々は根元から吹き飛ばされており、打ち込まれた魔法の強さがうかがえるというものである。
食べるわけでもないのに、無駄な殺生をするつもりはない。
されど放っておくわけにもいかない。攻撃魔法を仕掛けてきたのはあちらの方であるし、弱肉強食のこの世界で、弱いものをぷちりと潰したところで、攻撃してきた人間も文句は言うまい。

そう思いなおして、ギルバルトとアリアは本気の勝負に繰り出した。

――結果、和解した。

アリアはこちらを排除するべき敵として(かつ素材として)見て、あとで和解してから話を聞けば「暢気に寝てるからチャンスだと思ったのよ」と言って、やはりころころ笑っていた。
いくらなんでも、理性のないそこらへんにいる魔獣と一緒にされるのは腹立たしいが、ギルバルトが喋ると理解してからは、単なる力比べに移行しており……こちらも滅多にない好敵手との戦いに久しぶりに高揚してしまったわけだが。

和解したくせに「うろこの一枚くらいなら剥いでもいいかしら、いい素材になりそう」などと言ってこちらににじり寄ってくるのだから、まったく油断ならない。

弱いはずの人間。
拳で殴りかかってこようとする変な奴。

「私はアリア。魔導士のアリアよ」
「……ギルバルトだ」
「ギルって呼んでもいいかしら」
「……馴れ馴れしいなお前!?」
「いいじゃない、名前長いし」
「長いか?!……ああ、もう、お前の好きに呼べばいい」
「……ギル、貴方よく見ると綺麗よね」

アリアの小さな手がギルバルトのうろこを撫でる。

「自然に抜けたらやるから、勝手に剥ぐなよ……」
「無理矢理は趣味じゃないからしないわ」
「セリフがいちいち不穏なんだ、お前は」

小さな手だ。
この手で殴り合いの喧嘩をしていたとは思えないくらいには。

「貴方のこと好きよ、綺麗だから」

アリアはとびきりヘンな女だった。
細められた夜空の色をした瞳が、美しく輝いてギルバルトを捉える。
(お前の瞳も美しいな)と思ってしまったが、口に出すのは何となく悔しくて、結局ギルバルトはそれをアリアに伝えることを止めた。

これが、ギルバルトとアリアの初めての出会いだった。
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