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第8話 覚醒
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第8話 覚醒
朝の光が、痛いほど眩しかった。
カーテンの隙間から射す陽光が、まるで刃のように肌を刺す。
昨夜のことが、夢なのか現実なのか――もう、わからなかった。
体は重く、喉は渇き、心臓がやけにうるさい。
ドクン、ドクン。
胸の奥で脈が鳴るたびに、何かが脈動している。
血じゃない。もっと深いところ――魂が、熱を帯びていた。
「……暑い……」
布団を蹴飛ばして立ち上がる。
足元がふらつき、机の角に手をついた。
冷たい木の感触が、妙に現実的だった。
鏡の前に立つ。
額には汗。頬は紅潮している。
――だが、目。
目の奥が、一瞬だけ紅く光った。
「……え?」
まばたきしても、もう消えている。
でも確かに見た。
瞳の奥に、月の光のような紅が宿っていた。
息が止まる。
心臓がドクンと鳴り、血が逆流するような熱が喉を駆け上がる。
吐き気。めまい。
匂いの感覚が鋭くなり、空気の中の微かな埃やシャンプーの香りまで、全部が混じり合って押し寄せてくる。
台所からパンを焼く香ばしい匂いが流れてきた瞬間、
胃がひっくり返りそうになった。
「……うっ……」
洗面所へ駆け込み、蛇口をひねる。
冷たい水をすくって顔に当てると、少しだけ落ち着いた。
鏡の中の自分が、知らない誰かみたいに見えた。
白い肌。紅い唇。
――まるで、あの男のように。
「……僕、どうなってるんだ」
胸に手を当てる。
鼓動が速すぎる。
普通じゃない。
そのリズムに、別の音が重なっている。
まるで――誰かと呼吸を合わせているような。
“僕だよ”
――耳の奥で、声がした。
「ヴァン……?」
“目覚めたね”
「やめて……もう来ないで」
“もう、君の中にいる。呼ばなくても聞こえるだろう?”
「……いやだ……」
“君の血が、僕を覚えている。
それが覚醒というものだよ、ルイ”
「覚醒……?」
“君の中に眠っていた血脈が、今、目を開けた”
「血脈……? 僕はただの人間だ」
“違う。
君の血には封印された“始祖の系譜”が流れている”
「そんなの……!」
“受け入れなさい。
君は、選ばれた”
部屋の空気が変わった。
冷たいはずの風が、熱を帯びて頬を撫でる。
壁の影が伸び、ガラスの窓が月光を映した。
――昼なのに。
「……昼なのに、月……?」
“君の血が、月を呼ぶんだ。
昼でも夜を創る、それが“僕たち”の証”
鏡を見つめる。
紅い光が、再び瞳を照らす。
それが恐ろしくて、けれど美しかった。
「……ヴァン。僕はもう、人間じゃないの?」
“まだ境界にいる。
どちらにもなれる。
選ぶのは君だ”
「僕に……選ぶ権利なんて」
“あるさ。
ただし、選んだ瞬間、どちらかは消える”
「消える……?」
“昼の君か、夜の君か”
ヴァンの声が、頭の奥で低く響く。
胸が締めつけられた。
逃げたいのに、心臓がそれを許さない。
血が熱くなり、脈が乱れる。
ドクン、ドクン――
それはもう自分の音ではなかった。
鼓動のリズムが二重に重なり、
ひとつの旋律を奏でているようだった。
「これが……宿命の鼓動……?」
“そう。
君の中に、僕の血が流れている。
それが契約の証”
「やめてよ……戻してよ……!」
“戻れない。
だが、恐れることはない。
君の苦しみは、僕の喜びだ”
「そんなの、狂ってる……!」
“狂気と愛は、同じ場所から生まれる。
僕たちはその境界で生きる存在だ”
類は床に手をつき、息を荒げた。
喉が焼ける。
心臓が暴れ、全身が熱を帯びる。
血管のひとつひとつが、脈動している。
その感覚は恐ろしくも、甘美だった。
「……いやだ……」
“本当かい?”
「だって……こんなの、気持ち悪いのに……」
“でも、その熱を拒めないだろう?”
「っ……!」
全身が震えた。
痛みと快楽の境が崩れていく。
皮膚の下で何かが変わっていく。
爪が少し尖り、息が白く、瞳がまた赤く染まる。
“見ろ、ルイ。
これが君の真の姿だ”
「やめてぇぇぇっ!」
叫び声が部屋に響いた瞬間、窓ガラスがびりっと震えた。
光が差し込んだ。
その光は眩しすぎて、目が焼けるようだった。
「……痛いっ……!」
“太陽は、まだ君を試している。
だが、いずれその光にも耐えられるようになる。
それが、“覚醒者”の証だ”
「僕が……そんなものに、なりたくない!」
“もう、なっている”
その言葉に、類は息をのんだ。
胸の奥で、再び鼓動が跳ねる。
それは、誰かと呼吸を合わせるようなリズム。
鼓動が、ヴァンと共鳴している。
“君の血は、夜の扉を開く鍵だ”
「僕の血……」
“そう。
君の中には、僕の始祖の血脈が眠っていた。
それが今、目を覚ましたんだ”
「……じゃあ、僕は……あなたの……?」
“僕の“眷属”でもあり、“継承者”でもある”
「継承者……?」
“そう。
僕の夜を、君が次に繋げる。
僕の永遠は、君の中で息をする”
「……そんなの、いやだ……」
“でも、君の瞳はもう嘘をつけない”
類は震える手で鏡に触れた。
冷たいガラス越しに、月光が滲んでいた。
昼なのに、そこには確かに月が映っている。
その月の光が、瞳の中の紅をさらに濃くした。
「……ヴァン……」
“呼んだね”
「……僕、怖いよ」
“怖いのは、まだ人間だからだ。
でも安心して。僕が導く”
「どこへ……」
“夜の向こうへ”
その瞬間、部屋の中の空気が震えた。
カーテンが揺れ、風が舞い込む。
見上げた窓の外――そこには、ヴァンの姿があった。
月光を背に立つ、黒い影。
紅い瞳が、まっすぐに類を見つめている。
“来い、ルイ。
覚醒した今の君なら、僕の世界に立てる”
類の胸が熱くなる。
指先が勝手に伸びる。
触れたはずのガラスは、冷たくなかった。
まるで液体のように柔らかく、月光に溶けていく。
「……ヴァン……」
“そう、それでいい。
その声が、夜の合図だ”
類は一歩、踏み出した。
ガラスの向こうに、月があった。
その光が彼の瞳を照らし、
紅い炎のように燃え上がる。
宿命の鼓動が鳴った。
ドクン、ドクン――。
その音が、夜を震わせる。
「僕は……」
“そう。君は僕の血脈の継承者。
そして――僕の恋人だ”
その言葉が、すべての抵抗を溶かした。
次の瞬間、類の身体は闇に包まれた。
血と光のあわいで、彼の覚醒は、静かに完了した。
(つづく)
朝の光が、痛いほど眩しかった。
カーテンの隙間から射す陽光が、まるで刃のように肌を刺す。
昨夜のことが、夢なのか現実なのか――もう、わからなかった。
体は重く、喉は渇き、心臓がやけにうるさい。
ドクン、ドクン。
胸の奥で脈が鳴るたびに、何かが脈動している。
血じゃない。もっと深いところ――魂が、熱を帯びていた。
「……暑い……」
布団を蹴飛ばして立ち上がる。
足元がふらつき、机の角に手をついた。
冷たい木の感触が、妙に現実的だった。
鏡の前に立つ。
額には汗。頬は紅潮している。
――だが、目。
目の奥が、一瞬だけ紅く光った。
「……え?」
まばたきしても、もう消えている。
でも確かに見た。
瞳の奥に、月の光のような紅が宿っていた。
息が止まる。
心臓がドクンと鳴り、血が逆流するような熱が喉を駆け上がる。
吐き気。めまい。
匂いの感覚が鋭くなり、空気の中の微かな埃やシャンプーの香りまで、全部が混じり合って押し寄せてくる。
台所からパンを焼く香ばしい匂いが流れてきた瞬間、
胃がひっくり返りそうになった。
「……うっ……」
洗面所へ駆け込み、蛇口をひねる。
冷たい水をすくって顔に当てると、少しだけ落ち着いた。
鏡の中の自分が、知らない誰かみたいに見えた。
白い肌。紅い唇。
――まるで、あの男のように。
「……僕、どうなってるんだ」
胸に手を当てる。
鼓動が速すぎる。
普通じゃない。
そのリズムに、別の音が重なっている。
まるで――誰かと呼吸を合わせているような。
“僕だよ”
――耳の奥で、声がした。
「ヴァン……?」
“目覚めたね”
「やめて……もう来ないで」
“もう、君の中にいる。呼ばなくても聞こえるだろう?”
「……いやだ……」
“君の血が、僕を覚えている。
それが覚醒というものだよ、ルイ”
「覚醒……?」
“君の中に眠っていた血脈が、今、目を開けた”
「血脈……? 僕はただの人間だ」
“違う。
君の血には封印された“始祖の系譜”が流れている”
「そんなの……!」
“受け入れなさい。
君は、選ばれた”
部屋の空気が変わった。
冷たいはずの風が、熱を帯びて頬を撫でる。
壁の影が伸び、ガラスの窓が月光を映した。
――昼なのに。
「……昼なのに、月……?」
“君の血が、月を呼ぶんだ。
昼でも夜を創る、それが“僕たち”の証”
鏡を見つめる。
紅い光が、再び瞳を照らす。
それが恐ろしくて、けれど美しかった。
「……ヴァン。僕はもう、人間じゃないの?」
“まだ境界にいる。
どちらにもなれる。
選ぶのは君だ”
「僕に……選ぶ権利なんて」
“あるさ。
ただし、選んだ瞬間、どちらかは消える”
「消える……?」
“昼の君か、夜の君か”
ヴァンの声が、頭の奥で低く響く。
胸が締めつけられた。
逃げたいのに、心臓がそれを許さない。
血が熱くなり、脈が乱れる。
ドクン、ドクン――
それはもう自分の音ではなかった。
鼓動のリズムが二重に重なり、
ひとつの旋律を奏でているようだった。
「これが……宿命の鼓動……?」
“そう。
君の中に、僕の血が流れている。
それが契約の証”
「やめてよ……戻してよ……!」
“戻れない。
だが、恐れることはない。
君の苦しみは、僕の喜びだ”
「そんなの、狂ってる……!」
“狂気と愛は、同じ場所から生まれる。
僕たちはその境界で生きる存在だ”
類は床に手をつき、息を荒げた。
喉が焼ける。
心臓が暴れ、全身が熱を帯びる。
血管のひとつひとつが、脈動している。
その感覚は恐ろしくも、甘美だった。
「……いやだ……」
“本当かい?”
「だって……こんなの、気持ち悪いのに……」
“でも、その熱を拒めないだろう?”
「っ……!」
全身が震えた。
痛みと快楽の境が崩れていく。
皮膚の下で何かが変わっていく。
爪が少し尖り、息が白く、瞳がまた赤く染まる。
“見ろ、ルイ。
これが君の真の姿だ”
「やめてぇぇぇっ!」
叫び声が部屋に響いた瞬間、窓ガラスがびりっと震えた。
光が差し込んだ。
その光は眩しすぎて、目が焼けるようだった。
「……痛いっ……!」
“太陽は、まだ君を試している。
だが、いずれその光にも耐えられるようになる。
それが、“覚醒者”の証だ”
「僕が……そんなものに、なりたくない!」
“もう、なっている”
その言葉に、類は息をのんだ。
胸の奥で、再び鼓動が跳ねる。
それは、誰かと呼吸を合わせるようなリズム。
鼓動が、ヴァンと共鳴している。
“君の血は、夜の扉を開く鍵だ”
「僕の血……」
“そう。
君の中には、僕の始祖の血脈が眠っていた。
それが今、目を覚ましたんだ”
「……じゃあ、僕は……あなたの……?」
“僕の“眷属”でもあり、“継承者”でもある”
「継承者……?」
“そう。
僕の夜を、君が次に繋げる。
僕の永遠は、君の中で息をする”
「……そんなの、いやだ……」
“でも、君の瞳はもう嘘をつけない”
類は震える手で鏡に触れた。
冷たいガラス越しに、月光が滲んでいた。
昼なのに、そこには確かに月が映っている。
その月の光が、瞳の中の紅をさらに濃くした。
「……ヴァン……」
“呼んだね”
「……僕、怖いよ」
“怖いのは、まだ人間だからだ。
でも安心して。僕が導く”
「どこへ……」
“夜の向こうへ”
その瞬間、部屋の中の空気が震えた。
カーテンが揺れ、風が舞い込む。
見上げた窓の外――そこには、ヴァンの姿があった。
月光を背に立つ、黒い影。
紅い瞳が、まっすぐに類を見つめている。
“来い、ルイ。
覚醒した今の君なら、僕の世界に立てる”
類の胸が熱くなる。
指先が勝手に伸びる。
触れたはずのガラスは、冷たくなかった。
まるで液体のように柔らかく、月光に溶けていく。
「……ヴァン……」
“そう、それでいい。
その声が、夜の合図だ”
類は一歩、踏み出した。
ガラスの向こうに、月があった。
その光が彼の瞳を照らし、
紅い炎のように燃え上がる。
宿命の鼓動が鳴った。
ドクン、ドクン――。
その音が、夜を震わせる。
「僕は……」
“そう。君は僕の血脈の継承者。
そして――僕の恋人だ”
その言葉が、すべての抵抗を溶かした。
次の瞬間、類の身体は闇に包まれた。
血と光のあわいで、彼の覚醒は、静かに完了した。
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