31 / 71
31.告げる③
しおりを挟む
とても嬉しそうな母の声を聞くのは本当に久しぶりだった。
『まあーーー、なんてことなの!来年には可愛い孫に会えるなんて。予定はちょっと早まるけれども、婚約はしていたわけだし問題はないわね。こんな嬉しいことはないわ、ねぇあなた?』
耳に入ってきた母の言葉に心が震える。
孫ってなに……。
そ、そんなの嘘……よね。
は、は…冗談を言っているのよね?
ねえ、誰か早く否定して…。
母にとっての孫ならば娘の子供ということになる。
私は妊娠してなどいない、それならばルーシーの子供ということになる。
誰かに母の言葉を否定してもらいたかった、でも否定する声は聞こえてこない。
それどころか父の明るい声が続けて聞こえてくる。
『ああそうだな。女の子が結婚するために学園を途中で辞めるのは特に珍しいことではない。二人ともおめでとう!はっはは、まずは明日にでも入籍だけは済ませないとな。式は急いで準備をしよう。ルーシー、体を大切にするんだぞ。もうひとりの体ではないのだからな』
母の言葉を肯定する父の言葉が胸の奥深くまで突き刺さる。
…それはまるで鋭利な刃。
『はい、お父様。分かっていますわ』
上機嫌な父にすぐさま返事を返す妹。
ルーシーの声音は今まで聞いたことがないものだった。
明るいでは表現できないほどの喜びと興奮が扉越しなのに伝わってくる。
…刺さった刃が捻り込まれる。
でもまだ信じられなかった。いいえ、信じたくなかった。
『きっと何かの間違い…、そうよ間違いだわっ』と何度も呟く。自分に言い聞かせるように。
だが効果などなかった、胸の苦しさは増すばかりで『間違いだ』とは…思えない。
いつ倒れても不思議ではなかった。
辛うじて立っていられたのは、愛する人の言葉がまだ聞こえてこなかったから。
彼の口から真実が語られたわけではない。
そう思うことで、細い…細い糸に片手で掴まっているような状態だった。
『ガイアロス様、この子が生まれてくるのが楽しみですね』
ルーシーの弾むような声がまた聞こえてくる。
お願い、聞きたくないっ!
なにも答えないで、……ガイア…。
心のなかで叫んでいた。
『信じさせて!』と祈っていた。
でも妹の言葉の後に聞こえてきた声は彼のものだった。
『…ああ楽しみだ。ルーシーのお腹に私達の子がいるなんて不思議なものだな。自分が父親になるのがまだ信じられないよ』
妹と違って落ち着いた声だった。
でも紛れもなく私が愛している人の声だった。
聞き間違えるはずがない、ずっとあの声を私は隣で聞き続けてきたのだから。
否定してくれないの…。
『違うっ!』て言わないの…。
…………。
…………あなたの…子、なのね…。
あなたの子を身籠るのは私のはずだった。
小さな命が宿っている平らなお腹を優しく撫でながら、あなたの隣で『楽しみね』といつか言うのは私のはずだった。
彼と二人で語り合った未来が扉の向こうにある。
愛されていたのは私だった。
ずっとずっと彼のことを愛していたのも私だった。
ガイア、私のことが嫌いなのでしょう?
憎くて憎くてどうしようもないのでしょう…。
…それは愛しているからなのよ。
あなたは私を深く愛してくれているの…。
本当は私を愛しているのっ。
…あい…し、いる…にどうして……。
それなのに彼の隣に今いるのは私ではない。
隣りにいるのは私の妹、そしてお腹の子。
『目を背けることができない残酷な現実』に心が抉られる。
私は今どんな顔をしているのだろう。
もしここに鏡があったら、そこにはきっと絶望が映し出されているに違いない。
『まあーーー、なんてことなの!来年には可愛い孫に会えるなんて。予定はちょっと早まるけれども、婚約はしていたわけだし問題はないわね。こんな嬉しいことはないわ、ねぇあなた?』
耳に入ってきた母の言葉に心が震える。
孫ってなに……。
そ、そんなの嘘……よね。
は、は…冗談を言っているのよね?
ねえ、誰か早く否定して…。
母にとっての孫ならば娘の子供ということになる。
私は妊娠してなどいない、それならばルーシーの子供ということになる。
誰かに母の言葉を否定してもらいたかった、でも否定する声は聞こえてこない。
それどころか父の明るい声が続けて聞こえてくる。
『ああそうだな。女の子が結婚するために学園を途中で辞めるのは特に珍しいことではない。二人ともおめでとう!はっはは、まずは明日にでも入籍だけは済ませないとな。式は急いで準備をしよう。ルーシー、体を大切にするんだぞ。もうひとりの体ではないのだからな』
母の言葉を肯定する父の言葉が胸の奥深くまで突き刺さる。
…それはまるで鋭利な刃。
『はい、お父様。分かっていますわ』
上機嫌な父にすぐさま返事を返す妹。
ルーシーの声音は今まで聞いたことがないものだった。
明るいでは表現できないほどの喜びと興奮が扉越しなのに伝わってくる。
…刺さった刃が捻り込まれる。
でもまだ信じられなかった。いいえ、信じたくなかった。
『きっと何かの間違い…、そうよ間違いだわっ』と何度も呟く。自分に言い聞かせるように。
だが効果などなかった、胸の苦しさは増すばかりで『間違いだ』とは…思えない。
いつ倒れても不思議ではなかった。
辛うじて立っていられたのは、愛する人の言葉がまだ聞こえてこなかったから。
彼の口から真実が語られたわけではない。
そう思うことで、細い…細い糸に片手で掴まっているような状態だった。
『ガイアロス様、この子が生まれてくるのが楽しみですね』
ルーシーの弾むような声がまた聞こえてくる。
お願い、聞きたくないっ!
なにも答えないで、……ガイア…。
心のなかで叫んでいた。
『信じさせて!』と祈っていた。
でも妹の言葉の後に聞こえてきた声は彼のものだった。
『…ああ楽しみだ。ルーシーのお腹に私達の子がいるなんて不思議なものだな。自分が父親になるのがまだ信じられないよ』
妹と違って落ち着いた声だった。
でも紛れもなく私が愛している人の声だった。
聞き間違えるはずがない、ずっとあの声を私は隣で聞き続けてきたのだから。
否定してくれないの…。
『違うっ!』て言わないの…。
…………。
…………あなたの…子、なのね…。
あなたの子を身籠るのは私のはずだった。
小さな命が宿っている平らなお腹を優しく撫でながら、あなたの隣で『楽しみね』といつか言うのは私のはずだった。
彼と二人で語り合った未来が扉の向こうにある。
愛されていたのは私だった。
ずっとずっと彼のことを愛していたのも私だった。
ガイア、私のことが嫌いなのでしょう?
憎くて憎くてどうしようもないのでしょう…。
…それは愛しているからなのよ。
あなたは私を深く愛してくれているの…。
本当は私を愛しているのっ。
…あい…し、いる…にどうして……。
それなのに彼の隣に今いるのは私ではない。
隣りにいるのは私の妹、そしてお腹の子。
『目を背けることができない残酷な現実』に心が抉られる。
私は今どんな顔をしているのだろう。
もしここに鏡があったら、そこにはきっと絶望が映し出されているに違いない。
153
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
忘れな草の約束を胸に抱く幼なじみ公爵と、誤解とすれ違いばかりの婚約までの物語
柴田はつみ
恋愛
公爵家の嫡男エドガーと、隣家の令嬢リディアは幼い頃から互いの存在が当たり前だった。
笑えば隣にいて、泣けば手を差し伸べてくれる——そう信じていた。
しかし、成人を迎える前夜、ふとした誤解が二人の距離を引き裂く。
エドガーは彼女が自分ではなく他の男を想っていると勘違いし、冷たく距離を取るように。
リディアはリディアで、彼が華やかな社交界で微笑みを向ける令嬢を本気で愛していると信じ込んでしまう。
避けるでも、断ち切るでもなく、互いに思いを秘めたまま交わされる会話はどこか棘を含み、
日々のすれ違いは二人の心をじわじわと蝕んでいく。
やがて訪れる政略結婚の話。
逃げられない運命の中で、ふたりは本当に互いの本心を知ることができるのか——。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
その令嬢は祈りを捧げる
ユウキ
恋愛
エイディアーナは生まれてすぐに決められた婚約者がいる。婚約者である第一王子とは、激しい情熱こそないが、穏やかな関係を築いていた。このまま何事もなければ卒業後に結婚となる筈だったのだが、学園入学して2年目に事態は急変する。
エイディアーナは、その心中を神への祈りと共に吐露するのだった。
蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
お姉様のお下がりはもう結構です。
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
侯爵令嬢であるシャーロットには、双子の姉がいた。
慎ましやかなシャーロットとは違い、姉のアンジェリカは気に入ったモノは手に入れないと気が済まない強欲な性格の持ち主。気に入った男は家に囲い込み、毎日のように遊び呆けていた。
「王子と婚約したし、飼っていた男たちはもう要らないわ。だからシャーロットに譲ってあげる」
ある日シャーロットは、姉が屋敷で囲っていた四人の男たちを預かることになってしまう。
幼い頃から姉のお下がりをばかり受け取っていたシャーロットも、今回ばかりは怒りをあらわにする。
「お姉様、これはあんまりです!」
「これからわたくしは殿下の妻になるのよ? お古相手に構ってなんかいられないわよ」
ただでさえ今の侯爵家は経営難で家計は火の車。当主である父は姉を溺愛していて話を聞かず、シャーロットの味方になってくれる人間はいない。
しかも譲られた男たちの中にはシャーロットが一目惚れした人物もいて……。
「お前には従うが、心まで許すつもりはない」
しかしその人物であるリオンは家族を人質に取られ、侯爵家の一員であるシャーロットに激しい嫌悪感を示す。
だが姉とは正反対に真面目な彼女の生き方を見て、リオンの態度は次第に軟化していき……?
表紙:ノーコピーライトガール様より
【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。
山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。
姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。
そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。
〈完結〉デイジー・ディズリーは信じてる。
ごろごろみかん。
恋愛
デイジー・ディズリーは信じてる。
婚約者の愛が自分にあることを。
だけど、彼女は知っている。
婚約者が本当は自分を愛していないことを。
これは愛に生きるデイジーが愛のために悪女になり、その愛を守るお話。
☆8000文字以内の完結を目指したい→無理そう。ほんと短編って難しい…→次こそ8000文字を目標にしますT_T
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる