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15.身勝手な夫②
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私はそんなに義母に厭われていたのだろうか。彼女のように優秀ではないからか。それとも『こういう女』だから? こういうが何を指しているのか分からない……。
義母は底知れぬ悪意を抱えており、それを私への気遣いという善意で巧妙に隠している。
そして、目の前にいる夫は私の味方ではない。
「どうしてあの時、お義父様に、またはお義母様に何も言ってくれなかったのですか?」
「父上はああいう人だ。決定を覆すことはない。母上はレティのことを気遣って提案してくれた。その気持ちを踏みにじることは出来なかったんだ」
……嘘、ただの自己保身だわ。
義父は自分の決定を曲げない人だから、意見して叱責されたくなかったのだ。彼が声を上げても一蹴されて終わったかもしれない。でも、行動して欲しかった。
立ち上がって話を終わらせようとする彼を、押し止めるように私は言葉を続ける。そんな私に、彼は顔を顰めた。
「では、なぜ私に同伴の話が出ていると先に話してくれなかったのですか? 夕食の前に私の部屋に来れば話す機会は作れたはずです」
せめて先に話てくれていたら、結果は同じだったとしても違っていた。そう思うと、つい気持ちが話し方に滲み出てしまって、口調がきつくなる。
ロイドはダンッと目の前にあるテーブルを拳で叩く。その目には私だけが映って――ではなく睨んでいた。
「責めてばかりだな、レティ。私は忙しかったんだ。アリーチェを補佐役から早く外してくれと君が望むから、身を粉にして頑張っているんだよ。そもそも彼女が私の補佐役になったのは、君が身籠らないからだ! そのせいでこんな複雑なことになっているのに、自分の責任を棚に上げて」
彼は強い口調で本音を漏らす。さっと自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。
「誰の子ですか……」
「レティ、いきなり何を――」
私はもう一度繰り返す。
「私がこれから産むかもしれない子は、……誰の子でしょうか?」
「私の子に決まっているだろっ」
腹立たしげに彼は言い放つ。浮気でもする気かと、誤解しているようだ。
そうではないわ……そうではないのよ、ロイド。
ある人はね、子は二人でなすものだと言っていたわ。女性側に責任を押し付けるのは違うと。最初その言葉を聞いた時は驚いたわ。そんな考え方をする人――それも男の人がいるのかと。でもね、そう言ってもらえて私は気持ちが楽になったの。
……あなたはすべての責任を私だけに押し付けるのね。
私はかつて、想い人がいると打ち明けた彼を誠実だと信じて耐えた。でも、今、本音を口にした彼を誠実だとは思えない。
――彼の誠実さはいつだって身勝手。
隠し事をしないのは罪悪感を持ちたくないから。私のせいにするのは、後ろめたい思いがあるから。……あなたは自分の重荷を私に渡すのね。
私の心の中にあった想いが少しづつ崩れていく。
私の顔を見て、彼はハッと目を見開く。彼が私の頬に手を伸ばしてきて、自分の頬に流れる涙に気づく。
パシッと彼の手を払い除ける、無意識にではなかった。
彼の目をまっすぐに見つめ返すと、彼は宙を彷徨う形になった手を下ろす。
「すまない、レティ。つい言い過ぎてしまって。忘れてくれ、私も忘れるから。疲れているから先に休ませてもらうよ」
ロイドは内扉を開けて自室へと消えていく。私も反対側にある内扉から自分の部屋へと移る。
私がいけないのだろうか。彼の身勝手さに、狡さに、気づいてしまった私が悪いのだろうか。
でも、……今更戻れない。それに戻りたくない。
私は一人で泣いた。彼との関係が変わったのが悲しいのではなく、分かり合えないと知ったから。
きっと彼は変わらない――貴族社会で”男性優位という誇り”を持って生きていく。
私は彼と義父は似ていないと思っていたけれど間違いだった。……とてもよく似ている。
そして二日後。今日は彼が視察へと旅立つ日。
あれから私達は何も話せていなかった。次期当主と次期侯爵夫人としての会話のみ。私は彼の自室へと続く内扉を叩き、話し合いたいと何度もお願いした。
『疲れているんだ、あとにして欲しい』
扉は閉ざされたままだった。きっと私が違う言葉を口にしていたら――許しを請えば開いたのだろう。でも、言わなかった、それは違うと思ったから。
私達はきっと義父母のような夫婦になるのかもしれない。そう思いながら、妻として礼儀正しく夫を見送った私は、もう彼に恋をしていなかった。
義母は底知れぬ悪意を抱えており、それを私への気遣いという善意で巧妙に隠している。
そして、目の前にいる夫は私の味方ではない。
「どうしてあの時、お義父様に、またはお義母様に何も言ってくれなかったのですか?」
「父上はああいう人だ。決定を覆すことはない。母上はレティのことを気遣って提案してくれた。その気持ちを踏みにじることは出来なかったんだ」
……嘘、ただの自己保身だわ。
義父は自分の決定を曲げない人だから、意見して叱責されたくなかったのだ。彼が声を上げても一蹴されて終わったかもしれない。でも、行動して欲しかった。
立ち上がって話を終わらせようとする彼を、押し止めるように私は言葉を続ける。そんな私に、彼は顔を顰めた。
「では、なぜ私に同伴の話が出ていると先に話してくれなかったのですか? 夕食の前に私の部屋に来れば話す機会は作れたはずです」
せめて先に話てくれていたら、結果は同じだったとしても違っていた。そう思うと、つい気持ちが話し方に滲み出てしまって、口調がきつくなる。
ロイドはダンッと目の前にあるテーブルを拳で叩く。その目には私だけが映って――ではなく睨んでいた。
「責めてばかりだな、レティ。私は忙しかったんだ。アリーチェを補佐役から早く外してくれと君が望むから、身を粉にして頑張っているんだよ。そもそも彼女が私の補佐役になったのは、君が身籠らないからだ! そのせいでこんな複雑なことになっているのに、自分の責任を棚に上げて」
彼は強い口調で本音を漏らす。さっと自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。
「誰の子ですか……」
「レティ、いきなり何を――」
私はもう一度繰り返す。
「私がこれから産むかもしれない子は、……誰の子でしょうか?」
「私の子に決まっているだろっ」
腹立たしげに彼は言い放つ。浮気でもする気かと、誤解しているようだ。
そうではないわ……そうではないのよ、ロイド。
ある人はね、子は二人でなすものだと言っていたわ。女性側に責任を押し付けるのは違うと。最初その言葉を聞いた時は驚いたわ。そんな考え方をする人――それも男の人がいるのかと。でもね、そう言ってもらえて私は気持ちが楽になったの。
……あなたはすべての責任を私だけに押し付けるのね。
私はかつて、想い人がいると打ち明けた彼を誠実だと信じて耐えた。でも、今、本音を口にした彼を誠実だとは思えない。
――彼の誠実さはいつだって身勝手。
隠し事をしないのは罪悪感を持ちたくないから。私のせいにするのは、後ろめたい思いがあるから。……あなたは自分の重荷を私に渡すのね。
私の心の中にあった想いが少しづつ崩れていく。
私の顔を見て、彼はハッと目を見開く。彼が私の頬に手を伸ばしてきて、自分の頬に流れる涙に気づく。
パシッと彼の手を払い除ける、無意識にではなかった。
彼の目をまっすぐに見つめ返すと、彼は宙を彷徨う形になった手を下ろす。
「すまない、レティ。つい言い過ぎてしまって。忘れてくれ、私も忘れるから。疲れているから先に休ませてもらうよ」
ロイドは内扉を開けて自室へと消えていく。私も反対側にある内扉から自分の部屋へと移る。
私がいけないのだろうか。彼の身勝手さに、狡さに、気づいてしまった私が悪いのだろうか。
でも、……今更戻れない。それに戻りたくない。
私は一人で泣いた。彼との関係が変わったのが悲しいのではなく、分かり合えないと知ったから。
きっと彼は変わらない――貴族社会で”男性優位という誇り”を持って生きていく。
私は彼と義父は似ていないと思っていたけれど間違いだった。……とてもよく似ている。
そして二日後。今日は彼が視察へと旅立つ日。
あれから私達は何も話せていなかった。次期当主と次期侯爵夫人としての会話のみ。私は彼の自室へと続く内扉を叩き、話し合いたいと何度もお願いした。
『疲れているんだ、あとにして欲しい』
扉は閉ざされたままだった。きっと私が違う言葉を口にしていたら――許しを請えば開いたのだろう。でも、言わなかった、それは違うと思ったから。
私達はきっと義父母のような夫婦になるのかもしれない。そう思いながら、妻として礼儀正しく夫を見送った私は、もう彼に恋をしていなかった。
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