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18.気さくな公爵夫人
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ホグワル候爵家はその立場から様々なところから招待を受ける。すべてに出席するのではなく利に繋がるところを選んでいるのだが、それでも昼はお茶会、夜は夜会と忙しい。
今日はこれから義母と一緒にダイナ公爵家のお茶会に出席する。彼女は社交が上手なので、普段は緊張することなどあり得ない。
でも、今日は馬車の中で何度も溜息を吐いている。
ホグワル侯爵家にダイナ公爵家から招待状が送られてきたのは二年ぶりのことだった。ダイナ公爵は二年ほど前に現夫人と再婚したけれど、義母はその夫人と仲が良くないようで、それ以来交流が途切れていたのである。
揺れる馬車の中で義母は手鏡を持って、入念に自分の姿を確認している。こんなに余裕がない彼女は初めてだった。
「レティシア、私の髪型は崩れてない?」
「大丈夫ですわ、お義母様」
「本当に? よく見てちょうだいね」
「どこも崩れておりませんわ」
このやり取りはもう何度目だろうかと思いながら、私はほっとしていた。
あの夕食の日から、二人でどこかに赴くのは初めてだった。狭い馬車の中でどんな目を向けられるのかと不安だったけれど、彼女の頭の中は公爵夫人に会うことでいっぱいだった。
……良かったわ。
ダイナ公爵家は数ある公爵家の中でも一番権力を有している。今回は『次に繋がるような社交を』と義父からきつく言われていた。だから、義母との件は一旦忘れて、このお茶会に集中したかったのだ。
私は現公爵夫人と面識がなく、夜会の時に遠くから後ろ姿を見ただけ。だから、いつも以上に私も緊張していた。
公爵邸に到着すると、私達は広大な庭園へと案内された。そこはすでに多くの人で賑わっていて会話に花を咲かせている。
さすがはダイナ公爵家だ。招待されている人数は軽く二百人は超えているだろうか。
お茶会は女性限定のものも多いけれど、今日はそうではなかった。男性もかなり参加しているけれど、それでも窮屈な印象はまったくない。
「本日席次は決まっておりません。堅苦しくなく楽しんで頂きたというのが、当主の意向でございます。どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
案内してくれた侍女は私達をこの場に残して去っていく。
広大な庭園の至るところにテーブルや椅子が配置されていて、そのそばには侍女達が控えている。誰かが座ったら、待たせることなくお茶を淹れるのだろう。
通常のお茶会ならまずその家の女主人に挨拶するのが礼儀である。
けれども、席次が決まっていない場合はどこにいるのか分からない。みなが探し回っていたら落ち着かないので、この場合は顔を合わせた時に挨拶すれば良いことになっていた。
もし会えなかったとしても落ち度はどちらにもなく、残念だったという手紙を出して終わるのだ。
「この人数ではダイナ公爵夫人には会えないかも知れないわね。本当に残念だわ」
義母はその言葉とは裏腹に安堵の息を吐くと、私から離れてさっそく社交に励み始める。二人連れ立って動くよりも効率が良いからだ。
私はゆっくりと周囲を見回す。そして、初めて会う人達もかなりいることに気づく。
高位貴族が参加する場は重なることが多い。なので、言葉を交わしたことはなくとも見知っていることが多いのだが……。
たぶん、子爵家や男爵家も招待されているのね。
ダイナ公爵家は交流関係がとても広いようだ。
「ホグワル候爵家の方かしら?」
声を掛けられ振り返ると、目元に黒子がある艶っぽい女性が立っている――初めて会う人だった。
「はい、そうです。初めまして、レティシア・ホグワルと申します」
「ミネルバ・ダイナですわ。本日はお越し頂きありがとうございます、レティシア様」
「こちらこそお招き頂き誠にありがとうございます。ダイナ公爵夫人と気づかず大変失礼いたしました」
深々と頭を下げながら、自分の失態に青ざめる。
まさか本人から早々に話し掛けられる機会に恵まれると思っていなかった。本来なら、真っ先に招待への感謝を伝えるべきだったのに。
はぁ……、私ったら。
「ああ、どうしましょう、気づかなかったなんて、とお考えかしら? それとも、名札でも付けてくれていたら良かったのに、かしら? または、話し掛けてくるの早すぎ!と怒っているかしら? ふふふ」
聞こえてくる楽しげな声に、私は頭を上げた。
「いいえ、まさか。最初の部分は合っておりますが、名札だなんて考えておりません。それに話し掛けて頂き嬉しく思っております。……驚いてもおりますが」
ダイナ公爵夫人は微笑みながら、可愛い人ねと私を見る。
見た目は妖艶な感じで近づき難い印象なのに、話すととても気さくな方で一瞬で印象が変わる。
「ミネルバと呼んでくださいませ。良かったら、あちらで一緒にお茶でもいかがでしょうか? ホグワル侯爵家の方には昔、いろいろとお世話になったのですのよ」
彼女は私の返事を待たずに、庭園の端にある温室へ向かっていく。
いろいろとはきっと義母との確執のことだ。
ここで断れば失礼な振る舞いとなってしまう。けれども、過去の諍いについて何も知らない私では、対応を間違えかねない。余計に不興を買う恐れもある。
そんな時、少し離れたところにいた義母と目が合う。当然こちらに来てくれるものと安堵していると、彼女はすっと私から目を逸らす――毅然とはほど遠い姿だった。
……もう、悩んでいる時間はないわ。
私はダイナ公爵夫人のあとを一人で追った。
今日はこれから義母と一緒にダイナ公爵家のお茶会に出席する。彼女は社交が上手なので、普段は緊張することなどあり得ない。
でも、今日は馬車の中で何度も溜息を吐いている。
ホグワル侯爵家にダイナ公爵家から招待状が送られてきたのは二年ぶりのことだった。ダイナ公爵は二年ほど前に現夫人と再婚したけれど、義母はその夫人と仲が良くないようで、それ以来交流が途切れていたのである。
揺れる馬車の中で義母は手鏡を持って、入念に自分の姿を確認している。こんなに余裕がない彼女は初めてだった。
「レティシア、私の髪型は崩れてない?」
「大丈夫ですわ、お義母様」
「本当に? よく見てちょうだいね」
「どこも崩れておりませんわ」
このやり取りはもう何度目だろうかと思いながら、私はほっとしていた。
あの夕食の日から、二人でどこかに赴くのは初めてだった。狭い馬車の中でどんな目を向けられるのかと不安だったけれど、彼女の頭の中は公爵夫人に会うことでいっぱいだった。
……良かったわ。
ダイナ公爵家は数ある公爵家の中でも一番権力を有している。今回は『次に繋がるような社交を』と義父からきつく言われていた。だから、義母との件は一旦忘れて、このお茶会に集中したかったのだ。
私は現公爵夫人と面識がなく、夜会の時に遠くから後ろ姿を見ただけ。だから、いつも以上に私も緊張していた。
公爵邸に到着すると、私達は広大な庭園へと案内された。そこはすでに多くの人で賑わっていて会話に花を咲かせている。
さすがはダイナ公爵家だ。招待されている人数は軽く二百人は超えているだろうか。
お茶会は女性限定のものも多いけれど、今日はそうではなかった。男性もかなり参加しているけれど、それでも窮屈な印象はまったくない。
「本日席次は決まっておりません。堅苦しくなく楽しんで頂きたというのが、当主の意向でございます。どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
案内してくれた侍女は私達をこの場に残して去っていく。
広大な庭園の至るところにテーブルや椅子が配置されていて、そのそばには侍女達が控えている。誰かが座ったら、待たせることなくお茶を淹れるのだろう。
通常のお茶会ならまずその家の女主人に挨拶するのが礼儀である。
けれども、席次が決まっていない場合はどこにいるのか分からない。みなが探し回っていたら落ち着かないので、この場合は顔を合わせた時に挨拶すれば良いことになっていた。
もし会えなかったとしても落ち度はどちらにもなく、残念だったという手紙を出して終わるのだ。
「この人数ではダイナ公爵夫人には会えないかも知れないわね。本当に残念だわ」
義母はその言葉とは裏腹に安堵の息を吐くと、私から離れてさっそく社交に励み始める。二人連れ立って動くよりも効率が良いからだ。
私はゆっくりと周囲を見回す。そして、初めて会う人達もかなりいることに気づく。
高位貴族が参加する場は重なることが多い。なので、言葉を交わしたことはなくとも見知っていることが多いのだが……。
たぶん、子爵家や男爵家も招待されているのね。
ダイナ公爵家は交流関係がとても広いようだ。
「ホグワル候爵家の方かしら?」
声を掛けられ振り返ると、目元に黒子がある艶っぽい女性が立っている――初めて会う人だった。
「はい、そうです。初めまして、レティシア・ホグワルと申します」
「ミネルバ・ダイナですわ。本日はお越し頂きありがとうございます、レティシア様」
「こちらこそお招き頂き誠にありがとうございます。ダイナ公爵夫人と気づかず大変失礼いたしました」
深々と頭を下げながら、自分の失態に青ざめる。
まさか本人から早々に話し掛けられる機会に恵まれると思っていなかった。本来なら、真っ先に招待への感謝を伝えるべきだったのに。
はぁ……、私ったら。
「ああ、どうしましょう、気づかなかったなんて、とお考えかしら? それとも、名札でも付けてくれていたら良かったのに、かしら? または、話し掛けてくるの早すぎ!と怒っているかしら? ふふふ」
聞こえてくる楽しげな声に、私は頭を上げた。
「いいえ、まさか。最初の部分は合っておりますが、名札だなんて考えておりません。それに話し掛けて頂き嬉しく思っております。……驚いてもおりますが」
ダイナ公爵夫人は微笑みながら、可愛い人ねと私を見る。
見た目は妖艶な感じで近づき難い印象なのに、話すととても気さくな方で一瞬で印象が変わる。
「ミネルバと呼んでくださいませ。良かったら、あちらで一緒にお茶でもいかがでしょうか? ホグワル侯爵家の方には昔、いろいろとお世話になったのですのよ」
彼女は私の返事を待たずに、庭園の端にある温室へ向かっていく。
いろいろとはきっと義母との確執のことだ。
ここで断れば失礼な振る舞いとなってしまう。けれども、過去の諍いについて何も知らない私では、対応を間違えかねない。余計に不興を買う恐れもある。
そんな時、少し離れたところにいた義母と目が合う。当然こちらに来てくれるものと安堵していると、彼女はすっと私から目を逸らす――毅然とはほど遠い姿だった。
……もう、悩んでいる時間はないわ。
私はダイナ公爵夫人のあとを一人で追った。
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