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27.傲慢な候爵
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「旦那様、まさか本当に……」
「さきほどマール先生にも確認してもらった。まだ確実とは言えないが、たぶん間違いないそうだ」
義母は義父の言葉を聞くやいなや、ツカツカと歩いていき、アリーチェの前で右手を振り上げた。
――パンッ。
打たれた衝撃でアリーチェはその場に崩れ落ちるが、義母は更に打とうと手をまた振り上げる。でも、その手は義父によって押さえられた。
「やめないか、メイベル。お腹の子に障る」
「誰の子か分かったものではないわ!」
「ロイドとアリーチェが認めて、随伴した者の証言も確認した。間違いなくロイドの子だ」
義母と義父の会話が理解できない。
マール先生に診てもらったのは私なのに。そして、身籠ったのも。義父はなにかとんでもない誤解をしているのだ。
『……そう、絶対にそうだわ』と自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。……でも、本当は分かっていた。
――長引いた視察、かつての想い人、夫婦の不和、そしてこの会話。
椅子に座ったまま呆然としている私の前で、いつの間にか来たのか、ロイドが床に頭をつけていた。
「レティ、これは私が望んだ結果じゃないんだ! 魔が差しただけで……」
彼の口から紡がれたのは否定ではなく言い訳だった。つまり、視察の間にアリーチェと過ちを犯したのだ。
私の頬を涙が伝っていく。
「すまない、レティ。でも、愛しているのは君だけだ。だから、泣く必要はない、信じて欲しい」
「…………」
彼は誤解している。この涙は彼を愛しているからではない。最初の贈り物となる祝福の言葉よりも先に、こんな言葉を聞かせてしまったから。
ごめんなさい、赤ちゃん。
早くここから離れよう。ふらつきながら立ち上がった私を、メルアがすかさず支えてくれる。そのまま退室しようとすると、それに気づいた義父が声を掛けてくる。
「レティシア、マール先生から身籠ったと聞いた。良くやった」
義父は笑みを浮かべていた。でも、今この場で言うことではない。
……それが分かりませんか?
そう、彼は分からないのだ。
数多くの愛人がいる彼にとっては、今回のロイドの過ちは過ちですらないのだろう。
愛人が生んだ子を籍に入れることも、正妻に子がいない場合はその子を跡継ぎに据えることも、法で認められていることだ。……そこに妻の同意なんて必要ない。
「これからアリーチェはこの屋敷に住まわせる。愛人だが優秀な補佐役でもあるから、そのほうが便利だろう。それに、スペアとはいえ教育はしっかりせねばならんしな」
「父上、それは――」
義父はロイドの言葉を当然の如く遮った。
「決定事項だ、ロイド。レティシアは身籠るまで時間が掛かった。メイベルのように、二人目は望めんかもしれない。仮に出来たら、その時はスペアをすげ替えればいいだけだ」
ロイドはどこかほっとしたような顔をしていた。
ホグワル候爵家では当主の決定は絶対だ。きっと彼は、父が決めたから仕方ないんだと言える状況になって安堵しているのだ。
自分のせいじゃないと、いつも誰かのせいにする――自己保身の塊のような人。
ねえ、気づいていますか? あなたはまだ、一言だってお腹の子を喜ぶ言葉を言っていないのですよ……。
普通ならば、真っ先に告げるべき言葉はまだ出てこない。
義父とロイドは、これで今回の件は万事解決とばかりに話を進めていく。
そんななか、声を上げたのは義母だった。
「旦那様! 視察という任務を怠って泥棒猫のような真似をする女の血などホグワル候爵家にいりませんわ。それに男爵令嬢ですよ? 平民同然ではありませんか!」
「確かに血筋は良くないが、アリーチェはお前のお気に入りだっただろ? 優秀だとロイドの補佐役に決めたのもお前だ。先ほどもそうだし、帰ってきて報告を受けた時もいきなり頬を叩いて、いったいどうしたんだ」
なぜ反対するのかと義父は首を傾げている。
義父は多くの愛人を侍らせており、その中にはかつて侍女だった者もいるという。そして、それは義母も承知していることだ。
つまり、アリーチェを視察に同伴させた時点で、そういう関係に進む可能性は容易に想像出来たはずと言っているのだ。
義父は内心では過ちが起きること――ホグワル候爵家の跡継ぎ――を期待していたのだろうか。
……たぶん、そう……。
彼はなかなか私が身籠らないことに苛立っていたから。アリーチェの妊娠は義父の筋書き通り……だったのかもしれない。
義母の言動は矛盾が多くて分からない。
でも、義父は分かり易い。彼にとって私もアリーチェも跡継ぎを産む道具。便利に使ってこそ価値がある。
「さきほどマール先生にも確認してもらった。まだ確実とは言えないが、たぶん間違いないそうだ」
義母は義父の言葉を聞くやいなや、ツカツカと歩いていき、アリーチェの前で右手を振り上げた。
――パンッ。
打たれた衝撃でアリーチェはその場に崩れ落ちるが、義母は更に打とうと手をまた振り上げる。でも、その手は義父によって押さえられた。
「やめないか、メイベル。お腹の子に障る」
「誰の子か分かったものではないわ!」
「ロイドとアリーチェが認めて、随伴した者の証言も確認した。間違いなくロイドの子だ」
義母と義父の会話が理解できない。
マール先生に診てもらったのは私なのに。そして、身籠ったのも。義父はなにかとんでもない誤解をしているのだ。
『……そう、絶対にそうだわ』と自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。……でも、本当は分かっていた。
――長引いた視察、かつての想い人、夫婦の不和、そしてこの会話。
椅子に座ったまま呆然としている私の前で、いつの間にか来たのか、ロイドが床に頭をつけていた。
「レティ、これは私が望んだ結果じゃないんだ! 魔が差しただけで……」
彼の口から紡がれたのは否定ではなく言い訳だった。つまり、視察の間にアリーチェと過ちを犯したのだ。
私の頬を涙が伝っていく。
「すまない、レティ。でも、愛しているのは君だけだ。だから、泣く必要はない、信じて欲しい」
「…………」
彼は誤解している。この涙は彼を愛しているからではない。最初の贈り物となる祝福の言葉よりも先に、こんな言葉を聞かせてしまったから。
ごめんなさい、赤ちゃん。
早くここから離れよう。ふらつきながら立ち上がった私を、メルアがすかさず支えてくれる。そのまま退室しようとすると、それに気づいた義父が声を掛けてくる。
「レティシア、マール先生から身籠ったと聞いた。良くやった」
義父は笑みを浮かべていた。でも、今この場で言うことではない。
……それが分かりませんか?
そう、彼は分からないのだ。
数多くの愛人がいる彼にとっては、今回のロイドの過ちは過ちですらないのだろう。
愛人が生んだ子を籍に入れることも、正妻に子がいない場合はその子を跡継ぎに据えることも、法で認められていることだ。……そこに妻の同意なんて必要ない。
「これからアリーチェはこの屋敷に住まわせる。愛人だが優秀な補佐役でもあるから、そのほうが便利だろう。それに、スペアとはいえ教育はしっかりせねばならんしな」
「父上、それは――」
義父はロイドの言葉を当然の如く遮った。
「決定事項だ、ロイド。レティシアは身籠るまで時間が掛かった。メイベルのように、二人目は望めんかもしれない。仮に出来たら、その時はスペアをすげ替えればいいだけだ」
ロイドはどこかほっとしたような顔をしていた。
ホグワル候爵家では当主の決定は絶対だ。きっと彼は、父が決めたから仕方ないんだと言える状況になって安堵しているのだ。
自分のせいじゃないと、いつも誰かのせいにする――自己保身の塊のような人。
ねえ、気づいていますか? あなたはまだ、一言だってお腹の子を喜ぶ言葉を言っていないのですよ……。
普通ならば、真っ先に告げるべき言葉はまだ出てこない。
義父とロイドは、これで今回の件は万事解決とばかりに話を進めていく。
そんななか、声を上げたのは義母だった。
「旦那様! 視察という任務を怠って泥棒猫のような真似をする女の血などホグワル候爵家にいりませんわ。それに男爵令嬢ですよ? 平民同然ではありませんか!」
「確かに血筋は良くないが、アリーチェはお前のお気に入りだっただろ? 優秀だとロイドの補佐役に決めたのもお前だ。先ほどもそうだし、帰ってきて報告を受けた時もいきなり頬を叩いて、いったいどうしたんだ」
なぜ反対するのかと義父は首を傾げている。
義父は多くの愛人を侍らせており、その中にはかつて侍女だった者もいるという。そして、それは義母も承知していることだ。
つまり、アリーチェを視察に同伴させた時点で、そういう関係に進む可能性は容易に想像出来たはずと言っているのだ。
義父は内心では過ちが起きること――ホグワル候爵家の跡継ぎ――を期待していたのだろうか。
……たぶん、そう……。
彼はなかなか私が身籠らないことに苛立っていたから。アリーチェの妊娠は義父の筋書き通り……だったのかもしれない。
義母の言動は矛盾が多くて分からない。
でも、義父は分かり易い。彼にとって私もアリーチェも跡継ぎを産む道具。便利に使ってこそ価値がある。
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