王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと

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19.夜会での再会

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その夜は隣国の視察団をもてなすために王宮で夜会が開かれた。双方の交流の場という名目で表面上は和やか雰囲気で夜会は進んでいく。

国内の貴族達も隣国の次期国王と繋がりを持つ機会を狙って、ランダ第一王子とアンレイ国王の周りに群がっている。



「この三年間で驚くほど復興が進んでいる。それに道中で見掛けた民の表情も随分と明るかった。アンレイ国王の地道な努力が実ったのだな」
「過分なお言葉をいただきこの上ない喜びです、ランダ殿下。ただこれは私一人の力ではありません。周囲に支えられここまでこれたのです」

緊張した面持ちのアンレイだったが、第一王子からの言葉を受けその表情は歓喜へと変わる。

今回の視察では、隣国の信頼を取り戻すことが最大の目標だった。
愚かな先王と一部の貴族の暴挙により、地の果てまで落ちた我が国の信頼を回復させることはとても困難だ。

でもそれを取りも出さなかったなら、監視され続けて何か問題があったらまた人質を差し出す関係が続くことになる。


ランダ第一王子の言葉はこの上なく幸先の良いものだった。




アンレイは第一王子に周囲を囲っている有力貴族を順番に紹介していく。

「公爵位を賜っているミヒカンと申します。私の義娘はこの国の側妃でございます。この二年間、貴国の信頼を取り戻すべく国王陛下を一番近くで支えておりました。そんな義娘にランダ殿下からお言葉をいただければ幸いでございます」

ミヒカン公爵がそう言うと、私よりも後ろで控えていたシャンナアンナが微笑みながら前へと進み出る。

「隣国でもそなたの働きは十分に把握している。まさに側妃の鑑だな。このような側妃を持ってアンレイ国王は果報者だ」

ランダ第一王子は大袈裟な口調で側妃を褒め称える。

「勿体ないお言葉を有り難うございます、ランダ殿下」
「側妃がいなかったらここまで早い復興はなかったでしょう。彼女には私だけでなく民も心から感謝しています」

側妃は頬を染めて静かに頭を垂れ、アンレイはそんな側妃に優しい眼差しを向けている。
そこに得意満面のミヒカン公爵も加わり、彼らだけで話は弾んでいく。

アンレイが後ろで控えたままの私に声を掛けることはない。
気づいてもいないのだろう。


「私は他の方々と交流を深めていますわ」
「…承知しました、王妃様」

私は近くにいた宰相にそっと告げてその場から離れて行く。
王妃である私は夜会が始まる前にランダ第一王子とは挨拶を済ませているので、ここで前に出ていき彼らの会話を妨げては、第一王子に無礼を働くことになってしまう。

それは王妃として相応しくない振る舞いだった。

宰相は私を気に掛けている表情をしてたけれど、引き留めはしなかった。
彼だってこの状況で優先すべきは王妃の心情ではないと分かっているからだろう。


私は夜会に来ている国内の貴族や隣国の人達とにこやかに挨拶を交わしていく。
しばらくすると軽快な演奏が始まり、みな踊りの輪に加わり始める。

王妃である私はアンレイを差し置いて他の人と先に踊るわけにはいかない。
彼のほうを見ると、まだ会話に夢中で踊りに参加する気配はなかった。


 …それなら少しだけ休んでもいいわよね。


庭に通じるバルコニーに出るとそこには誰の姿もなかった。

「少しだけ一人になりたいわ」
「承知しました、王妃様」

護衛騎士は少しだけ離れたところで控えてくれる。

私は柱の陰の長椅子に座った。
ここだと私の姿は完全に隠れるので、人目を気にする必要がない。

 ふぅ…。

一人になるとため息が出てくる。
王妃として学んだことを少しずつ活かせているとは思う。

でもアンレイは側妃を求めていて、貴族達も王妃ではなく側妃のほうにまずは顔を向ける。


それでも私に出来ることをやっていけばと、今まで必死に努力してきた。


――でも流石に疲れてしまった。


『国の為に犠牲になった王妃』はそこにいればいい、……お飾りにすぎない。

私は過去の遺物なのだと思い知らせれる。


――居場所はまだ見つからない。





カサッ…。


誰もいないはずの園庭から微かに音が聞こえた。

風で木々が揺れた音だろうかと思っていると、私の前に突然人影が音も立てずに現れた。

「王妃のくせにしけた顔だな。せっかく自分の国に帰ってきたのに、あっちにいた時よりも酷い顔だ。はっ、見れたもんじゃないな」
「…っ……、恩人さん?!」

一見すると鼻で笑ったように物言いだけれども、実際は嘲笑ってなどいないことはその目を見れば分かる。

 …ただ正直すぎるのよね、ふふ。

それはそれで問題あり?だけれども、嫌な感じはない。


彼はここでも清々しいほど彼のままだった。


私は彼の名を知らないから、ついクローナと一緒にこっそり呼んでいた名を口にしてしまう。


「そんな畏まった呼び名じゃなくていい。あの煩い侍女と一緒に変人さんって呼んでただろが、はっはは」
「ど、どうしてそれを知って……。――ごめんなさい」

まさか彼に知られているとは思ってもいなかったから慌ててしまう。
いつから知っていたのだろうか。
私とクローナだけの秘密だったはずだったのに。


「勘違いするなよ、聞き耳を立てていたわけじゃない。あの侍女の声が牛蛙並みに馬鹿でかかっただけだ。それに謝る必要はない。俺が名を教えなかったんだから、お互い様ってやつだ。それにそのふざけた呼び名、的を射ているしな…」
「っふふ、当たっていたのね」

乱暴だけど威圧的でなくて、内容はちょっと問題があるけれど人を不快にさせない。
最後にはやっぱり笑わせてくれる。

ここにクローナがいれば確実に『あの変人っ!』と怒りそうだけれども…。

 ……この感じ、懐かしいわ。


ここで会えたのは幸運だった。
彼に伝えたかった言葉をやっと本人に言うことが出来る。

「恩人さん、隣国ではありがうございました。あなたとの何気ない会話に私もクローナも救われていたわ」

流石に本人を前にして変人さんとは言わずにいた。


「救われていた…か。あんなくだらない会話を今もそう思っているのなら、王妃の置かれた状況は見た通りということか…。あの騒がしい侍女もあんたの側にもういない。残念だったな、いいコンビだったのに」


彼はいろいろとこちらの事情を正確に把握しているようだった。
クローナのことも『今はそばにいない』のではなく『もういない』と断定した言い方をしている。
きっと彼女が私の侍女を辞めたことも知っているのだろう。


もしかしたらただの護衛騎士ではないのかもしれない。

ランダ第一王子が王族なのは周知の事実だけれども、彼と一緒にやって来た者達の身分は公にはされていない。
隠しているというよりも、隣国では身分よりも実力が重視される傾向にあるので言う必要はないという感じだった。

でも考えてみれば次期国王である第一王子と行動を共にする者なのだから、それ相応の身分であっても不思議ではない。

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