王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと

文字の大きさ
57 / 61

57.二人で紡ぐ言葉②

しおりを挟む
私が話し終えると彼の表情が変わる。
真剣でそれでいて強張っているようにも見えたその顔から、ゆるゆると力が抜けていく。

「問題がなくて良かった」
「えっ…??」

その問題を今説明したばかりなのだけれども…。
 
レザは確かにちゃんと聞いてくれていた。
でもランダ殿下の声は時々聞こえないことがあるみたいだから、もしかしたら聞こえていなかったのだろうか。

もう一度説明し直そうかと思っていると、彼が先に話し始める。

「容姿とかが生理的に無理だと言われなくてほっとした。勿論どんな場合も対処する自信はあった。目は抉ればいいし、入れ墨も皮膚ごと剥がせばいい」
「………」

――…たぶん冗談を言っている。

「ただ回復にそれなりに時間が掛かると言われた。その間ジュンリヤに会えないのが問題だと秘かに悩んでいた。だから本当に良かった、問題が解決して。他の部分で変えて欲しいところはある場合は遠慮なく言ってくれ」
「……」

――…冗談ではなかった。

私と彼との問題の捉え方に相違があるようだ、それもかなり。
とりあえず今の自分の気持ちを早急に伝えることにする。

「深い藍色の瞳も繊細な入れ墨も美しいと思っているわ。それに他の部分もレザらしくて素敵よ、だから!」

最後の言葉を強調するのを忘れなかった。

――絶対に抉っても剥がしても欲しくない。


「ジュンリヤが好きなら絶対に変えない。次は俺が君の些細な問題に答える」
「……お願い?します」

解答?があるとは思っていなかった。私が説明して彼が納得して終わりだと思っていたから。
レザは意気揚々と答え?始める。

「まずは王妃の身分だが問題はない。そもそも俺のこと関係なしに、ほとぼりが冷めたらジュンリヤが自由に生きられるようにそんな枷はなくす。
ノアやあの小煩い侍女のことも考慮して最善の方法を選ぶから安心してくれ。ちなみに正式な方法と裏工作、どちらがいい?」

呆気なく問題の一つが解決してしまった。
もしこの言葉を言ったのが彼でなかったら信じなかった、でも彼はどんなことでも有言実行する。
気づけば頷いている自分がいた。

ただ最後の言葉が引っ掛かる。
私が考える正式な方法とは国自体が無くなる、もしくは相手が亡くなるか…だ。

――ここで選択を間違えてはいけない。

彼はどんなことでも有言実行するだろうから…。


「裏工作でお願いしたいわ」
「…それがジュンリヤの望みならば尊重する」

舌打ちが聞こえたのは気のせいではない。ということはたぶん私は正しい選択が出来たようだ。

 ……間違えなくて良かったわ。


ほっとしているとまたレザが答えの続きを始める。

「ジュンリヤは俺を愛していない、今後も俺の想いに応えられないと思っているのは分かった。だがそれのどこが問題なのか分からない」
「だってそれではあなたは幸せになれないわ」

レザには幸せになって欲しい。でも私が相手では彼は不幸になる。

「それは違う。そもそもジュンリヤから離れた時点で俺が幸せになる可能性はゼロになる、つまり不幸だ。愛しているからそれと同じだけ君も俺を想ってくれと、見返りなんて求めてない。ただ君を側で見守りたい、幸せそうに笑っていられるようにしたい。…そう想うことは許して欲しい。もしそれさえも拒絶されたら死にたくなる。…俺がそうなっても構わないのか…?」

レザはまた狡い尋ねかたをする。
こう聞かれたら返事なんて決まっている。

――彼はそれが分かっている。

「そんなレザは見たくないわ」

私の言葉に偽りがないと彼には分かっているから嬉しそうだ。

「あなたに幸せになって欲しいの」
「それがから、こうして俺は、君が俺を不幸にするのを必死になって止めている」

そんなふうに言われたら、もうこれ以上何も言えない。彼は計算しているのではなく、ただ真っ直ぐな想いを隠さずに見せてくるだけ。
言葉を尽くして私と向き合ってくる。

その純粋さが羨ましくもあり、……嬉しくもある。

強引かもしれないけれどそれを不快とは思わないのは、彼は自分の考えを一方的に押し付けたりしないから。

「私の側にいるのが辛くなったり気持ちが変わったら、自分の気持ちを優先すると約束して」
「約束する、ジュンリヤ。俺の幸せを望んでくれて有り難う」

彼の幸せを願う私、そしてその願いを叶える彼。結局は彼は私の側にいることになった。
私の気持ちを最大限に尊重しながら、彼は上手く問題を解決した。

――やはり彼には敵わない。



「これで些細な問題はなくなったな!」
「…そうね」

私達の関係がどうなるかなんて考えなくていいと言うレザ。
ただ笑っていてくれたらと望んでくれている。

その気持ちは有り難いけれど素直に頷けない私がいる。

笑っている彼に合わせて微笑むと、やはり彼は気づいてしまった。

どうやら気づかないふりはしてくれないようだ。心配そうな顔をして私を見つめてくる。

「どうやらまだあるようだな…。聞かせてくれ、その胸に仕舞っていることを」

彼の隣りにいられない理由を話したけれど、話していないこともあった。

――私は自分が幸せになる未来を望んでいない。

これは彼の隣にいられない理由というよりは、自分自身の心の問題であって、誰かが関わっても何も変わらない。
だから話さないつもりだった。

でも彼は私が話すまで、いくらでも待ち続けるという顔をしている。


「これから先、私は心からは笑えないわ」

彼との些細なことでは笑えている。でもそれ以上を求められても無理なのだ。
幸せのなか笑っている自分を許せないから。

「そうか」

彼は否定もしなかったし、理由を問うてもこない。ただ優しく見つめながら先を促すための短い言葉だけを紡いでくれる。
その気遣いがそっと私の背中を押してくれる。

「今回の選択は後悔していないわ。でも私の選択によって苦しむ人がこれからたくさん出てくる。それなのに国を、民を、見捨てた私が幸せになっていいはずがない」

――未来で笑っている自分を許せない。
私は自分の選択を背負って生きていくと決めた。

「あの国はこれから確実に混乱する。貴族も民も形は違えど苦しい道を歩むことになる」

レザは適当な事を言って慰めたりはしなかった。どんな時も向き合ってくれるから信頼できる。
だからこうして私は彼に思いを話せたのだろう。


しおりを挟む
感想 1,229

あなたにおすすめの小説

あなたが捨てた花冠と后の愛

小鳥遊 れいら
恋愛
幼き頃から皇后になるために育てられた公爵令嬢のリリィは婚約者であるレオナルド皇太子と相思相愛であった。 順調に愛を育み合った2人は結婚したが、なかなか子宝に恵まれなかった。。。 そんなある日、隣国から王女であるルチア様が側妃として嫁いでくることを相談なしに伝えられる。 リリィは強引に話をしてくるレオナルドに嫌悪感を抱くようになる。追い打ちをかけるような出来事が起き、愛ではなく未来の皇后として国を守っていくことに自分の人生をかけることをしていく。 そのためにリリィが取った行動とは何なのか。 リリィの心が離れてしまったレオナルドはどうしていくのか。 2人の未来はいかに···

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした

凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】 いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。 婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。 貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。 例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。 私は貴方が生きてさえいれば それで良いと思っていたのです──。 【早速のホトラン入りありがとうございます!】 ※作者の脳内異世界のお話です。 ※小説家になろうにも同時掲載しています。 ※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……? ※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。

真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。 一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。 侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。 二度目の人生。 リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。 「次は、私がエスターを幸せにする」 自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。

処理中です...