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3.隠された過去②
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そうよね、きっとそうだわ。
…大丈夫、もう過去のことだもの。
泣いて気持ちを吐き出したせいだろうか、だんだんとそう思えてきた。
過去に何があろうと私と夫の間には夫婦として築いてきた想いがあるのは紛れもない事実。
前向きに考えることが出来ると、あれほど苦しかった心も少しだけ落ち着いてくる。
あの時は扉を開ける勇気はなかったけれども、このあと彼が話してくれたら過去を過去として受け入れられると思えていた。
『トントンッ』と扉を叩く音と同時に私の返事を待つことなく部屋の中に誰かが入ってくる。
それは焦った様子を隠すことなく近づいてくるオズワルドだった。
「ニーナ、大丈夫か?侍女から立ちくらみだと聞いたが、今はどんな感じだい?
熱はないようだけれども、まだ具合が悪いようなら医者に診てもらおう」
私の額に優しく手を当てながら、心配そうに見つめてくる。
その様子に私はほっとする。
彼はなにも変わっていなかった。私を見る目は今までと同じ、それに態度も変わらない。
だから自然と微笑むことが出来た。
「心配かけてごめんなさい、もう大丈夫だから。
それに途中で抜けてしまってごめんなさい、叔母様にもご迷惑を掛けてしまったわね」
私は動揺することなく叔母のことを話せていた。
だから大丈夫だと思って待っていた、彼が『実は…』と話してくれるのを。
夫婦だから隠し事はなしにしようと以前から話していたのだから、彼のほうから話してくれるはずだと思っていた。
でも彼はそのことについて触れなかった。
ただ叔母が姪である私のことを心配していたことなど当たり障りのないことだけを告げてくる。
まるで何事もなかったかのように。
「そう…。叔母の相手をしてくれて有り難う。
そういえば私が席を外している間、二人で何を話していたの?教えて、オズワルド」
自分でも驚くくらい自然に言えていた。
だって彼を信じていたから。
言い出しにくいだけよね?
聞けば答えてくれるわ…きっと。
だけれども彼の口から出て言葉は私が聞きたかったものではなかった。
「特に何も会話らしいものはなかったかな。
リーナがいないと話が弾まなくて、天気のことなんかを無理やり話していたよ。
ほらお互いに初めて会うからね」
スラスラと淀みなく話す彼は私から目を逸す。
違う、そんなはずない!
『隠し事はなしに』って言ったのはあなたなのに。
彼の過去の恋愛を知りたいわけではなく、ただ私に隠し事をしないで欲しかった。
彼がかつて愛した人は偶然にも私に近しい人でこれからも付き合いを続けていく相手だからこそ、隠して欲しくなかったのだ。
隠されていたほうが、隠す意味を悪いほうに考え不安になる。
ただ…安心したかった。
不安に揺れる気持ちを隠し、私は彼から言葉を引き出そうとする。
「でもシャナ叔母様とあなたは歳が近いし、二人とも隣国に滞在していた時期が重なっているでしょう?偶然会ったりしなかった?
…それとも忘れてしまった?」
私は彼の目を真っ直ぐ見て『隣国』という言葉を出し問い詰めるように訊ねてしまう。
彼が話してくれるのを信じて…。
だが彼は私の目から逃れるように、優しく頬に口付けを落としながら『今日が初めてだよ、絶対に』と告げ抱きしめてくる。
彼らしくない有無を言わせぬ強い口調だった。
それは明らかな拒絶でもあった。
『これ以上、その話はなしだ』という彼の意思を感じる。
彼は何を拒絶しているのだろうか…。
その拒絶が何を意味しているのか聞く事が出来るほど私は強くなどなかった。
彼にとって叔母とのことはいまだに過去ではないのだ。
だから話さない、妻である私に隠さなくてはいけないことだから。
そうとしか思えなかった。
私はまだ叔母を超えられる存在になれていない…のだろう。
やはり代わりでしかないのか。
握っている手に爪が食い込む痛みによって、私は辛うじて平静を装っていられた。
そんな私に彼は『ニーナ』と優しく耳元で囁き口付けをしてくる。
その声音はあの時扉越しに聞こえてきたものに似ている気がする。
夫の心はどこにあるのだろうか…。
もうそれ以上は訊ねることはしなかった。
ただ怖かった、自分が望まない現実を受け止める覚悟はなかった。
弱くて未熟な私は『このことをもう問い詰めない』という愚かな選択をする。
忘れることなど出来やしないのに…。
そしてこの選択が呪縛のように心に絡みつき、私は少しづつ壊れ始めたのかもしれない。
…大丈夫、もう過去のことだもの。
泣いて気持ちを吐き出したせいだろうか、だんだんとそう思えてきた。
過去に何があろうと私と夫の間には夫婦として築いてきた想いがあるのは紛れもない事実。
前向きに考えることが出来ると、あれほど苦しかった心も少しだけ落ち着いてくる。
あの時は扉を開ける勇気はなかったけれども、このあと彼が話してくれたら過去を過去として受け入れられると思えていた。
『トントンッ』と扉を叩く音と同時に私の返事を待つことなく部屋の中に誰かが入ってくる。
それは焦った様子を隠すことなく近づいてくるオズワルドだった。
「ニーナ、大丈夫か?侍女から立ちくらみだと聞いたが、今はどんな感じだい?
熱はないようだけれども、まだ具合が悪いようなら医者に診てもらおう」
私の額に優しく手を当てながら、心配そうに見つめてくる。
その様子に私はほっとする。
彼はなにも変わっていなかった。私を見る目は今までと同じ、それに態度も変わらない。
だから自然と微笑むことが出来た。
「心配かけてごめんなさい、もう大丈夫だから。
それに途中で抜けてしまってごめんなさい、叔母様にもご迷惑を掛けてしまったわね」
私は動揺することなく叔母のことを話せていた。
だから大丈夫だと思って待っていた、彼が『実は…』と話してくれるのを。
夫婦だから隠し事はなしにしようと以前から話していたのだから、彼のほうから話してくれるはずだと思っていた。
でも彼はそのことについて触れなかった。
ただ叔母が姪である私のことを心配していたことなど当たり障りのないことだけを告げてくる。
まるで何事もなかったかのように。
「そう…。叔母の相手をしてくれて有り難う。
そういえば私が席を外している間、二人で何を話していたの?教えて、オズワルド」
自分でも驚くくらい自然に言えていた。
だって彼を信じていたから。
言い出しにくいだけよね?
聞けば答えてくれるわ…きっと。
だけれども彼の口から出て言葉は私が聞きたかったものではなかった。
「特に何も会話らしいものはなかったかな。
リーナがいないと話が弾まなくて、天気のことなんかを無理やり話していたよ。
ほらお互いに初めて会うからね」
スラスラと淀みなく話す彼は私から目を逸す。
違う、そんなはずない!
『隠し事はなしに』って言ったのはあなたなのに。
彼の過去の恋愛を知りたいわけではなく、ただ私に隠し事をしないで欲しかった。
彼がかつて愛した人は偶然にも私に近しい人でこれからも付き合いを続けていく相手だからこそ、隠して欲しくなかったのだ。
隠されていたほうが、隠す意味を悪いほうに考え不安になる。
ただ…安心したかった。
不安に揺れる気持ちを隠し、私は彼から言葉を引き出そうとする。
「でもシャナ叔母様とあなたは歳が近いし、二人とも隣国に滞在していた時期が重なっているでしょう?偶然会ったりしなかった?
…それとも忘れてしまった?」
私は彼の目を真っ直ぐ見て『隣国』という言葉を出し問い詰めるように訊ねてしまう。
彼が話してくれるのを信じて…。
だが彼は私の目から逃れるように、優しく頬に口付けを落としながら『今日が初めてだよ、絶対に』と告げ抱きしめてくる。
彼らしくない有無を言わせぬ強い口調だった。
それは明らかな拒絶でもあった。
『これ以上、その話はなしだ』という彼の意思を感じる。
彼は何を拒絶しているのだろうか…。
その拒絶が何を意味しているのか聞く事が出来るほど私は強くなどなかった。
彼にとって叔母とのことはいまだに過去ではないのだ。
だから話さない、妻である私に隠さなくてはいけないことだから。
そうとしか思えなかった。
私はまだ叔母を超えられる存在になれていない…のだろう。
やはり代わりでしかないのか。
握っている手に爪が食い込む痛みによって、私は辛うじて平静を装っていられた。
そんな私に彼は『ニーナ』と優しく耳元で囁き口付けをしてくる。
その声音はあの時扉越しに聞こえてきたものに似ている気がする。
夫の心はどこにあるのだろうか…。
もうそれ以上は訊ねることはしなかった。
ただ怖かった、自分が望まない現実を受け止める覚悟はなかった。
弱くて未熟な私は『このことをもう問い詰めない』という愚かな選択をする。
忘れることなど出来やしないのに…。
そしてこの選択が呪縛のように心に絡みつき、私は少しづつ壊れ始めたのかもしれない。
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