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12.待ち受ける未来①〜叔母視点〜
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それは数ヶ月前のことだった。
ライナー伯爵家から馬車で帰ろうとしていた時に深刻な顔で屋敷の前を彷徨いている少年を見掛けた。
屋敷を出るとすぐに馬車を止めさせ、その少年に声を掛けた。
『どうしたの、そんな顔をして。
なにかライナー伯爵家に用事かしら?』
子供が泣きそうな顔をしてたから親切心から声を掛けた。
『あ、あの実は…』
そう言うと少年は泣きながら私に事情を話した。
彼は花屋の見習いで先日ライナー伯爵家から夫人の出産後に飾る花の注文を受けたのだが、そのメモ書きを失くしてしまって花の色が分からない。店主に叱られ『頭を下げて聞いてこい』と言われたが、どう言えばいいか分からずにいたのだと。
『大丈夫よ』と優しく慰める。
姪の好きな花は白色だと知っている、それを教えてあげればいいだけ。
ニーナに似ている容姿と屋敷から出てきたことで、少年は私のことを『ライナー伯爵夫人』と勘違いしているようだった。
奥様である私に『あの…好きな花の色を教えてくれませんか?』と期待を込めて訊ねてくる。
魔が差してしまった。
『私は赤い花が好きよ』と言って少年に優しく微笑んだ。彼は何度も頭を下げながらお礼を言って去って行った。
私はただ自分の好きな色を告げただけ。
自ら伯爵夫人だと名乗っていないし、ちょっと少年と会話をしただけだ。
そう自分自身に言い訳をして、後ろめたい気持ちに蓋をした。
何かが起こるとは期待はしていなかった。
きっと途中で色の手配の間違いに気づいて慌てるぐらいだろう。
もしかしたら当日慌てて花を撤去して、こじんまりとした花しか用意できないかもしれない。
幸せの絶頂にいる二人がちょっとだけ仲違いをするのを想像する。
満たされぬ心が少しだけ落ち着いた。
そして数ヶ月後、ニーナが無事に出産を終えた。
体調を崩した兄夫婦の代理としてライナー伯爵家を訪問し『奥様もシャナ様のご訪問を喜ばれことでしょう。こちらでお待ちくださいませ』と家族が寛ぐための居間へと案内された。
その部屋は見事なまでに『真っ赤』だった。
あの時のことがなぜかまだ訂正されていなかった。
感じたのは困惑と嫉妬のような思いだった。
ニーナのために赤い花が埋め尽くすように飾られている様はオズワルドのニーナへの愛を感じずにはいられない。
こんなにも愛されている、あの子だけ。
……ずるいわ。
彼の愛はニーナにしか向けられていない。
私が入り込む余地など微塵もない。
そんなことにはとっくに気づいていた。
時間だけが虚しく過ぎていく、誰にも言えないこの想いに苦しんでいる私を残したまま。
愛されるだけのニーナ。
苦労することなく幸せを手に入れているニーナ。
今までは私は何もしなかった。
ただニーナを叔母として近くで優しく見守っていただけ。
でも今日だけはと、幸せの絶頂にいる可愛い姪に少しだけ悪意を向けてしまいそうだ。
…ちょっとだけ、これで最後にするから。
前を向かなくてはと思い始めていた。
だが自分の中の想いを封印し前に進む為には何かが必要だった。
その何かを幸せなニーナに求める。
少しだけでいいから不幸になって欲しい。
私の苦しみをどんな形でもいいから感じて…。
ニーナが現れる前にオズワルドが部屋にやって来た。花の色を見て『なんで赤なんだ…』と絶句し侍女に片付けを命じようとするのを私が止める。
『待って、なにもない部屋を見たらニーナがどう思うかしら?せめて次の花が届くまではこのまままのほうがいいわ。何もなかったら用意すらしていないと思ってニーナはがっかりするわ』
悪意という種を巧妙に蒔く。
私の言葉を疑うことなく彼は『そうだな…』と頷いた。
白い花の手配を急ぐようにと命じたが赤い花はそのままとなった。
…あなたは気づかないのね。
私が好きだった花の色だというのに、彼にとって『赤い花』はもう意味のないものだった。
だから私の提案を受け入れた、ニーナのために。
悔しかった、私一人が過去に囚われていることに。
私の中の悪意が膨らんでいく。
部屋に入って来たニーナを見て、彼女の気持ちが分かった。
面白いほど花の色に反応している。
そして突然泣き始めた我が子をあやすのに夢中になりオズワルドはニュートを抱く私の側に寄っている。
上手い具合に偶然が重なってくれる。
『ほら、前に進むためだ』と神から背中を押された気がした。
自分でも驚くほど残酷な言葉を紡いでいく。ニーナだけに届くように深い意味を込めて。
『なにか気に入らないことでもあったのかしら?
子供って本当に敏感だし素直ね』
私のほうが母として相応しいかの態度で産後不安定な姪を揺さぶる。
『本当に素敵だわ。部屋中に飾られて、愛されている証拠ね』
私が愛されているかのように振る舞って、見せつけるように微笑んでみせる。
私の言葉によってニーナが傷ついていく。
罪悪感は殆どなかった、だってニーナはこれからもっと幸せになるのだからその傷はすぐに癒えるはずだ。
ニーナの表情が歪んでいくほど、私は明日からは『昔のように良い叔母』に戻って前に進める気がしていた。
ライナー伯爵家から馬車で帰ろうとしていた時に深刻な顔で屋敷の前を彷徨いている少年を見掛けた。
屋敷を出るとすぐに馬車を止めさせ、その少年に声を掛けた。
『どうしたの、そんな顔をして。
なにかライナー伯爵家に用事かしら?』
子供が泣きそうな顔をしてたから親切心から声を掛けた。
『あ、あの実は…』
そう言うと少年は泣きながら私に事情を話した。
彼は花屋の見習いで先日ライナー伯爵家から夫人の出産後に飾る花の注文を受けたのだが、そのメモ書きを失くしてしまって花の色が分からない。店主に叱られ『頭を下げて聞いてこい』と言われたが、どう言えばいいか分からずにいたのだと。
『大丈夫よ』と優しく慰める。
姪の好きな花は白色だと知っている、それを教えてあげればいいだけ。
ニーナに似ている容姿と屋敷から出てきたことで、少年は私のことを『ライナー伯爵夫人』と勘違いしているようだった。
奥様である私に『あの…好きな花の色を教えてくれませんか?』と期待を込めて訊ねてくる。
魔が差してしまった。
『私は赤い花が好きよ』と言って少年に優しく微笑んだ。彼は何度も頭を下げながらお礼を言って去って行った。
私はただ自分の好きな色を告げただけ。
自ら伯爵夫人だと名乗っていないし、ちょっと少年と会話をしただけだ。
そう自分自身に言い訳をして、後ろめたい気持ちに蓋をした。
何かが起こるとは期待はしていなかった。
きっと途中で色の手配の間違いに気づいて慌てるぐらいだろう。
もしかしたら当日慌てて花を撤去して、こじんまりとした花しか用意できないかもしれない。
幸せの絶頂にいる二人がちょっとだけ仲違いをするのを想像する。
満たされぬ心が少しだけ落ち着いた。
そして数ヶ月後、ニーナが無事に出産を終えた。
体調を崩した兄夫婦の代理としてライナー伯爵家を訪問し『奥様もシャナ様のご訪問を喜ばれことでしょう。こちらでお待ちくださいませ』と家族が寛ぐための居間へと案内された。
その部屋は見事なまでに『真っ赤』だった。
あの時のことがなぜかまだ訂正されていなかった。
感じたのは困惑と嫉妬のような思いだった。
ニーナのために赤い花が埋め尽くすように飾られている様はオズワルドのニーナへの愛を感じずにはいられない。
こんなにも愛されている、あの子だけ。
……ずるいわ。
彼の愛はニーナにしか向けられていない。
私が入り込む余地など微塵もない。
そんなことにはとっくに気づいていた。
時間だけが虚しく過ぎていく、誰にも言えないこの想いに苦しんでいる私を残したまま。
愛されるだけのニーナ。
苦労することなく幸せを手に入れているニーナ。
今までは私は何もしなかった。
ただニーナを叔母として近くで優しく見守っていただけ。
でも今日だけはと、幸せの絶頂にいる可愛い姪に少しだけ悪意を向けてしまいそうだ。
…ちょっとだけ、これで最後にするから。
前を向かなくてはと思い始めていた。
だが自分の中の想いを封印し前に進む為には何かが必要だった。
その何かを幸せなニーナに求める。
少しだけでいいから不幸になって欲しい。
私の苦しみをどんな形でもいいから感じて…。
ニーナが現れる前にオズワルドが部屋にやって来た。花の色を見て『なんで赤なんだ…』と絶句し侍女に片付けを命じようとするのを私が止める。
『待って、なにもない部屋を見たらニーナがどう思うかしら?せめて次の花が届くまではこのまままのほうがいいわ。何もなかったら用意すらしていないと思ってニーナはがっかりするわ』
悪意という種を巧妙に蒔く。
私の言葉を疑うことなく彼は『そうだな…』と頷いた。
白い花の手配を急ぐようにと命じたが赤い花はそのままとなった。
…あなたは気づかないのね。
私が好きだった花の色だというのに、彼にとって『赤い花』はもう意味のないものだった。
だから私の提案を受け入れた、ニーナのために。
悔しかった、私一人が過去に囚われていることに。
私の中の悪意が膨らんでいく。
部屋に入って来たニーナを見て、彼女の気持ちが分かった。
面白いほど花の色に反応している。
そして突然泣き始めた我が子をあやすのに夢中になりオズワルドはニュートを抱く私の側に寄っている。
上手い具合に偶然が重なってくれる。
『ほら、前に進むためだ』と神から背中を押された気がした。
自分でも驚くほど残酷な言葉を紡いでいく。ニーナだけに届くように深い意味を込めて。
『なにか気に入らないことでもあったのかしら?
子供って本当に敏感だし素直ね』
私のほうが母として相応しいかの態度で産後不安定な姪を揺さぶる。
『本当に素敵だわ。部屋中に飾られて、愛されている証拠ね』
私が愛されているかのように振る舞って、見せつけるように微笑んでみせる。
私の言葉によってニーナが傷ついていく。
罪悪感は殆どなかった、だってニーナはこれからもっと幸せになるのだからその傷はすぐに癒えるはずだ。
ニーナの表情が歪んでいくほど、私は明日からは『昔のように良い叔母』に戻って前に進める気がしていた。
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