誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく

矢野りと

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14.後始末①〜夫視点〜

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あの日から愛する妻は眠り続けている。
落下の怪我によって命を落とすことはなかったが、頭を打ったためかそれとも精神的なものなのか、まだ目覚めない。

ニュートを抱きながら眠ったままのニーナに声を掛ける。

『どうしてなんだ…ニーナ。
なぜ命を絶とうとしたんだ?
ニュートも生まれて私達は幸せだっただろう?
家族三人でこれからもっと幸せな思い出を作っていくはずだっただろう…。

何がそんなにも君を追い詰めたんだ…。
隠し事はしない約束だっただろう?
どうして私に言ってくれなかった…』

答えが返ってこないと分かっているが訊ねてしまう。
自分は隠し事をしているくせに妻が何も言ってくれなかったことが辛かった。

すぐに『困らせるつもりはないんだ、ごめんニーナ』と謝り、そっと包帯が巻かれている額に口づけを落とす。

『愛しているよニーナ。
いつまでも待っているから、君の目覚めを…』

温かいニーナの手を握りしめるがその手が握り返してくれることはない。


医者から眠っていても話し掛けたほうが良いと言われているので、出来る限りニーナの側から離れずに声を掛け続けている。
彼女に届いているかは分からないが、自分が正気を保ち続けるためにも必要なことだった。


何かしていなければ気が狂ってしまう。



なぜ妻があんな行動を起こしたのか夫なのに分からない。
そんな自分が腹立たしかったし、許せなかった。
愛する人が隣りにいてくれる幸せな日々に酔いしれ何も見えていなかったのか。


手違いで赤い花が飾られていたことが原因かと思ったが『どれだけの思いが籠もっているか伝わってくる』と言ってくれていたので私のニーナへの愛は伝わっているはずだ。

だとしたら、それが原因だとは思えない。


だが私はニーナが目の前で飛び降りようとするまで、彼女の異変に気付けなかった。
こんな自分自身の何を信じたらいいんだろうか。

愛し合っている夫婦だったはずなのに、妻が命を絶とうとした原因すら思いつかないなんて。
誰も私を責める言葉は口にしないが、自分が夫失格なのは自分自身が一番分かっている。


 こんな夫だからニーナはこうなったのか…。
 くそっ、私は何をしたんだっ!
 何を間違えたんだ……。

自分がニーナに何かしたのか、それとも何もしなかったのか…。

とにかくニーナが抱えていた悩みを知りたかった。
彼女が目覚める時までに全てを解決しておきたい。

何も知らない夫のままでいたくない。

そうしたら…また彼女を失ってしまうかもしれない。


 いいや、駄目だっ!
 そんなことにはならない、絶対に。


もう間違えることは許されない。

禄に食事もせず寝ていない私は窶れていたが目だけは異様にぎらつかせ『なんでもいい、普段と少しでも違うと感じたことや違和感などニーナに関することをすべて話してくれ』と屋敷の者達に命じる。

みな伯爵夫人であるニーナのことを慕っていたので『少しでも奥様のためになれば…』と協力的だったが、あの日のニーナの行動に繋がるような具体的なことが語られることはなかった。

ひとつひとつは本当に違和感とも言えない些細なものが殆で、誰もが自分の発言が伯爵夫人であるニーナの行動を読み解く助けになるとは思っていなかった。



『そういえばシャナ様が初めてご挨拶にいらしゃった日に奥様が具合を悪くされました。扉の前で動けずにいるほどで…』
ある侍女は『お役に立てずに申し訳ございませんと』言いながらそう言った。

出産経験のある侍女は『お話することでもありませんが…』と前置きしてから『奥様は妊娠されてから落ち込むことが多かったです。妊娠中はいろいろと情緒が不安定になるのが普通なので当たり前のことですが…』と話した。

『シャナ様がいらしゃった後はお食事を残すことが多かった気がします。きっと一緒にお菓子を召し上がっていたからだと思いますが…』と話したのは年配の料理長だった。


『特には…ありません。ただシャナ様と話している時にふと表情が曇るような事があったような…。私の気のせいだと思いますが…』と数人の侍女が時間も場所も違うが同じようなことを告げてきた。


その後も小さな証言が続いていく。
叔母であるシャナの名がよく出てくるのは偶然か…。


私はただ黙って聞いていた。
事実を知るには私が口を挟まずに、彼らが見たまま感じたままを聞く必要があると思ったからだ。


最初はニーナの行動に繋がることがあるとは思っていなかった。

だが…それぞれの小さなピースを繋ぎ合わせていくと、朧気だが形になっていく。

それは確かに意思を感じさせた。

いいや、意思なんてものではない。
それは紛れもなくニーナに向けられた悪意だった。


 なんなんだっ、…これは……。
 まさか…そんなことって。


なんの確証もない。
繋ぎ合わせたものから辿り着いた推測に過ぎない。
だが過去のことを考えると、推測でない可能性のほうが高い。

 確証が欲しい、もっとなにか決定的なものがっ!


真実を知りたかったが、待ち受けているだろう真実が思った通りのものだったらと思うと、制御できない怒りが込み上げてくる。

冷静ではいられない、だがまだ怒りを表に出す時ではない。
感情に飲み込まれたら判断を誤ってしまう。

 落ち着け、まだだっ、今じゃない。


仮定の話では言い逃れされてしまう

私はライナー伯爵家の者達だけでなく、関係するすべての人達からも秘密裏に話を聞くことにした。
そこにはニーナの両親であるブラウン伯爵夫妻や屋敷に出入りしていた者なども含まれていた。


例外はシャナ・ブラウンただ一人だった。

表向きは『憔悴しきっているからそっとしておきましょう』としておいた。
そうして彼女だけには何も知らせず、何も訊ねなかった。
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