これで最後ですから覚悟してくださいませ、旦那様!

矢野りと

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3.夫はなりふり構わず奔走する

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――ダンッ!


「受理をお願いしますっ!!」

俺は騎士団長の机の上に一枚の紙を叩きつけるように置いた。
これは今日から一週間の有給休暇の申請書だ。急いで書いたので字は乱雑だが、内容自体に不備はない。


「却下だ」
「はぁ? なんでですかっ!」

団長は置かれた紙を一瞥するなり即答した。
俺は身を乗り出し、有給消化は団員の権利ですと、声を大にして抗議する。

この一週間で俺の人生が決まるのだから、絶対に譲れない。
それなのにだっ!なぜか団長は掛けていた眼鏡を外して呑気に拭き始める。

 空気読めや、クソッタレ団長がっ!


「団長、そんなこと家でやってください!」
「それなら唾を飛ばすな、リヴァイ」

よく見たら机も唾だらけだった――犯人は俺だ。
良かった、悪態をつかなくて……。

「…すみません」

ささっと袖で団長の机を拭きながら頭を下げる。

「申請は一週間前迄という約束だ。明確な決まりではないが、周囲に迷惑を掛けないための不文律だ。よって却下した、以上」

団長の言い分は正しいが、ここで引き下がるわけにはいかない。


カサナは思いつきや困らせる為にあんな事を言わない。ということは深い考えがあってのこと――俺は分かっていないが…。

にこやかに『離縁しましょう』と言われて、何がなんだか分からなかった。
妻の目は真剣そのもので、とにかく誤魔化すことだけは絶対にやってはいけないと感じた。

でも情けないことに何が正解かも分からず、俺は『離縁は嫌だ』と子供みたいに縋りついた。

本当に男として情けない。

だが、今考えるとあれで正解だったんだと思う。

妻は俺が答えられないと分かっていた。だからこそ、あのリストは用意されていたんだ。
執行猶予を与えることも想定内だったんだろう。

さすが俺の愛する妻だ。
俺以上に俺を分かっている。

いやいや、今は感心している場合じゃない。執行猶予の一週間はもう始まっているんだから。


 考えろ、なにがベストだ?

脳筋の自分に問いかける。
いま優先すべきことは仕事じゃない。選ばなければ仕事はいくらだってある。
だが妻は?――俺の妻はカサナだけ!

これは大正解だ。



「では辞めます。辞職願は後日で――」
「おいおいっ、早まるな!リヴァイ、まずは事情を説明しろ」
「説明は省いてもいいでしょうか?」

説明したくないので駄目もとで聞いてみるが、

「いや、それは認めん」

あっさり却下された。まあ、当然だな…。

話せば俺の沽券に関わる。
しかし下手な嘘をついても団長には見抜かれるだろう。

俺の面子を守る事と有給申請を天秤にかける。――前者ははるか遠くへ飛んでいった。

考えるまでもなかったな。俺にとって妻と娘が何よりも大切だ。



俺は正直に理由を説明し始める。理解してもらえないかもしれないが、その時はその時だと腹をくくる。

話し終えても、団長は目をつむりながら腕を組んで考え込んでいる。
きっと『副団長を見習え、妻が出ていっても動じずに仕事をしているぞ』とか言われるんだろうなと思いながら、団長の言葉を待つ。


一方的に出ていった妻を責めることなく待っている副団長。『出来た夫』だと騎士達からは尊敬の眼差しを向けられている。
俺は絶対に真似できない。執行猶予つきなのに慌てまくっているんだから。

そういえば、あのリストには副団長夫婦の名も記されていた。
奥さんに会いに行った時に『副団長は怒っていません』と教えてあげよう。きっと勝手に家を出たから帰りずらくなっているだけだろうから、きっかけを欲しているはずだ。

副団長の奥さんと妻は親しかった。俺の言葉が別居解消のきっかけになったらカサナだって見直してくれるかもしれない。

 よしっ、いいところを見せるぞ!


そんなことを考えていると、団長の目が開いた。

「受理する」
「分かりました、では辞めます。…へっ?受理って言いましたか?団長」
「言った、だから辞めるなよ。お前のことは買ってるんだ」

まさかお小言もなく受理されると思っていなかった。拍子抜けだ。

「なにか裏がありますか?」

念の為に確認しておく。

「安心しろ、裏はない。強いて言えば副団長の件が気になっているからだな。最近はあれだしな…」

ため息をつく団長の視線の先には、覇気が感じられない副団長の後ろ姿があった。

確かに最近の副団長は以前と違う。
奥さんが出ていっても男らしくどーんと構えているのは変わらないが、仕事以外は家に籠もっているという。
こんな時こそ気晴らしが必要だと、娼館に誘っても断られると誰かが言っていた。

全くもって副団長らしくない。


「この有給が本当に必要かは俺には分からん、だがお前は必要だと思った。正直に言えば、その気持ちも理解は出来ない。俺なら嫁に馬鹿言うなって笑い飛ばして終わりにする。だが夫婦の問題にどんな形であれ他人が口を挟むべきじゃないからお前のやりたいようにやれ、以上だ」
「団長、ありがとうございます!」

団長は俺の行動と副団長を比べて、なにか得られればと思っているのかもしれない。

まあ、どんな思惑があろうとも申請が通ればそれでいい。


俺は副団長に休む旨を報告するついでに、妻絡みで奥さんに会うかもしれないことを伝えた。

「奥さんに何か伝言はありますか?」
「特にはない」
「分かりました、失礼します」

一応礼儀として尋ねたが、返ってきたのは副団長らしい簡潔な言葉だった。

俺は部屋から出ると同時に駆け出した、時間が惜しかったから。すると副団長が追いかけてきた。

「すまん、リヴァイ。やはり伝えてくれないか。あ、その…、待っていると」
「了解です、会えたら必ず伝えます」

副団長は俺の言葉にどこかほっとした顔をする。

――安堵と嬉しさが混ざったそんな顔。



それは妻が戻ってくる日も近いと思っているからだろう。
そう考えるのは自然だった。副団長の言葉を聞いたら、奥さんは喜ぶはずだ。
だってそうだろ?勝手に出ていったのに、待ってくれている夫がいる。嬉しくないはずはない。

そして何事もなかったかのように元通りで一件落着だな。

 よしっ、俺も続くぞ。

良いことは不思議と続くものだと、この時の俺は根拠のない自信から上手くいく気がしていた。
けれども現実はそんな甘くないとすぐに思い知ることになる。






俺は有給休暇を取得したその日から、リストの人物達を手当たりしだいに訪ねてまわった。

リストに名が載っていた人達は副団長夫婦を除いて、みな離縁した元夫婦で、夫側は引退した騎士だった。

『騎士団に所属しているリヴァイ・シュワルツです。急に伺って申し訳ありませんが、少しだけお時間を頂いてもよろしいでしょうか?』

俺が礼儀正しく名乗れば、追い返されることはなかった。

だが離縁した理由を聞かせて欲しいと丁寧に頼んでも、世間話には付き合ってくれたが、肝心なことは誰も教えてくれなかった。

――いや、そうじゃない。

正しくは女性達は教えてくれず、男性達は一人も答えを持っていなかったのだ。




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