これで最後ですから覚悟してくださいませ、旦那様!

矢野りと

文字の大きさ
6 / 15

6.夫は愛する妻を見習ってみる①

しおりを挟む
隣町へと続く道を俺は馬で走っている。
なぜそんなところに向かっているかというと、副団長と別居している奥さんが隣町にいて、今日会う約束をしているからだ。


副団長と奥さん、どちらから先に話を聞こうかと迷ったが、ここ数日騎士団はどこかのお偉いさんが思いつきで予定を変更した為その警護で忙しい。なので奥さんを先にすることにした。

深い考えは全くなかったけど、結果的にはこの順番で良かったと思っている。なぜなら、夫からの優しい言葉に喜ぶ奥さんの姿を、副団長に伝えることが出来るからだ。

 副団長、きっと喜ぶだろうな…。

人の喜ぶ顔を見るのは、直接自分に関係がないことでもやはり嬉しいものだ。

今日までなんの収穫もなしで焦っている俺だけど、誰かの役に立てるのは素直に嬉しく、向かう足取りは軽かった。






――トントンッ。


「ごめんください。連絡していたリヴァイ・シュワルツです」

目的地についたのは昼過ぎだった。家の扉を叩くが返事がないので、大きめな声で呼びかけてみる。

副団長の奥さんとは挨拶を数回交わしたことがあるくらいで、直接話したことはない。だが約束を破るような人ではないはずだ。
カサナと彼女は歳が離れているけれど、気が合うようで友人として付き合っている。『とても良い人なのよ』と以前カサナは俺に言っていた。


 何かあったのか……

裏に回ってみるかと思っていたら、ガチャリと扉が開いた。


「ごめんなさい、裏の畑で野菜を収穫していたの」
「いえ、こちらこそ急にすみません。今日はお時間を頂きありがとうございます」

副団長の奥さんが抱えているかごには泥がついた野菜が入っていた。
どうやら邪魔をしてしまったようだ。
申し訳なく思いもう一度謝ると、『大丈夫だから』と家の中に招き入れてくれた。


「お茶淹れるから座って待っていてちょうだい」
「あっ、お構いなく――」

奥さんが台所へと消えると、俺は座って待ちながら部屋の中を見渡す。

家自体は小さいけれど、整えられていて暮らしやすそうだ。

――意外だった。

もっと仮住まいって感じかと思っていたのに。
ずっと暮らすことを考えている、そんな素敵な家だった。

 なんでだ……?

普通は短期間しか住まない家に手を掛けたりはしないものだ。
逆になるべく荷物増やさないようにする、出ていく時のことを考えて。


まさか、戻るつもりがないのか?
――いいや、そんなはずはない。
すぐさま浮かんだ不吉な疑問を打ち消す。


きっと戻るきっかけがなくて別居が長引いているうちに、時間を持て余して手を加えていった結果、こうなっただけだ。

 …きっとそうだよな……


嫌な予感とまではいかなくとも、なんだか自分の思っていた状況とだいぶ違ったことに戸惑いを覚え、それが言い知れぬ不安に繋がる。

勘が鋭いほうではない、どちらかと言うと鈍いほうだ。


それでも、なんだか落ち着かなくなる。


「お待たせしました。良かったらどうぞ」
「あっ、いただきます」

差し出されたお茶は、良い香りがして初めて口にするものだった。

 これ、カサナにも飲ませてあげたいな。


「これ美味しいですね。どこに売ってるんですか?」

思わず聞いてしまった。そんな場合じゃないのに、お茶が好きな妻の喜ぶ顔が頭に浮かんだから。

「町の店ならどこでも売っているけど、気に入ったならあげるわ。実は私が作っているものなの。結構人気があるのよ」
「えっ、いいんですか!ありがとうございます、妻が喜びます」

奥さんは手作りのお茶が褒められて嬉しそうだ。
俺は有り難い申し出に素直に礼を言ってから、ハッとする。

彼女の言葉が引っ掛かったからだ。

ここは小さな町じゃないから店だってそれなりにある。このお茶は売り物で、町のどの店にも置いてある人気商品だという。

つまりはお茶作りは趣味の域を超え、仕事になっているのだ。
それなら店との契約とかいろいろあるはず。それを放り出して元の生活に戻るような無責任な人だとは思えない。


 どうするつもりなんだ…

この快適な家といい、お茶作りの仕事といい、この生活を継続する前提で動いているとしか思えない。


「あの…、いつ家に戻る予定ですか……?」

ここに来た目的は、こんなことを訊くためじゃない。それでも、願いを込めて聞かずにはいられなかった。


副団長のあんな顔見たのは初めてだった。
『待っている』という短い言葉にはきっと副団長の想いが詰まっていて、その声音からは奥さんを愛しているんだなって伝わってきた。

俺はどっちの味方でもないけど、ただ二人が上手くいって欲しいなと思った。

そしてそれはきっかけさえあれば、とても簡単なことだとも思っていた――ここに来るまでは。


「戻る予定はないわ。離縁するつもりだから」
「……っ…!」

副団長の奥さんの言葉に迷いは感じられないし、思い詰めた様子もない。
まるでカレンダーに書かれている予定を教えるみたいに、離縁という言葉を口にした。
 

「あのっ、副団長からの伝言があります!待っていると。そう伝えてくれって頼んできた副団長は嬉しそうでした。奥さんが帰ってくるのをずっと待っているんです。何があったかは知りませんが、一度戻って話し合ったほうがいいと思います」

自分のことではないのに慌てる俺に対して、副団長の奥さんは冷静だった。

「あなたから見た彼はどんな人?出ていった妻を健気に待っている心が広い夫?」

なんだか嫌な聞きかただった。
俺達がそう思っているのを知っていて皮肉っているようで、思わず俺は眉をしかめてムッとする。


「副団長は頼りになる上司で、みなから慕われています。俺の知っている限りですが、妻の悪口を一度だって言ったことはありません。それは奥さんが出ていった後もです!」

副団長の肩を持つつもりはないが、俺が知っている事実を伝える。――つまりは十分に良い夫ではないかと暗に伝えた。


「…半分当たりで半分外れね。騎士としては優秀なのは同意するわ。でも夫としてはどうかしら?一ヶ月以上も待っているだけ。ただ待っているって、つまりは何もしていないってことよ」

奥さんは俺の言わんとしていることを察して、否定の言葉を紡いでくる。


夫婦の間に起こったことを興味本位で詮索はしたくない。
長年一緒にいれば喧嘩もあるだろうし、性格があわないとかいろいろあるだろう。

でも勝手に出ていった妻を待っていることが、まるで意味のないことのように言うのはどうかと思う。
ただ待つのだって辛いはずだ。
それも愛しているなら尚更のこと。

 だからあんなに元気がなくなって……。


勝手に出ていったのはあなたでしょっ!と言おうとした。――が、その言葉を飲み込んだ。


彼女の鋭い視線に気づいたからだ。


それは俺に腹を立たているとかではなく、見極めようとしているように思えた。

勘違いかもしれないが……。

もしかしたら、ただ副団長の味方とみなしての敵意かもしれない。

それでも、このまま思ったことをぶつけてはいけない気がした。

一旦深呼吸をして、感情に流されそうな自分を落ち着かせる。


 …相手の立場になって考えろ……


俺が知っている副団長の姿は事実。そして副団長の奥さんのことは殆ど知らない。
でも、俺は全部を知っているわけじゃない。 
 
それなのに、責めるような言葉をぶつけていいのか?


自分なら、碌に自分のことを知りもしない奴から知ったふうなことを言われたくない。
まずはこっちの話を聞きやがれって思う。


まずは話を聞こうと思ったが、ちょっと待てと自分を止める
方向性は間違っていないけれど、聞き方によっては詮索になってしまう。

――それは絶対によろしくない。

 うーん、うーん……。


愛する妻をお手本にして途中までいい感じだったのに、脳筋ゆえだろかその先が続かない。

――黙ってしまう。

嫌な汗が背中を伝っている。
これじゃ、待ってるだけの副団長と同じだと思われてしまう。
 
 ……俺って、駄目じゃん……
  
しおりを挟む
感想 121

あなたにおすすめの小説

危ない愛人を持つあなたが王太子でいられるのは、私のおかげです。裏切るのなら容赦しません。

Hibah
恋愛
エリザベスは王妃教育を経て、正式に王太子妃となった。夫である第一王子クリフォードと初めて対面したとき「僕には好きな人がいる。君を王太子妃として迎えるが、僕の生活には極力関わらないでくれ」と告げられる。しかしクリフォードが好きな人というのは、平民だった。もしこの事実が公になれば、クリフォードは廃太子となり、エリザベスは王太子妃でいられなくなってしまう。エリザベスは自分の立場を守るため、平民の愛人を持つ夫の密会を見守るようになる……。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる

椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。 その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。 ──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。 全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。 だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。 「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」 その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。 裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

「もう要らない」と言われた私は、運命に選ばれる

夜桜
恋愛
公爵令嬢セレスティアは、舞踏会の場で婚約者アーヴィンに裏切られ、婚約破棄を宣言される。 奪ったのは、劣等感に溺れた男と、勝利に酔う令嬢。 しかし彼らは知らなかった。三秒先の未来を視る冷酷伯爵レオンが、静かにその行く末を見届けていることを。 泣かなかった令嬢が選ぶ未来は、奪った側の崩壊と共に始まる――。

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

あなただけが私を信じてくれたから

樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。 一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。 しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。 処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。

処理中です...