これで最後ですから覚悟してくださいませ、旦那様!

矢野りと

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7.夫は愛する妻を見習ってみる②

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――ガンガンッ…、ガゴッン…。

俺は気づけば頭をテーブルに打ち付けていた。
『控えめな脳味噌よ、頼む、働いてくれ…』と呟きながら。

抱きつく木がなかったから、無意識に木で作られたテーブルに縋ったのか。習慣とは恐ろしいものだ。


「怪しいリヴァイをこんな間近で見たのは私だけね。正しくは『危ないリヴァイ』だったと訂正を入れておかないと♪」

副団長の奥さんはお腹を抱えて笑っている。それはもう目に涙を浮かべて、……とても楽しそうだ。
人の喜んだ顔を見て幸せな気分になれないこともあるのを、俺は今日初めて知った。


それに怪しいリヴァイってなんだ?
いや、十分に怪しいしヤバい奴でもあったな…と認める。


気を取り直して『どこに訂正を入れるんですか?』が尋ねると『奥様情報網よ。ちなみにあなた、時の人だから』と教えてくれた。

「時の人??」
「そう、有名人なのよ」

副団長の奥さんはどんなふうに有名なのか、それはもう丁寧に教えてくれた。

――ゴンッ。

ショックで頭をまたぶつけてしまう。

 聞くんじゃなかった…。

世の中には知らないほうが幸せなこともある。もう手遅れだが……。
俺が分かりやすく落ち込んでいると、副団長の奥さんが纏っていた雰囲気が変わる。


「あなたの奥さんの気持ちが少しだけ分かったわ。本当はね、私、あなたを助けるつもりはなかったの。カサナの頼みだから引き受けたけど、時間の無駄だと思っていたわ。夫と同じ脳筋なんだから」
 
 ……はい、その通りです。

否定はしない、という今更違いますと言っても鼻で笑われてお終いだ。

「でも、あなたなら変われるかもね。私を否定する言葉を頭に浮かべたけど、それを言葉にはしなかったでしょ?立ち止まってちょっとだけ考えた。それは褒めてあげるわ、残念ながらその後は続かなかったけど……」
「……ありがとう?…ございます」

ちょっとだけをもの凄く強調されたので、全然褒められた気はしない。

微妙な空気が流れるなか彼女が『どうぞ、本来の目的を果たしてちょうだい』と促してきた。


ここには話を聞きに来た。
今までは他の元妻達に尋ねても答えてもらえなかった。だが何が悪かったのか分からないので、対策も立てていない。

どうするべきか。どうもこうもない、嘘や誤魔化しなしでいく。
これが今できる最善だ、……たぶん!


「まずは事実を知りたいです。そしてあなたの立場になって考えてみたいです。俺にそれが出来るか分かりませんし、自信もありません。さっきもあれでしたし…。でも、お願いします!!」

――ゴンッ。

頭を下げると勢い余ってテーブルに打ち付ける。――わざとではない。

頭上からはまた笑い声が聞こえる。『あっは、はっは…、カサナって変わった趣味してたのね』という声まで。

副団長の奥さんはなかなか手厳しい。
でも腹は立たない。変わった趣味だろうが、妻が俺を選んでくれたのだから結果オーライだ。


「分かったわ。ただの愚痴になると思うわよ。それでもいい?」
「構いません、ぜひ聞かせてください!」

副団長の奥さんはひとしきり笑うと、話し始めてくれた。



愚痴と言っていたが、……本当にそのままだった。

「本当に碌でもない夫でしょ?私の話なんて右から左へ聞き流すの。立派な騎士様かもしれないけど最低な夫だわっ!」
「はっは…は、大変ですね」

俺は曖昧な返事を繰り返す。
そうするしかなかった。彼女は夫に腹を立てているけど、俺から見たら副団長の言動に問題があるように思えなかったから。


内心ではがっかりしていた。
これは彼女のせいではなくて、俺が勝手に何か得られるのではと期待して、結局今日も収穫なしだったからだ。
 
「ありがとう、聞いてもらっってすっきりしたわ」
「いいえ、礼を言われることはなにもしていません。ただ聞いていただけですから」
「それが嬉しかったわ。『でも』とか『だって』とか『たかが』とか言わないでくれて、ありがとう」

副団長の奥さんは何度も『ありがとう』と言ってくる。

俺は本当に大したことなんてしていない。

――ただ聞いただけ。

それなのに副団長の奥さんがこんなにも礼を言うのは、彼女がこれを求めていたからか?

聞いてもらいたかったのだ、否定をせずに。
些細なことだと笑い飛ばさずに、向き合ってもらいたかったのだ――誰よりも夫である副団長に。




俺は曖昧な返事をしていた。
それは彼女の愚痴に『気持ちは分かりますよ』と言えなかったから。

――本当に分からなかった。

だって、副団長は間違ったことはしていないと思ったから。


 考えろ、考えるんだ!
 もし自分だったらどう思うかっ。


何かが掴めそうで掴めない。それがもどかしくて『なんで、こうなんだ俺は…』と頭を掻きむしる。



「あーあ、私も気晴らしに男娼と遊ぼうかしら」
「へっ?何言ってるんですかっ。そんなこと絶対に駄目です、副団長が悲しみますから!それに自分を大切にしてください」

いきなり不穏な発言をする副団長の奥さん。茶化すような声音だったけど、つい本気で止めてしまった。
だって冗談でも言わないほうがいい。


「なんで悲しいの?」
「そんなの愛しているからに決まっているからじゃないですか!」

そうだ、決まっている。

――愛している人にそんな真似して欲しくない。

 

「そうよね、決まっているわよね」

自分で聞いておきながら、彼女もさらりと同意する。まるで、俺がこう言うのを待っていたようだ。



そう、愛しているからこそ、誰だって裏切られたら悲しくなる。

――想像するだけでも嫌だ。

当然だと思いながら、……気づいた。


 
ああ、そういうことか。

こんなに簡単なことだったのか。 



俺達は騎士の常識のなかで生きていて、当たり前のことだから考えてもみなかった。

――妻達を傷つけているなんて。


男も女も相手を想う気持ちは同じなのに、どうして男だけに例外が許されると思い込んでいたのか。
不都合がなかったからだ。
特に騎士の場合は過度な興奮状態を諌めるのに必要なことだとそれらしい理由を掲げて、妻の言葉を聞き流していた。

その結果が、この一週間で会った引退した騎士達だ。
彼らの妻は裏切りを裏切りだとも思わない夫に耐えられなくなって、離縁を選んだ。





「早く家に帰りなさい。もう欲しい答えは見つかったでしょ」
「はい、あなたのお陰で分かりました。本当に有り難うございました!」
「違う、あなたが感謝するのは私じゃないわ」

分かっている、俺が一番に感謝するべきなのは愛する妻だ。
俺に三行半を突きつけずに、こうして猶予を与えてくれた――二人の未来のために。


「戻ったら、副団長にはあなたの言葉だけ伝えます。きっと俺から余計なことは言って欲しくないですよね?」

俺が彼女だったらそうかなっと思ったから、そう聞いてみた。

「ええ、そうして。あの人の執行猶予はもうとっくに切れているから」

『離縁するつもり』という言葉を副団長に伝えるのは辛い。
けど、これは妻の心を踏みにじっていた報い。

それを挽回できるかどうか分からないけど、万が一にも可能性があるとすれば、副団長はただ待つのを止めることから始めなければならない。




俺は黙って頷き、帰るために立ち上がる。
すると、彼女は目に涙を浮かべて『急いで…』と小さな声で告げてきた。


「えっと、……」

今まさに帰ろうとしているのに、なんでわざわざそんな事を言うのか。それになんでそんな顔をするのか。

彼女の涙に困惑していると、震える声で彼女は言葉を紡いでいき、それを聞いた俺は息が止まる。

「……うそ…だ……」
「本当な…の、よ。だから急いで戻って、時間を無駄にしないで」

俺の言葉に彼女は首を横に振る。その苦しげな表情は本物だった。

 嘘だ、嘘だ、嘘だ――。

心のなかでは必死に否定するが、体は肯定するかのように反応した。
 

――ダンッ!


俺は扉を蹴破るように開け、馬に飛び乗り走った。

ただひたすら前だけを見て、薄暗い森のなかを全力で駆け抜ける。
『うおぉぉぉぉぉ――――!」と獣のように叫びながら…。



――早く会いたい、抱きしめたい。そして騙されたの?と笑い飛ばして欲しい。


 お願いだ、カサナ。嘘だと、そう言ってくれ……


心のどこかでこれは嘘じゃないことは分かっていた。妻は冗談は言っても、こんな質の悪い嘘は決して吐かない。


『なんと今日は雪男に会いました。びっくりしてこうなりました』
見事に割れた籠一杯の卵を差し出してくる妻。
『俺と雪男どっちが格好良かった?カサナ』
『うーん、雪男もイケメンだったけど、私の旦那様のほうが上ね。なんと言っても人間だし♪』
こんなふうに、二人で笑える嘘しか言わないんだ。



――だからこそ、いま俺はみっともなく泣きじゃくっている。

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