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12.一難去ってまた一難②

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にやにやしながら小心者は『媚を売っている暇があるなら仕事をしろ、薬師』と偉そうなことを言ってくる。
第二騎士団の副団長が自分の味方だと知ったから、いい気になっているのだろう――典型的な小心者だ。

自分の両手の爪が痛いほど皮膚に食い込んでいく。
こんな目には嫌というほどあっていて馴れていてるはずなのに、まるで初めて経験した時のように胸が苦しかった。

その原因となっているルイトエリン達をちらっと見ると、私ではなく小心者達だけを見ていた。

――彼らが守るべきは仲間である騎士なのだ。

もう分かっていたこと、ただ再確認しただけ。


「では、失礼します。ライカン副団長」
「あっ、ちょっと待ちなよ。喉が渇いていたんでしょ? 勿体ないからこれ飲んでいきなよ。大丈夫、ここで見たこと聞いたことは全部黙っているから。つまり、君達は何も飲んでいない」


小心者達がこの場から去ろうとすると、ルイトエリンはテーブルに置かれたお茶を自ら手渡す。その動きは素早くて、私が止める間もなかった。


「「有り難うございます!!」」

 あっ……、飲んじゃった。


小心者達は飲み干した後、私を鼻で笑いながら薬草備品庫から出ていった。
戸口付近に立っているテオドルは扉を閉めるとすぐさま口を開く。


「ルイト先輩、あれって確信犯ですよね?」
「ん? 彼らはなにも飲んでいないってことになっているんだから、もし体調を崩したら体調管理が出来ていなかっただけのことだ。それにお茶は俺が自ら手渡した。仮になにか混入していたとしても、犯人は俺だな。くっくく、副団長の俺を告発する勇気があればだけどな。テオ、まさか文句があるのか?」

テオドルはルイトエリンの言葉に眉を顰める。

「文句はないですけど、少々手緩いとは思いました」
「はっはは、俺って優しいからな」


 ……えっ?

目の前で交わされた会話に目を丸くする。

彼らは私がなにかを混ぜたことに気づいていた。その上でルイトエリンはお茶を自ら飲ませ、テオドルもそれを黙認していた。


これではまるで、彼らは私の味方をしているみたいではないか。
平民で、孤児で、素顔さえ見せない私を守ってくれたみたいに思える。

 また都合良く解釈している?


確かめたい、でも怖い。
期待してがっかりするのは、何度経験しても嫌なものだ。


「ヴィアちゃん、一応確認しておくけど、奴ら死なないよね? 別に死んでも惜しくない奴らだけど、その可能性があるなら前もって教えてね。俺が責任を持って立派な病死に仕立て上げるから」
「…えっと、お腹を少しだけ壊す程度です。どうして私がなにかを入れていると分かったんですか?」

肝心なところを最初に訂正してから尋ねる。
扉は開いたままだったから、小心者達と私との会話は聞こえていたのだろう。ただ、余分な薬草を混ぜたことは見えていなかったはずだ。

「あんな奴らに媚を売るヴィアちゃんじゃないのはよく知ってる。だから、美味しそうなお茶を淹れた意味を予測しただけ。見事に当たったのは、俺の深い愛のなせる業だね」

軽すぎる口調で、これまた羽より軽い愛を語るルイトエリン。

私が黙ったままでも気にせずに彼は言葉を続ける。


「それにしても、ヴィアちゃんって優しいね。俺だったら、絶対にもっとエグいことするな」
「実際に先輩はやりましたよね。以前第二の平民出身の騎士を馬鹿にした第一の奴らを、訓練にかこつけてボコボコに。それに比べたら、オリヴィアさんの意趣返しはとても可愛いです」
「……っ……」

何も言えず、ただ頭を下げてお礼を告げる。無条件で私の味方になってくれたことが嬉しかった。

あの場で小心者達を問い詰めるのは簡単だっただろう。ただ、それをしたら私が逆恨みされる可能性が非常に高いから、ルイトエリン達はこういう形で納めたのだ。


――私のために。


頬にほんの少しだけ温かいものを感じ慌てて拭う。悔し涙は何度となく流してきたけれど、嬉しくてなんて初めてだった。
 
 同じ涙なのに、こんなにも違うなんて知らなかったな……。




「ヴィアちゃん、ごめんね。来るのが遅れて」
「オリヴィアさん、申し訳ありません。いろいろと面倒くさい報告がありまして」
「いいえ、私なら全然大丈夫です。自分で言うのもなんですけど逞しいですから。でも、助けてくれて有り難うございました。ルイト様、テオ様」

黒いフードで顔が隠れていて良かった。泣いていることがバレずに済むから。



「こういうことがないようにするけど、なにかあったら我慢せずに俺に言って、ヴィアちゃん。こう見えても俺は副団長で侯爵家の者という肩書があるから、それをトコトン使って守るよ」

 甘えてもいいのだろうか……? 

孤児の私は他人どころか親にも甘えたことがないので正解が分からない。


「甘えじゃないよ。守るって約束しただろ? それに万が一にも化けて出られたら怖いしね」

私がなにを思っているか察したような言葉を告げてくるルイトエリン。
軽い口調と軽薄な笑みなのに、なぜか安心する。


――不思議、……でも嫌じゃない。


「……よろしくお願いします? ルイト様」
「くっくく、ちょっとぎこちない返事だね。でも、頼ってもらえて嬉しいよ」


今まで自分のことは自分で守っていた。だから、他人から守られるのはとても変な感じだけど、なんか温かくていいなと思っていた。






◇ ◇ ◇




翌日の夕方、私は第二騎士団のルオガン団長に呼び出された。

彼は挨拶の時も感じが良かったが、もともと差別意識のない人みたいだ。なんでも、平民同然の男爵家の三男として生まれ、己の努力だけでこの地位まで登りつめた立派な人らしい。
若い頃、彼は理不尽な扱いを受け苦労をしたようで、私のことを何かと気に掛けてくれている。


私が団長の執務室に入ると、そこには団長だけでなくルイトエリンとテオドルの姿もあって、三人の視線が私に注がれる。
遅れたわけではないけれど、一応遅くなってすみませんと謝ってから空いている椅子に私も座った。

ルイトエリン達も長身だけれど、ルオガン団長はさらに背が高く筋肉隆々で逞しかった。
かなり広い部屋なのに、彼らと一緒だと狭く感じる。なんだか暑苦しいなと思っていたら、ルオガン団長がなぜか身を乗り出し来て、さらに暑さが増した気がする。

 
 
「薬師殿も忙しいだろうから単刀直入に言う。ここにいるライカン副団長と婚約してくれ」
「……ふぁ?」

真面目な顔でそう告げてきたルオガン団長に対して、私の口から出てきたのは間が抜けた返事だった。
 
確かに私は忙しいけれど、いくらなんでも言葉が足りないのではないだろうか……。




 




 
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