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26.招かれざる客①
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「うんうん、今日も凄く可愛い。子供の無邪気な笑顔には癒やされるよね」
「俺の異母弟は天使だろ?」
騎士達とじゃれ合って遊んでいるケイルートを見ながら一人で悶えていると、隣から声が聞こえてくる。
横を向くと、薄らと額に汗をかいたルイトエリンがいた。
さっきまであっちにいたのにと思っていると、彼の手に薬草水が入ったコップが握られているのに気づく。どうやら水分補給に来たようだ。
彼は驚くほど俊敏に動く。副団長に抜擢されただけあって凄いんですねと以前褒めたら、口が軽い分、他の騎士達よりも身軽なのかもねと笑っていた。
『言っていることはおかしいですけど、なんか凄く分かります!』
前のめりになって私が返事をすると、彼は笑顔のまま固まった。
『いや、そこは否定していいよ。ヴィアちゃん』
『いえ、ルイト様の意見に同意します』
『……アリガトウ』
こんな会話を二人で交わしたものだ。
ルイトエリンが飲み干すと、まだ喉が渇いているようだったので、空いたコップに薬草水を注ぎ足した。
この薬草入りの水は私が考案したもので疲労回復効果がある。少しだけ薬草の香りがするが、味は普通の水と変わらないので第二の騎士達からは疲れが取れると好評だ。
どうでもいいことだが、第一の騎士達は貧乏くさいと言って飲まない。……別にいいけど。
「ええ、天使そのものですね。ルイト様の異母弟とは思えません」
「まずはお代わり有り難う。そして、前半の台詞はいいとして、後半はどう言う意味かな?」
ルイトエリンは苦笑いしながら尋ねてくる。
彼らは異母兄弟だと言っていたから、それを気にしての質問かもしれない。けれども断じてそういう意味ではない。
「ケイルート様の言動には軽さが一切ありません。ルイト様は蝶のように舞い、蜂のように刺し、綿毛のようにすべてが軽いですから」
蝶のように云々は剣術への評価で、綿毛云々は私生活全般を指し示している。我ながら上手く表現できたと思う。
「くっくく、褒められているのか、貶されているのか、微妙な気持ちになる回答だ」
「そういう場合は自分にとって心地よい言葉のみを心に留めておけばいいと思いますよ」
「それは正論だ。でも、言った本人がそれ言うか? あっははは」
……そう言われたらそうだ。
「でも異母弟を褒めてくれて有り難う、ヴィア。兄として嬉しいよ」
ルイトエリンの表情から、異母弟を心から愛しているのが伝わってくる。
実はこの屋敷に来てから、正確にはケイルートに婚約者だと紹介されてからは『ヴィア』と彼から呼ばれている。
それにはちゃんとした理由があった。
『ヴィアちゃん、異母弟の前ではヴィアって呼んでもいいかな?あの子の前では格好つけたいんだ。ちゃん付けだとなんか軽い感じだから』
『構いませんよ、ルイト様』
『有り難う、ヴィア』
『さっそく練習ですね。受けて立ちます、ルイト様』
『……いや、受けて立たなくていいからね』
私が快諾した後は口調からも軽い感じが幾分削られているから、よほどケイルートのことを大切に思っているのだろう。
子供は周囲の環境から影響を受けるものだ。だから親は自分が悪いことをしていたとしても、それを子供には隠す。我が子に悪影響を及ぼすのを回避しようとするのだ。
本当なら自分が態度を改め手本となればいいのだが、大人になるとなかなか変われない。
だからこうして奥の手を使うのだ、我が子が大切だから。
――優しい嘘は温かいから嫌いじゃない。
意地悪な聖女も厄介な第一騎士団もいない三日間は楽しくて、あっという間に過ぎていく。
滞在最終日となる三日目にはケイルートが、大好きな兄と一緒に過ごすお茶の時間に私まで招いてくれた。
『将来、義姉上になるのですから』と言われて少々心苦しくもあったけれど、ルイトエリンも是非と言ってくれたので図々しくもお邪魔することにしたのである。
「オリヴィアさん、紅茶は口に合いますか? お菓子はどれがお好きですか?」
「凄く美味しい紅茶ですね。薔薇の香りがするものを初めて飲みました。甘いお菓子はどれも大好きです」
「じゃあ、全部食べてみてください。足りなかったら、侍女に頼んで持ってきて貰いますから遠慮しないでくださいね」
「有り難うございます、ケイルート様」
ケイルートは私の皿に自らお菓子を盛ってくれる。
一生懸命にもてなそうとする小さな紳士に、ルイトエリンと私は二人して目を細める。
うんうん、良い子だな。
屋敷の中にある応接室のひとつで私達は小さなお茶会を開いている。
少人数で使用する部屋なのでこじんまりとしていると説明されたが、十分過ぎるほど広かった。平民の感覚だと、軽く二十人ほどが寛げる空間だと思う。
侍女はお茶を淹れると、私達を残して部屋から出ていった。ルイトエリンが私が寛げるようにと気を遣って退出させたのだが、その配慮はとても有り難かった。
ライカン侯爵家で働いている人達はみな感じの良い人ばかりだけど、やはりそばで控えていると私は緊張してしまう。
「兄上もどうぞ」
「有り難う、ケイルート」
ケイルートはお菓子を載せた皿を兄に渡しながら私のほうを見てくる。あれは聞きたいことがありそうな顔だ。
子供に聞かれて困ることはない。しかし、彼はもじもじとして聞くのを躊躇っている。
「ケイルート様、聞きたいことがあったらなんでも聞いてくださいね」
「あの……、本当にいいですか?」
「もちろんです。子供が遠慮なんてしちゃ駄目ですよ」
ついでに任せなさいとばかりに胸を叩いて見せる。
「はい! では、オリヴィアさんは兄上のどんなところが好きなんですか?」
「えっ!? ゴホッ、ゴホッ……」
予想していなかった突然の質問に咽てしまう。
私とルイトエリンの婚約は身分の差があるため政略では無理があった。なので表向きは相思相愛となっている。ケイルートには大人の事情は伏せていたのに、騎士団の誰かが話したのだろう。
誰ですか?! 余計なことを耳に入れたのは……。
答えないわけにはいかなかった。だって期待している目で見つめられているから。
「俺の異母弟は天使だろ?」
騎士達とじゃれ合って遊んでいるケイルートを見ながら一人で悶えていると、隣から声が聞こえてくる。
横を向くと、薄らと額に汗をかいたルイトエリンがいた。
さっきまであっちにいたのにと思っていると、彼の手に薬草水が入ったコップが握られているのに気づく。どうやら水分補給に来たようだ。
彼は驚くほど俊敏に動く。副団長に抜擢されただけあって凄いんですねと以前褒めたら、口が軽い分、他の騎士達よりも身軽なのかもねと笑っていた。
『言っていることはおかしいですけど、なんか凄く分かります!』
前のめりになって私が返事をすると、彼は笑顔のまま固まった。
『いや、そこは否定していいよ。ヴィアちゃん』
『いえ、ルイト様の意見に同意します』
『……アリガトウ』
こんな会話を二人で交わしたものだ。
ルイトエリンが飲み干すと、まだ喉が渇いているようだったので、空いたコップに薬草水を注ぎ足した。
この薬草入りの水は私が考案したもので疲労回復効果がある。少しだけ薬草の香りがするが、味は普通の水と変わらないので第二の騎士達からは疲れが取れると好評だ。
どうでもいいことだが、第一の騎士達は貧乏くさいと言って飲まない。……別にいいけど。
「ええ、天使そのものですね。ルイト様の異母弟とは思えません」
「まずはお代わり有り難う。そして、前半の台詞はいいとして、後半はどう言う意味かな?」
ルイトエリンは苦笑いしながら尋ねてくる。
彼らは異母兄弟だと言っていたから、それを気にしての質問かもしれない。けれども断じてそういう意味ではない。
「ケイルート様の言動には軽さが一切ありません。ルイト様は蝶のように舞い、蜂のように刺し、綿毛のようにすべてが軽いですから」
蝶のように云々は剣術への評価で、綿毛云々は私生活全般を指し示している。我ながら上手く表現できたと思う。
「くっくく、褒められているのか、貶されているのか、微妙な気持ちになる回答だ」
「そういう場合は自分にとって心地よい言葉のみを心に留めておけばいいと思いますよ」
「それは正論だ。でも、言った本人がそれ言うか? あっははは」
……そう言われたらそうだ。
「でも異母弟を褒めてくれて有り難う、ヴィア。兄として嬉しいよ」
ルイトエリンの表情から、異母弟を心から愛しているのが伝わってくる。
実はこの屋敷に来てから、正確にはケイルートに婚約者だと紹介されてからは『ヴィア』と彼から呼ばれている。
それにはちゃんとした理由があった。
『ヴィアちゃん、異母弟の前ではヴィアって呼んでもいいかな?あの子の前では格好つけたいんだ。ちゃん付けだとなんか軽い感じだから』
『構いませんよ、ルイト様』
『有り難う、ヴィア』
『さっそく練習ですね。受けて立ちます、ルイト様』
『……いや、受けて立たなくていいからね』
私が快諾した後は口調からも軽い感じが幾分削られているから、よほどケイルートのことを大切に思っているのだろう。
子供は周囲の環境から影響を受けるものだ。だから親は自分が悪いことをしていたとしても、それを子供には隠す。我が子に悪影響を及ぼすのを回避しようとするのだ。
本当なら自分が態度を改め手本となればいいのだが、大人になるとなかなか変われない。
だからこうして奥の手を使うのだ、我が子が大切だから。
――優しい嘘は温かいから嫌いじゃない。
意地悪な聖女も厄介な第一騎士団もいない三日間は楽しくて、あっという間に過ぎていく。
滞在最終日となる三日目にはケイルートが、大好きな兄と一緒に過ごすお茶の時間に私まで招いてくれた。
『将来、義姉上になるのですから』と言われて少々心苦しくもあったけれど、ルイトエリンも是非と言ってくれたので図々しくもお邪魔することにしたのである。
「オリヴィアさん、紅茶は口に合いますか? お菓子はどれがお好きですか?」
「凄く美味しい紅茶ですね。薔薇の香りがするものを初めて飲みました。甘いお菓子はどれも大好きです」
「じゃあ、全部食べてみてください。足りなかったら、侍女に頼んで持ってきて貰いますから遠慮しないでくださいね」
「有り難うございます、ケイルート様」
ケイルートは私の皿に自らお菓子を盛ってくれる。
一生懸命にもてなそうとする小さな紳士に、ルイトエリンと私は二人して目を細める。
うんうん、良い子だな。
屋敷の中にある応接室のひとつで私達は小さなお茶会を開いている。
少人数で使用する部屋なのでこじんまりとしていると説明されたが、十分過ぎるほど広かった。平民の感覚だと、軽く二十人ほどが寛げる空間だと思う。
侍女はお茶を淹れると、私達を残して部屋から出ていった。ルイトエリンが私が寛げるようにと気を遣って退出させたのだが、その配慮はとても有り難かった。
ライカン侯爵家で働いている人達はみな感じの良い人ばかりだけど、やはりそばで控えていると私は緊張してしまう。
「兄上もどうぞ」
「有り難う、ケイルート」
ケイルートはお菓子を載せた皿を兄に渡しながら私のほうを見てくる。あれは聞きたいことがありそうな顔だ。
子供に聞かれて困ることはない。しかし、彼はもじもじとして聞くのを躊躇っている。
「ケイルート様、聞きたいことがあったらなんでも聞いてくださいね」
「あの……、本当にいいですか?」
「もちろんです。子供が遠慮なんてしちゃ駄目ですよ」
ついでに任せなさいとばかりに胸を叩いて見せる。
「はい! では、オリヴィアさんは兄上のどんなところが好きなんですか?」
「えっ!? ゴホッ、ゴホッ……」
予想していなかった突然の質問に咽てしまう。
私とルイトエリンの婚約は身分の差があるため政略では無理があった。なので表向きは相思相愛となっている。ケイルートには大人の事情は伏せていたのに、騎士団の誰かが話したのだろう。
誰ですか?! 余計なことを耳に入れたのは……。
答えないわけにはいかなかった。だって期待している目で見つめられているから。
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