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54.答え合わせ③
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リアテオルは事の次第を説明してくれた。
礼儀正しい彼は、己の不在の時に第一騎士団に挨拶に来た黒き薬師のもとに自ら出向いていた。すると、私が口ずさんでいる子守唄を扉越しに聞いて衝撃を受けたそうだ。
あれは一般的なものだけど、歌詞の一部を母が変えていた。それは家族しか知らないことで、もしやと思ったらしい。
しかし、それならば私以外にも生まれ変わりの候補はいることになる。なぜ姉である私に限定したのかと問えば『音痴だったから』と真顔で言われた。
…………そう。
とても微妙な気持ちになった。
この段階ではまだ半信半疑だったらしい。
その後、私が彼の元に挨拶に行き、扉を叩く時の間の空け方や、ちょっとした仕草とか全てが前世の私と同じだったので確信したそうだ。
思い返せばあの時、彼は碌に返事もせず背を向けた。なんて失礼な人だと私は憤慨していたが、今なら分かる。……きっとむせび泣いていたのだ。
「ごめんね、テオ。気づいてあげられなくて」
騎士団内の差別意識や、薬師を強引な手段で排除した聖女を危惧して、彼はわざと辛く当たり私を追い出そうとしていた。
それでも、言葉の端々にヒントはあった。行き遅れだとか、相変わらず下手とか、無意識に私に気づいてもらおうとしていたのかもしれない――姉失格だ。
……でも失礼だよ、テオ。
「姉ちゃんよりも俺のほうが一枚上手だっただけだ。はっはは、そこは悔しがるところだよ」
私が少し落ち込んでいるのを察して、彼はわざと生意気な言い方をしてくる。こういうところも変わっていないなと思いながら、私はその優しさに甘える。
「まったく生意気ね、弟のくせに」
「ああ、年上になったけど俺はずっと姉ちゃんの弟だ」
「当たり前。なにがあろうと、リアテオルは私の可愛い弟よ」
私が昔のように彼の頭をポンポンと優しく撫でると、彼は照れながら『よしてくれ』と口では言っていたけれど、実際に止めることはなかった。
そんなことをしていると、リアテオルがなにか言いたげな目をしていることに気づく。
「なあに? テオ」
「その、あー、あれだ。ライカン副団長とのことなんだが……。姉ちゃん、本気なんだろ?」
真っ赤になって聞いてくるのは止めて欲しい。姉の恋愛事情を聞くのは照れくさいのは分かるけど、答えるほうまで恥ずかしくなってしまう。
暫く二人でもじもじしていていたが、私も勇気を出すことにした。
「うん。婚約は私を守るための偽りなんだけど、自然と惹かれていったかな……。でも、どうして分かったの?」
「ずっと姉ちゃんだけを目で追っていたからな。そして、ライカン副団長も姉ちゃんに好意を抱いている。まあ、あっちは一目瞭然だったから」
私と違って、なかなか鋭い弟だと感心する。
「それでだ。姉ちゃん、俺の養女にならないか?」
「いきなりなにを言うの?!」
突然の申し出に驚きを隠せない。今の私とリアテオルは中身はどうあれ、実際は他人でしかない。でも、正式に家族になるなんて考えてもいなかった。
驚く私に構うことなく、彼は話を進める。
「ライカン侯爵家は問題を抱えている。本当なら結婚を勧めたいとは思わない。だが、姉ちゃんが本気なら俺は応援する。それにライカン副団長自身はいい奴だしな。以前のあいつの軽さはどうかと思っていたが、今の彼を見ているとあれは演技だったんだと分かる。だから、俺が後ろ盾になる。貴族が偉いとは思わないが、その肩書は姉ちゃんを守ってくれるはずだ」
リアテオルは先のことを案じてくれていたのだ。
平民と貴族の結婚は認められているとは言っても、実際には上手くいかないものだ。さらに私は孤児で、歓迎される要素はひとつもない。
彼からは強い意志を感じる。たぶん、ルイトエリンのことがなかったとしても、私を養女にしようとしたと思う。
――今世での私を守るために。
孤児と伯爵令嬢では雲泥の差がある。
「ならないわ」
「もし俺と親子という形に抵抗があるなら、引退した養父に頼んで俺の妹という形で――」
「それも駄目よ」
きっぱりと断っても、リアテオルは納得しなかった。焦ることはない、ゆっくり考えて欲しいと頼んでくる。
どんなに時間を掛けても私の返事が変わることは絶対にない。
「私を養女として引き取ったら周囲から勘ぐられるわ。愛人を囲ったとね」
実際に世の中にはそういうことがある。孤児院にいた時、金持ちの助平爺達は私を養女という名の愛人にしようとした。
真実がどうだろうとも、周りからどう見えるかで事実は決まってしまう。
「妻にはちゃんと説明するから大丈夫だ。彼女なら分かってくれる」
「頭がおかしいと思われて拗れるだけよ」
突き放すようにそう言っても、彼は引き下がろうとはしない。
彼の妻がどういう人かは知らないけれど、弟が選んだ人なのだから素晴らしい人なんだと思う。もしかしたら、信じられないこの話を理解してくれるかもしれない。
それでも、周囲の人達からどう見られようが構わないとは思えない。傷つくのは弟が大切にしている今の家族だ。彼の築いてきた幸せを壊したくない。
――前世では守れなかったからこそ、今世では弟を守りたかった。
礼儀正しい彼は、己の不在の時に第一騎士団に挨拶に来た黒き薬師のもとに自ら出向いていた。すると、私が口ずさんでいる子守唄を扉越しに聞いて衝撃を受けたそうだ。
あれは一般的なものだけど、歌詞の一部を母が変えていた。それは家族しか知らないことで、もしやと思ったらしい。
しかし、それならば私以外にも生まれ変わりの候補はいることになる。なぜ姉である私に限定したのかと問えば『音痴だったから』と真顔で言われた。
…………そう。
とても微妙な気持ちになった。
この段階ではまだ半信半疑だったらしい。
その後、私が彼の元に挨拶に行き、扉を叩く時の間の空け方や、ちょっとした仕草とか全てが前世の私と同じだったので確信したそうだ。
思い返せばあの時、彼は碌に返事もせず背を向けた。なんて失礼な人だと私は憤慨していたが、今なら分かる。……きっとむせび泣いていたのだ。
「ごめんね、テオ。気づいてあげられなくて」
騎士団内の差別意識や、薬師を強引な手段で排除した聖女を危惧して、彼はわざと辛く当たり私を追い出そうとしていた。
それでも、言葉の端々にヒントはあった。行き遅れだとか、相変わらず下手とか、無意識に私に気づいてもらおうとしていたのかもしれない――姉失格だ。
……でも失礼だよ、テオ。
「姉ちゃんよりも俺のほうが一枚上手だっただけだ。はっはは、そこは悔しがるところだよ」
私が少し落ち込んでいるのを察して、彼はわざと生意気な言い方をしてくる。こういうところも変わっていないなと思いながら、私はその優しさに甘える。
「まったく生意気ね、弟のくせに」
「ああ、年上になったけど俺はずっと姉ちゃんの弟だ」
「当たり前。なにがあろうと、リアテオルは私の可愛い弟よ」
私が昔のように彼の頭をポンポンと優しく撫でると、彼は照れながら『よしてくれ』と口では言っていたけれど、実際に止めることはなかった。
そんなことをしていると、リアテオルがなにか言いたげな目をしていることに気づく。
「なあに? テオ」
「その、あー、あれだ。ライカン副団長とのことなんだが……。姉ちゃん、本気なんだろ?」
真っ赤になって聞いてくるのは止めて欲しい。姉の恋愛事情を聞くのは照れくさいのは分かるけど、答えるほうまで恥ずかしくなってしまう。
暫く二人でもじもじしていていたが、私も勇気を出すことにした。
「うん。婚約は私を守るための偽りなんだけど、自然と惹かれていったかな……。でも、どうして分かったの?」
「ずっと姉ちゃんだけを目で追っていたからな。そして、ライカン副団長も姉ちゃんに好意を抱いている。まあ、あっちは一目瞭然だったから」
私と違って、なかなか鋭い弟だと感心する。
「それでだ。姉ちゃん、俺の養女にならないか?」
「いきなりなにを言うの?!」
突然の申し出に驚きを隠せない。今の私とリアテオルは中身はどうあれ、実際は他人でしかない。でも、正式に家族になるなんて考えてもいなかった。
驚く私に構うことなく、彼は話を進める。
「ライカン侯爵家は問題を抱えている。本当なら結婚を勧めたいとは思わない。だが、姉ちゃんが本気なら俺は応援する。それにライカン副団長自身はいい奴だしな。以前のあいつの軽さはどうかと思っていたが、今の彼を見ているとあれは演技だったんだと分かる。だから、俺が後ろ盾になる。貴族が偉いとは思わないが、その肩書は姉ちゃんを守ってくれるはずだ」
リアテオルは先のことを案じてくれていたのだ。
平民と貴族の結婚は認められているとは言っても、実際には上手くいかないものだ。さらに私は孤児で、歓迎される要素はひとつもない。
彼からは強い意志を感じる。たぶん、ルイトエリンのことがなかったとしても、私を養女にしようとしたと思う。
――今世での私を守るために。
孤児と伯爵令嬢では雲泥の差がある。
「ならないわ」
「もし俺と親子という形に抵抗があるなら、引退した養父に頼んで俺の妹という形で――」
「それも駄目よ」
きっぱりと断っても、リアテオルは納得しなかった。焦ることはない、ゆっくり考えて欲しいと頼んでくる。
どんなに時間を掛けても私の返事が変わることは絶対にない。
「私を養女として引き取ったら周囲から勘ぐられるわ。愛人を囲ったとね」
実際に世の中にはそういうことがある。孤児院にいた時、金持ちの助平爺達は私を養女という名の愛人にしようとした。
真実がどうだろうとも、周りからどう見えるかで事実は決まってしまう。
「妻にはちゃんと説明するから大丈夫だ。彼女なら分かってくれる」
「頭がおかしいと思われて拗れるだけよ」
突き放すようにそう言っても、彼は引き下がろうとはしない。
彼の妻がどういう人かは知らないけれど、弟が選んだ人なのだから素晴らしい人なんだと思う。もしかしたら、信じられないこの話を理解してくれるかもしれない。
それでも、周囲の人達からどう見られようが構わないとは思えない。傷つくのは弟が大切にしている今の家族だ。彼の築いてきた幸せを壊したくない。
――前世では守れなかったからこそ、今世では弟を守りたかった。
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