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57.限りある愛しい時間②

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私を抱きしめる彼の腕に少しだけ力が籠もったので、なにかあったのかと思って見上げると、口元を緩めている彼と目があう。

「ルイヴィアか……。子供が生まれると、父親と母親の名前の一部を取って名付けることもあるが、この果物があるからルイヴィアは無理だな」
「……で、でも、美味しそうな名前も可愛くて良いと思いますよ」

――一瞬ドキッとした。

でも、気づいたら私は返事をしていた。彼があまりにも自然に話すから、引きずられてしまったのだと思う。

 ……落ち着け、私の心臓よ。

あの果物の名がルイテオだったとしても、たぶんルイトエリンは『俺とテオの子供が生まれたら、この名前は無理だな』と茶化してたはずだ。
この会話に深い意味はないと自分に言い聞かせていると、私の顔に影ができる。彼が覗き込んでいた。


「母親がいつも涎を垂らしながら呼ぶのはさすがにまずいだろ? ヴィア」

口角を上げたルイトエリンが、私をからかってくる。

 そんなことはしませんよっ、……たぶん。

言い切れないのが私の残念なところである。
けれど、『その通りですね』と認めるのも癪なので、当たり障りのない返事を返して、大人の余裕と見せることにした。

「ルイト様、子供は食べ物ではありませんよ」
「じゃあ、飲み物かな?」
「……えっと、そうですね。小さいので食べる部分は少ないですが、フレッシュな生き血とか最高で……」

 ……あれれ……?? 

私はいったいなにを言ってるのだろうか。とてつもない間違いを犯している気がするのだが……。 

唸りながら首を傾げていると、ルイトエリンが『続けて、ヴィア』と笑いながら催促してくる。

その表情を見てハッとしてから、すかさずキィっと睨みつける。 

「――なんて思ってませんから!! ルイト様、なにを言わせるんですかっ。危うく生まれる前の子を食料扱いする鬼畜になるところでしたよ」

久しぶりの彼の軽口に不覚にもつられてしまった。
これから子供を産むことがあるかどうかは未定だけれども、もし恵まれたら可愛い我が子を食べる予定はない。ちゃんと愛情を込めて育てるつもりだ。

「はっはは、元気が出たな」

彼は頬を膨らませて抗議する私を嬉しそうに見つめている。考えごとをしている私を心配して、わざとこんな会話を振ってきたのだと理解する。

私を手のひらで転がすルイトエリン。でも、その温かい手の居心地は悪くなかった。

彼は風に吹かれて舞う私の髪を直しながら、柔らかい笑みを浮かべる。
この笑顔を彼が見せるのは、私だけだと最近気づいた。


「どんなヴィアも素敵だけど、賑やかなヴィアを見るのはやっぱりいいな」

そしてまた、彼は言葉で包み込んでくる。彼の優しさに限界はないのだろうか――……きっと、ないと思う。


「でも、煩いですよ。それに怒っている私は素敵じゃないと思います。孤児院では『鬼ヴィア』と言われたこともありますから」

照れ隠しもあるけど、嘘を吐いたわけではない。掃除当番をサボっている子を注意したら、そんなふうに陰口を叩かれていた。
あの時は私も幼かったから悲しく仕方がなかったけれど、今思えば子供なのに上手いこと言ってきたなと感心する。


「くっくく、こんな可愛い鬼がいるなんて最高だな。啖呵を切るヴィアも、薬草水で第一の奴らを再起不能にするヴィアも、寝ながら食べるヴィアも、俺は全部好ましいと思っている」
「ふふ、歌が少しだけ下手でもですか?」
「もちろんだ、ヴィア。だが、少しじゃないぞ」

 …………。

彼に合わせて何気なく軽口を叩くと、彼はきっぱりと修正を入れてきた。彼はどんな不正も許さないようだ。間違ってはいない、だけどそこは見逃して欲しかった。

 優しさに限界はあったようだ……。


「そこは訂正しなくてもいいですよ、ルイト様」

私が拗ね口調で言うと、彼は目を細めて『そんな素直な反応も好きだな』と聞こえるように呟く。

彼は自分の気持ちを押し付けたりはしてこない。でも、他愛もない会話の中でさらりと想いを紡いでくる。


――言葉を惜しんだりもしない。


ただ待っているようだけど、意外と策士なのかもしれない。蜘蛛のように見えない糸を張り巡らせ、私の心をしっかりと絡め取っていくのだから。


 
蜘蛛に捕食される虫は蜘蛛の巣に掛かったら恐怖を感じるだろう。では、私はどうだろうか。

このまま流されるように、彼の想いに包み込まれてしまいたいとも思っている。でも、底なし沼に嵌まるように身動きできず、この先のことを考えられなくなると思うと怖くもある。

今の私は虫と同じなのだろうか――それは否だ。
巣に掛かることを望む虫はいないけれど、私はたぶん望んでいるから。

 
 ……私は思っていた以上に彼を愛してしまっている。


ただ、こんな愛情を向けられるのは初めてで――前世で知っている家族愛とは同じではないから――上手く心がついていかない。そんな自分がもどかしくもあった。

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