母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

第3章 3 兄と弟

「お願いです…ハインリヒ様。どうかこのままカール様に乱暴なさらず、この部屋を立ち去って頂けないでしょうか…？お願い致します…」

スカーレットは震えながらもハインリヒに懇願した。スカーレットはハインリヒが恐ろしくてたまらなかったが、それ以上に恐ろしかったのが腕の中に抱きしめたカールがぐったりして全くの無反応な事であった。

（どうしよう…！カール様は私を助けようとハインリヒ様にたてついて、酷い目に…！全ては私のせいだわ…！）

だからこそスカーレットは必死で恐怖と戦いながらハインリヒに懇願する。するとハインリヒは言った。

「お前、この屋敷の使用人のくせに随分生意気な態度を取るな？」

ハインリヒはカールを抱きしめたまま必死で頭を下げるスカーレットを見下したように言う。

「い、いいえ…わ、私は使用人ではありません。私はカール様の家庭教師としてこの屋敷に呼ばれているのです」

スカーレットは震えながらも何とか答える。それを見たハインリヒは舌打ちすると言った。

「そんなに震えているのに、何て生意気な女だ。だがな！カールは気に食わん！もっと殴らない事には俺の気が収まらないんだよっ！」

ハインリヒは大声で叫ぶように言う。その言葉はスカーレットを震え上がらせらたが、それでもカールの為にスカーレットは勇気を振り絞ると言った。

「ど、どうかお許し下さい。カール様は…まだたった10歳のお子様なのです。お願い致します…」

必死でスカーレットは頭を下げると、ハインリヒの態度が少し軟化した。

「そうか。お前はどうしてもカールを見逃して欲しいのか？」

「は、はい。そうです」

「ならお前が俺の相手をしてくれれば見逃してやるよ。カールを床に置いてこっちへ来いよ。」

ハインリヒはニヤニヤと下卑た笑いをしながらスカーレットに命じる。

「は、はい…」

スカーレットは抱きしめていたカールをそっと床に降ろすと、震えながらハインリヒに近付く。すると突然ハインリヒはスカーレットに飛びかかり、床に押し倒した。

「！」

途端に蘇って来るあの時の恐怖。

「イヤアアアッ！！」

スカーレットが叫んだ瞬間―。

「何だっ？！今の悲鳴はっ？！カール！」

そこへたまたま近くを歩いていたアリオスが悲鳴を聞きつけて部屋の中に飛び込んできた。そして涙にぬれたスカーレットがハインリヒの手によって無理やり床の上に押し倒されている姿を見ると顔色を変えた。

「ハインリヒッ！何をしているのだっ！」

「チッ！何だ兄さんか…生意気な使用人に誰がこの屋敷の主か身体で分らせようとしていただけだ！使用人をどうしようと俺の勝手だろう？！」

「やめろっ！！」

アリオスは無理矢理ハインリヒをスカーレットから引きはがすと、思い切り彼を殴りつけた。

「うっ！」

激しく殴られたハインリヒは小さく呻くとアリオスを睨み付けた。

「何をするんだっ！」

しかしアリオスはそれには答えず、床に倒れて震えるスカーレットから少しだけ距離を取ると尋ねた。

「大丈夫だったか？スカーレット」

「は、はい…だ、大丈夫…です。アリオス様…」

スカーレットは涙を拭いながら何とか返事をする。それを見たアリオスは再びハインリヒを睨み付けると怒りを抑えた口調で言った。

「ハインリヒ、誰が夏季休暇にこの屋敷に帰って来いと言った？」

「は？何言ってるんだ？兄さん。夏季休暇に入ったのだから家に帰って来るのは当然だろう？ここは俺の家なんだから」

ハインリヒはおどけた様に肩をすくめると言った。

「黙れハインリヒッ！お前と言うやつは学校で問題ばかり起こして…お前はこの誉れ高いチェスター家の恥さらしだっ！さっさと荷物をまとめて寄宿舎へ戻れっ！」

「ふざけるなよっ！汽車に１日揺られてやっと帰宅してきたと思えば、いきなり帰れだとっ？！」

「ああ、そうだ！ここはお前のような男が帰って来ていい場所じゃないっ！今すぐに寄宿舎へ帰らなければもっと極寒の地にある寄宿舎に放りむぞっ！」

「く・・・っ！お、覚えてろよっ！」」

ハインリヒはそれだけ言い残すと逃げるように走り去って行った―。