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4-1 朱莉と琢磨

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年が明けた1月2日―

「マロン、暴れないで。身体洗えないから。」

今朱莉は新しく家族に迎えたトイ・プードルの子犬のシャンプーの真っ最中だった。
朱莉は仔犬の名前を『マロン』と名付けた。それは犬の毛並みが見事な栗毛色をしていたからである。
ブリーダーの女性に名前と由来を説明したところ、とても素敵な名前ですねと褒めて貰えたのも凄く嬉しかった。

「はい、マロンちゃん。いい子にしていてね~。」

朱莉は大きな洗面台にマロンを乗せ、お湯の温度を自分の腕に当てて計ってみる。

「うん、これ位でいいかな?」

マロンはつるつる滑る洗面台の上が怖いのか、さっきまで暴れていたが、今は大人しくしている。

シャワーの水量を弱くして、そっとマロンに当てると、最初ビクリとしたが余程気持ちが良かったのか、途中で目をつぶって幸せそうな?顔でじっとしている。

「そう、良い子ね~マロンちゃん。」

朱莉は愛しむようにマロンの身体にシャワーを当てて、シャンプーで泡立てて綺麗に洗ってあげる。マロンはじっと目を閉じて、されるがままになっている。
丁寧にシャンプーを長し、ドライヤーで乾かしてあげるとフカフカで、それは良い匂いが仔犬から漂っている。

「ふふ・・。なんて可愛いんだろう・・・。」

マロンを抱き上げ、朱莉は幸せそうに笑みを浮かべた。マロンが朱莉の家にやって来たのは年末が押し迫った時期だった。
毎年、年末年始は朱莉は狭いアパートで一人ぼっちで過ごしていたが、今年は違う。
広すぎる豪邸に・・・大切な家族の一員となった仔犬のマロンが一緒に過ごしてくれているのだ。
私って・・・多分恵まれて・・・・いるんだよね・・?

マロンを相手に遊びながら、朱莉は翔と明日香の事を思った。

(翔さんと明日香さんは・・・どうやって年末年始を過ごしているんだろう・・・。もう少しあの2人と交流が出来ていれば、おせち料理の御裾分け出来たのにな・・・。)

朱莉はテーブルの上に並べらた1人用のお重セットをチラリと見た。
母親が病気で入院する前は、毎年母親と二人でおせち料理を作って食べていた朱莉は1人暮らしになってからも、お煮しめや田作り、栗きんとんに伊達巻、黒豆、数の子は最低限作るようにしていたのである。
長年作り続けていたので節料理の腕前も上がり、勤め先の缶詰工場の社長夫妻に家におせちを届けていた事もあり、喜ばれていた。

「でも・・・あの2人は美味しい料理を食べ慣れているだろうから・・私のおせち料理は口に合わないかもね。」

ポツリと寂しそうに朱莉は言った。

その時・・・突然朱莉のスマホに着信を知らせるメールが入った。

「誰からかな・・・。え?九条さん?一体どうしたんだろう・・・?」

スマホをタップしてメッセージを表示させた。


『新年あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い致します。実は今近くまで来ております。よろしければこれからご一緒に初詣に行きませんか?』

「初詣・・・。」

(そう言えば、1人暮らしを始めてからは・・日々の生活に追われて、初詣事態を忘れていたっけ・・・。)

琢磨が朱莉を初詣に誘ったのは、恐らく翔に何か頼まれたのだろう。
マロンのシャンプーを終えたばかりだったので、外に連れ出すのは気が引けたが、キャリーバッグに入れてあげれば良いだろう。

『分かりました。初詣、御一緒させて下さい。』

それだけメッセージを打つと、すぐに返信されてきた。

『それでは今から1時間後に億ションの外で待っております。』

メッセージを受け取った朱莉は時計を見た。時刻は午後1時になったばかりである。
朱莉はマロンを床に降ろすと寝室へ行き、出掛ける準備を始めた—。



1時間後―

朱莉がキャリーバッグを肩から下げて億ションから出て来ると既に琢磨が外で立って待っていた。
琢磨は朱莉に気付くと、ペコリと頭を下げてきた。

「新年あけましておめでとうございます。お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。」

朱莉は深々と琢磨に頭を下げた。

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。ですが・・・。」

琢磨は頭を上げると言った。

「はい?」

「それ程待ってはおりませんので気になさらないで下さい。」

琢磨は笑顔で答えた。そして、すぐに朱莉が肩から下げている大きなバックに気が付いた。

「あの・・朱莉さん。随分大きな荷物をお持ちの様ですね。」

「はい・・・。実は・・ペットを連れてきてしまいました・・・。あの、実はご連絡を頂いた時に・・・既にシャンプーを終わらせていて。それで一人ぼっちで残していくのはかわいそうで・・・あの、事前にお伝えせずに勝手に連れて来てしまい、申し訳ございませんでした。」

そして深々と頭を下げる。

「そんな。どうか気になさらないで下さい。ところで・・・このキャリーバックの中・・・見せて頂いても宜しいでしょうか?いや・・・実は私も犬が好きでして・・・。」

琢磨は頭に手をやると恥ずかしそうに言った。

「ええ。どうぞ。」


生垣にキャリーバックを置き、ジッパーを開けると、中には気持ちよさそうに眠っているマロンがいた。

「え?!嘘・・・寝てる?さっきは起きていたのに・・・。」

「アハハハ・・・。とても可愛い犬ですね。これは・・トイ・プードルですね?」

琢磨は中を覗き込みながら尋ねた。

「はい、初心者でも飼いやすいと書いてあったので・・。毛もあまり抜け落ちないし、匂いも少ないそうなんです。」

「ああ・・・確かにとても良い匂いがしますね・・・。これも朱莉さんが一生懸命お世話をしている証拠ですね?でも、これなら・・・きっと・・・。」

琢磨が何やら意味深な事を呟いた。

「え?きっと・・・何ですか?」

「いえ、何でもありません。ところで朱莉さん。いくら仔犬と言っても女性が持つには重いですよ。私が運びますから。」

そう言うと、琢磨はキャリーバックを肩から下げてしまった。

「あ、でも・・・それではご迷惑では・・・。」

「いえ、そんな事はありません。では行きましょうか?」

琢磨に促され、朱莉は頷いた。

歩く道すがら、琢磨が朱莉に尋ねて来た。

「ところで・・・犬の名前は何と言うんですか?」

「はい、マロンていいます。」

「マロンですか・・・。あ、もしかしたら栗から取りましたね?」

琢磨は笑みを浮かべて言った。

「はい、栗毛色の可愛らしい子犬だったので。」

「あ、この間は動画送って頂きまして有難うございます。副社長・・・喜んでおられましたよ?」

久しぶりに翔の話を聞き、朱莉はつい尋ねていた。

「あ、あの・・・翔さんは・・・年末年始はどう過ごされているのでしょうか・・・?」

「あ・・・どうなんでしょうねえ・・・。ほら、私と副社長は同じオフィスルームで仕事をしているじゃないですか。しかも1年中一緒にいるので、年末年始だけは仕事の事を忘れる為にお互いに連絡はなるべく取り合わないようにしているんですよ。」

(自分で言っておきながらよくもまあペラペラと嘘を平気で並べられるものだな)

琢磨は我ながら自分の嘘に感心していた。

「そうですか・・・。実は・・おせ料理を作ったので、翔さんや明日香さんにも食べて頂けたらなと思いまして・・・。」

朱莉の寂しそうな横顔を見て琢磨の胸はズキリと痛んだ。

(全く翔の奴め・・・・本来、朱莉さんを誘うのは俺ではなくお前のはずだろう?!明日香ちゃんよりも朱莉さんの方がずっと気立ても良くて女性らしいのに・・・。)

琢磨は心の中で翔に文句を言いながら朱莉に言った。

「それでは、初詣の終わった後・・・もしよろしければ副社長の代わりに私がおせちを頂いて帰っても宜しいでしょうか?」

「え、ええ・・。それは勿論構いませんが・・・私なんかの作ったおせちで宜しいんですか?」

「はい、どうも男の1人暮らしだと、中々おせちを食べると言う事もありませんので・・・是非ご相伴に与らせて下さい。」

そして琢磨は笑みを浮かべた—。



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