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第2章 京極正人 1

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 10月某日 午後2時―

 京極正人の姿が羽田空港に現れた。

「久しぶりの日本だな・・・。」

サングラスを掛けた京極はポツリと呟いた。

 4年前のあの日・・・飯塚咲良による姫宮静香の殺傷事件の後、京極は会社を二階堂に託し、1人海外へ渡航した。そして約4年の間・・京極は世界各地を放浪し・・・本日羽田空港へと降り立った。何故、今回日本に帰国する事になったのか・・それは京極が思いを寄せていた女性、朱莉が鳴海グループ総合商社の次期社長に任命された各務修也と結婚する事を知ったからであった―。

 サングラス姿にラフなジャケットを羽織った京極は以前とはまるで雰囲気が変わっていた。3年もの間、海外で放浪生活をしていただけの事があり、ある種独特な箔が付いていた。

「・・・・。」

京極の荷物は小さなトランクケース1つのみ。残りの荷物は全て新居に送っていた。そして・・京極の新しい新居は東京都の葛飾区にある、2LDKのマンションであった。

「さて、行くか・・・。」

京極は荷物を持つと、タクシー乗り場へと向かった。


「お客様、どちらまで行かれますか?」

タクシーに乗ると中年男性の運転手が声を掛けてきた。

「東京拘置所までお願いします。」

その言葉を聞いたタクシー運転手は肩をピクリとさせ・・ゆっくり振り向くと京極に尋ねた。

「あの・・もう一度お尋ねしますが・・・どちらまででしょうか?」

「ええ、東京拘置所です。」

京極は再度答えた―。

****


 京極は4年前からずっと月に1度、東京拘置所にいる飯塚に手紙を書いて送っていた。それは・・全て謝罪の手紙であった。京極は責任を感じていたのだ。自分が飯塚を煽った事で、静香に姫宮に対する憎悪を募らせ・・ついには刺傷事件を起こすまでに至った経緯は全て自分にあると思っていた。なので世界中・・何所にいても一度たりとも飯塚の事を忘れたことは無かった。常に罪悪感にさいなまされていたのだった。そして今回・・朱莉が結婚する話を姫宮からの連絡で知り、日本に帰国するに至ったのだった。
 姫宮からの連絡を貰った時、京極はインドネシアにいた。そこで小さなIT会社を設立し、15人の現地の人間を雇って経営を行っていた。そして今後は少しずつ日本でも従業員を雇っていく予定なのである。


 タクシーの中でウトウトしていた京極は不意にタクシー運転手に声を掛けられた。

「あの・・お客様。着きましたが・・・。」

「あ、ああ・・・ありがとう。」

京極は目をこすりながら礼を述べると多めに運賃を支払い、タクシーから降りたった


「さて・・・彼女は俺に・・会ってくれるかな・・。」

京極は呟くと、東京拘置所へ向かって歩き始めた―。



****

「こちらでお待ち下さい。」

面会室に案内された京極は飯塚が現れるのをじっと待った。そして約10分後・・女性刑務官に連れられて飯塚は現れた。

「飯塚さん、お久しぶりですね。」

京極は立ち上がって飯塚に挨拶をしたが・・飯塚の瞳は何所か虚ろだった―。


「・・何しに来たんですか・・?」

4年ぶりに再会した飯塚は・・・髪を後ろで1つに束ね、化粧っ気のない地味な姿であった。

「手紙にも書きましたよね?この度・・日本に帰国したので・・飯塚さんに会いに来たんです。」

「・・気が知れませんね。」

飯塚はぶっきらぼうに言う。

「そうでしょうか?」

「ええ、そうですよ。私は貴方の大切な妹を傷つけた本人ですよ?その私に謝罪の手紙を毎月送り付け・・挙句に面会にまで来るなんて。今まで弁護士以外は誰一人として来てくれたことは無かったのに・・。」

「飯塚さん・・・。」

「とにかく・・・帰って下さい。・・はっきり言って迷惑なんですよ。」

それだけ言いうと、飯塚は女性刑務官に言った。

「もう、戻ります。つれていって下さい。」

そして席を立って背中を向けた。

「また来ますよ。」

京極は飯塚に声を掛けたが・・彼女からの返事は貰えなかった―。


****

 小菅駅から徒歩5分程のマンション。ここに京極が住むことに決めたのは・・ある理由があった。それは妹の姫宮を差した飯塚咲良が収監されていたからであった。
京極は決めていた。飯塚の刑期は後数カ月で仮釈放されると言う。

飯塚が仮釈放されるまでは・・出来るだけ面会に訪れよう・・・
京極は心に決めていたのだった―。


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