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マルセルの章 ⑳ 君に伝えたかった言葉
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「イングリットと君の事情は良く分かった。とりあえず、今夜はもう遅いから話はここまでにしよう。また改めて話をさせて頂くことにしようか」
「え?また改めて…って…?」
何やらレイモンド氏の口から背筋が寒くなるような言葉が出てきた。
「ええ、そうね。この方のご両親にも一度会ってきちんと話をしないとならないわ」
「何ですって…?」
俺の両親に会って話をするだと?!冗談じゃないっ!どうやら盛大な勘違いをされているようだ。何とかこの場で訂正しないと…!
「あ、あのですね…私と御令嬢は…」
その時―
コンコン
部屋にノックの音が響き渡った。
「誰だ?」
レイモンド氏が返事をする。
「旦那様、ブライアン様からお電話が入っております」
扉の外から声が聞こえる。
「分かった、すぐに出よう」
レイモンド氏が返事をする。
「え?!ブライアンからっ?!」
何というタイミングだろう。するとレイモンド氏が俺を見ると言った。
「彼にはきちんと話をつけておくので、今夜は一旦帰って貰えないか?」
話をつける?一体何の話をつけるんだ?
「し、しかし…」
「何かねっ?!」
眼光鋭く睨まれ、言葉につまる。
「い、いえ…そ、それでは失礼致します…」
俺は立ち上がって挨拶をした。レイモンド氏はうなずくと足早に部屋を出て行く。
そして部屋に残される俺とジョセフィーヌ夫人。
「マルセル様…でしたかしら?」
「は、はい…」
「出口までお見送りさせて頂くわ」
ジョセフィーヌ夫人はニコリと笑みを浮かべると言った。
****
俺の隣を歩くジョセフィーヌ夫人。
そうだ、この方ならレイモンド氏よりも物分かりが良さそうだ。まずは夫人からこれは誤解なんですと説明して説き伏せよう。
「あの…実は…」
するとジョセフィーヌ夫人が言った。
「マルセル様、私は本当に貴方には感謝しておりますの」
「え?」
「夫は…会社を大きくするためにあの子がまだほんの子供の頃、20歳以上も年の離れたブライアンを結婚相手に決めてしまったのですよ。あの方は大手紡績会社の一人息子でしたから。けれど娘は酷く嫌がっておりました。子供の頃から、お願いだから婚約破棄をして欲しいと何度も泣いて訴えてきたものです」
「はぁ…」
確かにまだ子供の頃に自分の親と左程年齢が変わらぬ相手に、将来の妻と言われれば嫌悪感が増すかもしれない。
「けれど、夫は頑としてその言葉に耳を傾けず…お相手のブライアン様もイングリットとの結婚を考え直す素振りは全くありませんでしたのに…」
「…」
何と返事をすれば良いか分からず、俺は黙って話を聞く。
「それがどうでしょう。貴方のような若者が現れてくれて…ブライアンを説得してくれただけでなく、イングリットと恋仲になってくれたなんて…本当にありがとうございます」
とんでもない誤解だっ!
「ですから、それは…」
そこまで言って俺は言葉を飲み込んだ。なんと夫人がハンカチを取り出し、目頭をおさえたのだ。まさか…嬉し泣きでもしているのだろうか?
「本当に…何とお礼を申し上げればよいか…ありがとうございます」
そして俺を見て微笑んだ。…駄目だ、とてもではないが…今は本当の事を言えない。
「い、いえ…こ、こちらこそ…」
気づけば、自分でもわけの分からない返事をしていた―。
****
「それではお気をつけてお帰り下さい」
オルグレン家の用意してくれた馬車に乗り込んだ俺に夫人が声を掛けてきた。
「は、はい。馬車まで用意して頂き、ありがとうございます」
すると夫人は御者に命じた。
「出して頂戴」
御者はうなずくと手綱をピシャリと鳴らし、馬車は音を立てて走り始めた。
「まずい…どうしたらいいんだ…」
馬車が走り始めると俺は頭を抱えた。このままでは今に彼女の両親が挨拶にやってくるかもしれない。
「い、いや。きっと大丈夫だ。目を覚ましたイングリット嬢が全て誤解だと説明してくれるはずだ。いや、絶対するに決まっている」
そうだ、何も気にすることはないのだ。
俺は揺れる馬車の中で自分にそう、言い聞かせた―。
「え?また改めて…って…?」
何やらレイモンド氏の口から背筋が寒くなるような言葉が出てきた。
「ええ、そうね。この方のご両親にも一度会ってきちんと話をしないとならないわ」
「何ですって…?」
俺の両親に会って話をするだと?!冗談じゃないっ!どうやら盛大な勘違いをされているようだ。何とかこの場で訂正しないと…!
「あ、あのですね…私と御令嬢は…」
その時―
コンコン
部屋にノックの音が響き渡った。
「誰だ?」
レイモンド氏が返事をする。
「旦那様、ブライアン様からお電話が入っております」
扉の外から声が聞こえる。
「分かった、すぐに出よう」
レイモンド氏が返事をする。
「え?!ブライアンからっ?!」
何というタイミングだろう。するとレイモンド氏が俺を見ると言った。
「彼にはきちんと話をつけておくので、今夜は一旦帰って貰えないか?」
話をつける?一体何の話をつけるんだ?
「し、しかし…」
「何かねっ?!」
眼光鋭く睨まれ、言葉につまる。
「い、いえ…そ、それでは失礼致します…」
俺は立ち上がって挨拶をした。レイモンド氏はうなずくと足早に部屋を出て行く。
そして部屋に残される俺とジョセフィーヌ夫人。
「マルセル様…でしたかしら?」
「は、はい…」
「出口までお見送りさせて頂くわ」
ジョセフィーヌ夫人はニコリと笑みを浮かべると言った。
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俺の隣を歩くジョセフィーヌ夫人。
そうだ、この方ならレイモンド氏よりも物分かりが良さそうだ。まずは夫人からこれは誤解なんですと説明して説き伏せよう。
「あの…実は…」
するとジョセフィーヌ夫人が言った。
「マルセル様、私は本当に貴方には感謝しておりますの」
「え?」
「夫は…会社を大きくするためにあの子がまだほんの子供の頃、20歳以上も年の離れたブライアンを結婚相手に決めてしまったのですよ。あの方は大手紡績会社の一人息子でしたから。けれど娘は酷く嫌がっておりました。子供の頃から、お願いだから婚約破棄をして欲しいと何度も泣いて訴えてきたものです」
「はぁ…」
確かにまだ子供の頃に自分の親と左程年齢が変わらぬ相手に、将来の妻と言われれば嫌悪感が増すかもしれない。
「けれど、夫は頑としてその言葉に耳を傾けず…お相手のブライアン様もイングリットとの結婚を考え直す素振りは全くありませんでしたのに…」
「…」
何と返事をすれば良いか分からず、俺は黙って話を聞く。
「それがどうでしょう。貴方のような若者が現れてくれて…ブライアンを説得してくれただけでなく、イングリットと恋仲になってくれたなんて…本当にありがとうございます」
とんでもない誤解だっ!
「ですから、それは…」
そこまで言って俺は言葉を飲み込んだ。なんと夫人がハンカチを取り出し、目頭をおさえたのだ。まさか…嬉し泣きでもしているのだろうか?
「本当に…何とお礼を申し上げればよいか…ありがとうございます」
そして俺を見て微笑んだ。…駄目だ、とてもではないが…今は本当の事を言えない。
「い、いえ…こ、こちらこそ…」
気づけば、自分でもわけの分からない返事をしていた―。
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「それではお気をつけてお帰り下さい」
オルグレン家の用意してくれた馬車に乗り込んだ俺に夫人が声を掛けてきた。
「は、はい。馬車まで用意して頂き、ありがとうございます」
すると夫人は御者に命じた。
「出して頂戴」
御者はうなずくと手綱をピシャリと鳴らし、馬車は音を立てて走り始めた。
「まずい…どうしたらいいんだ…」
馬車が走り始めると俺は頭を抱えた。このままでは今に彼女の両親が挨拶にやってくるかもしれない。
「い、いや。きっと大丈夫だ。目を覚ましたイングリット嬢が全て誤解だと説明してくれるはずだ。いや、絶対するに決まっている」
そうだ、何も気にすることはないのだ。
俺は揺れる馬車の中で自分にそう、言い聞かせた―。
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