6月9日はきっと晴れるから

第1章 31 拓也さんの話

「俺は…卓也の父親の事はよく知っている。あの男はほんの少しでも気に入らない事があれば、必ずと言っていいほど実の息子に手を上げる…最低な男なんだよ」

拓也さんはぽつりぽつりと話し始めた。

「卓也が始めて新しい学校へ登校した時、父親は不愉快な思いをした。それは卓也の身なりがあまりにみすぼらくて、学校側から注意を受けたからだ。サイズが合わない小さめな服…他の子供達に比べたら明らかに成長の遅い身体、そして身体に出来た痣…。校長室で担任教師と校長、副校長は卓也の父親を責めた。ちゃんと育てているのか？虐待はしていないか…。当然卓也の父親は虐待の事実を認めない。そんなはずはないと言ってごまかしたが…既に校長達に責められた恨みは卓也に向かっていた」

「拓也さん…？」

何故…？何故拓也さんはここまで詳細な事実を知っているのだろう？まるで実際にその場に居合わせた人が言う台詞の様に思えてしまう。

「そしてその日…学校から帰った卓也は…父親から酷い暴力を受けた。俺は何とか食い止めようとしたけど…タイミングが合わず、間に合わ無かったんだ。…父親の暴力を…食い止めることが出来なかった…」

拓也さんは、うつむきながら悔しげに言う。でも、気のせいだろうか？まるでその言い方は…自分の事を話しているように私には聞こえていた。

「卓也に酷い暴力を振るった父は…そのままパチンコをやりに行った。いつもそうなんだ。自分の息子に暴力を振るった後は…傷だらけの我が子を放置して、自分はパチンコで遊んでくる…本当に最低な男だ」

「…」

私はもう何と声をかければ良いか分からず、ただ黙って拓也さんの話を聞いていた。

「俺は、父親の暴力を止められなかった。だからせめて…卓也と同じ目に遭わせようと後を追ったんだ」

「あ…」

ひょっとすると、私が昨夜見た拓也さんのあの時の姿はたっくんの父親の後を付けている最中だったの…？

「俺はパチンコ屋に入ろうとしていたところで父親を呼び止めた。もっとよく玉が出るパチンコ屋を知っているから教えてやろうか？と言ったら…あいつ、喜んでついてきたよ。本当に…最低な人間だ。自分が怪我を追わせた息子を放置して遊び回っているんだから…」

本当に、聞けば聞きほどたっくんの父親は最低だという事がよく分かる。そして…何故かは分からないけれど、拓也さんもたっくんの父親を酷く憎んでいると言う事も。

「ひと気の無い場所まで行くと、父親は怒り出した。パチンコ屋は何処に有るって。だから俺は言ってやった。そんな店は知るかって。そしたら…あの男は殴りかかってきたんだ。だから正当防衛で痛めつけてやった」

「拓也さん…」

けれど、拓也さんの身体にはどこにも傷のような物は見当たらない。恐らくわざと挑発して、相手に先に殴らせようと煽ったに違い無い。

「まさか…また卓也に手を出すなんて…こんな事は…想定外だった。おまけに…彩花が警察に通報してしまうなんて…」

「拓也さん…だけど、私はたっくんに絶対に守ってあげるって約束したんだよ？見捨てられるはず無いでしょう？！」

すると拓也さんは悲しげに笑った。

「ああ…勿論知ってるよ。彩花、卓也に必ず守ってあげるって誓ったんだろう…？」

「拓也さん…？」

何故…？どうしてそんな悲しげな目で私を見るの…？

「彩花…」

拓也さんの手が伸びてきて、再び私は彼に抱きしめられていた。

「何があっても必ず…君を守ってあげるよ…」

それはとても優しく…頼もしい言葉だった。だけど、そんな言い方をするなんて…まるでこの先私の身に危険が迫っている事を示唆しているように感じてしまう。

けれど―。

「うん…ありがとう…」

今は、拓也さんの言葉を黙って聞くことにしよう。

そしてわたしはそっと拓也さんの背中に手を回した―。