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第2章 60 彩花からの提案

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「おい、大丈夫か?」

倒れている卓也に近付くと抱き起した。

「こ、この子が…酷い暴力を受けていた…」

彩花が怯えた様子で俺の背後で卓也を見下ろしている。

「だ、誰…?」

卓也が薄っすら目を開けると、彩花が声を掛けた。

「大丈夫だった?あのね、私はお隣に住んでいるのよ。このお兄さんは私の知り合いで、君が酷く暴力を受けているようだったから助けを求めたの。そうしたらすぐに駆けつけてくれたんだよ」

「…ありがとう…」

卓也…子供時代の俺がか細い声でお礼を言ってきた。

「無事でよかった…」

腕の中の子供時代の俺は哀れなほど痩せていて、服の下から見えない場所はアザだらけだ。
何て惨めなんだ…。

泣きたい気持ちを堪えて、俺は尋ねた。

「どうだ?病院に行くか?保険証の場所は知っているか?」

「…知らない…」

卓也は首を振った。

「そうか、分からないなら仕方がない。自費で今日は診察を受けよう。確かメディカルセンターなら開いているはずだ。待ってろ、今タクシーを呼ぶからな」

すると、卓也が首を振った。

「駄目…呼ばないで…」

「どうしてなの?」

彩花が尋ねた。

「だって…そんなことをしてお父さんにバレたら僕…もっと叩かれるから…」

卓也は震えている。

そうだった。
この頃の俺は…親父の暴力で支配されていて、何でも言いなりだった。
親父は虐待が世間にバレるのを恐れて、病院へ行かせてはくれなかったのだ。

「分かった、なら怪我の治療は俺がしてやるよ」

「え?上条さん?怪我の治療…出来るのですか?」

「ええ。出来ますよ。ただ…」

俺はちらりと部屋の中を見た。
視線の先には俺に殴られて、だらしなく伸びている親父の姿がある。

「ここだといつ目を覚ますか分からないから落ち着かないな…それならいっそ俺の部屋に…」

「私の部屋に行きましょう」

突然彩花が提案してきた。

「え…?でもいいんですか…?」

「ええ。構いません。それに上条さんの部屋はこのアパートの道路を挟んだ向かい側じゃないですか。この子を抱えて運ぶにはちょっと距離があります」

「そうですか?でもそういう事ならお言葉に甘えて…」

言いながら俺の心は踊っていた。
あの懐かしい彩花の部屋に…15年ぶりに入ることが出来るのだ。腕の中には傷だらけで弱り切った子供時代の俺がいるというのに、我ながら不謹慎だなと感じる。

「いいですよ。では行きましょう」

そして俺は彩花の後に続き、卓也を抱きかかえて部屋を出た。



「どうぞ、何もない部屋ですけど…」

彩花が恥ずかしそうに扉を開けてくれた。

「ではお邪魔します…」

卓也を抱きかかえた俺は15年ぶりに彩花の部屋へ足を踏み入れた――。

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