身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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3-1 冬の訪れ

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 11月初旬―

 アリアドネがアイゼンシュタット城へやってきて3日後。
ついに『アイデン』地方に初雪が降って来た。ここから雪解けが始まる来年の4月まで、この土地は深い雪に覆われ、完全に孤立する事になる―。


午前5時―

ガンガンガンガン…!

いつもの様に、まだ夜が明けきらない寄宿舎にマリアの叩くドラの音が響き渡る。

「う~ん…もう朝なのね…」

ベッドの中からムクリと起き上がったアリアドネは目をゴシゴシと擦った。
元々アリアドネはステニウス伯爵家ではメイドとして働かされていたので、早起きは得意であった。

 ベッドの足元に置いてある室内履きに履き替えると、手早く着がえを済ませて部屋のカーテンを開けてアリアドネは声を上げた。

「まぁ…雪が降り始めているわ。これは温かい恰好をした方がよさそうね」

さっそくクローゼットを開け、支給されたカーディガンを羽織り、ニットの膝上の靴下に履き替え、ひもで結ぶショートブーツを履きながらアリアドネは呟いた。

「本当にこのお城は使用人達を大切にしてくれるのね。こんなに衣類や靴を支給してくれるのだもの」

思えばステニウス伯爵家は金持ちであったのに、ケチだった。使用人達は入れ替わりが激しく、アリアドネは最低限の人数で働かなければならなかったので毎日が目の回る忙しさであった。
しかしここ『アイゼンシュタット城』は違っていた。
十分すぎる程に使用人たちを雇い、惜しみなく支給品を与えている。しかもマリア達の話によると、城の備蓄品を困っている宿場町の人々に定期的に分け与えていると言うのだ。そしてそれを決めているのがシュミットであり、エルウィンは認めていたのである。



『エルウィン様は他の近隣諸国の人々からは『血塗れ暴君』なんて呼ばれて恐れられているけど、とても良い領主様なんだよ。まぁ、多少は短気で乱暴でがさつなところがあるけれど…私達からしてみれば可愛い子供のようなものだよ』

アリアドネは着がえをしながら以前マリアが教えてくれたエルウィンの話を思いだしていた。

「あの時のエルウィン様は…恐ろしい方に見えたけれど、本当は優しいお方なのかしら…?」

しかし、アリアドネにはエルウィンという男がどういう人物なのかさっぱり理解出来なかった。何しろあの日、初対面で城を追い出されてから一度も顔を合わせてはいなかったからである―。


「準備出来たわ。お仕事に行きましょう」

アリアドネは最期にリネンのキャップをかぶり、頭の上で紐を縛って固定すると自室を出た―。



****


 午前7時―

 いつものようにダイニングルームでエルウィンはシュミットと2人で朝食を取っていた。メニューはトーストにベーコンエッグ、チーズに野菜スープ、そしてコーヒーと言う、至ってシンプルな料理だった。とても城主の朝食とは思えない内容だったが、エルウィンは決して贅沢をするような人間では無かった。
ましてや1年の3分の1近くは戦いに身を投じているような状況で暮らしているのだ。戦況次第では時に飢餓状態で戦う事もある。なのでエルウィンにとっては食事は楽しむ為の物では無く、飢えを満たすような物であった。


 2人は向き合って食事をするものの、仕事内容以外は基本口を聞くことは無い。その為、時折聞こえてくるのはカチャカチャとフォークやナイフが動く音のみである。

「シュミット」

食後のコーヒーを飲み終えたエルウィンはシュミットに声を掛けた。

「はい、エルウィン様」

「ついに…初雪が降って来たな」

エルウィンは窓の外を眺めながら言う。

「ええ、左様でございますね」

『アイデン』の領民達の様子はどうだ?薪や食料…不足はしていないか?」

「はい大丈夫です。何しろ今回は陛下からカルタン族を打倒した報奨金の1億レニーを頂いておりますので」

シュミットはわざとアリアドネの事をエルウィンに思い出させる為、話を持ち出した。

「…そうか」

そしてジロリとシュミットを見ると言った。

「…おい、まさか今年も…娼婦たちをこの城に招くつもりじゃないだろうな?」

その言葉にシュミットは苦笑しながら言った。

「しかし…こればかりは私の一存で…やめさせるわけにも…そんな事をすれば兵士や騎士達から不満が爆発します。それに…メイド達にあまり負担を掛けさせるわけには…」

最期の言葉はしりすぼみになってしまう。

「全く…」

エルウィンは溜息をつくと吐き捨てる様に言った。

「いいか。少なくともこの雪解けが終るまでは…あの不快な娼婦たちを俺の傍に絶対に近寄らせるなよっ!不快な行いをしているメイド達もだっ!」

「はい…承知致しました…」

(やれやれ…今年もまた魔の越冬期間が始まるのか…)

シュミットは心の中でため息をつくのだった―。




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