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アピールポイント
しおりを挟む奥の庭は、ちょうど薔薇が満開に咲き誇っていた。
誰もが出入りを許される前庭や、貴族限定で開放されている中庭にももちろん薔薇などの花々は咲いているし、そちらも美しいが、植えられているのは一般的な品種が主である。
対して、王族および王家から許可を得た者だけが入れる奥の庭は、薔薇ひとつ取っても、他国から贈られた珍しい品種や、当時の王妃の名を冠して献上されたものなど、美しいだけでなく希少であったり文化的な価値が高かったりするものが多い。
他国からの貴賓客をもてなす場となることもある奥の庭は、普段は人の出入りが規制されているゆえに、密やかな話をするには最適の場所であった。
「ありがとう。僕との時間を取ってくれて」
そんな格式高い庭を、ちょうど中ほどまで進んだ頃だろうか、ベネディクトが足をぴたりと止め、ティターリエの方へと振り返った。
「ええと、ティターリエ嬢も話があると言っていたよね。どうしようか、どっちから先に話す?」
「・・・では、私からよろしいでしょうか」
「ああ、いいよ」
奥の庭の真ん中で、ベネディクトとティターリエは向かい合うようにして立った。
ティターリエの唇がゆっくりと開く。
背景には美しい薔薇が見えて、ベネディクトは場違いにもティターリエ嬢は薔薇がよく似合うな、と見惚れてしまう。
だが。
「・・・私、外国に移住した祖父母のもとに行こうと思っています」
次に聞こえたティターリエの言葉に、ベネディクトの頭の中にあった色々なものが吹き飛んだ。
「祖父母がいるのはドリエステという国で・・・」
「待って! ちょっと待って! やっぱり僕の話を先にさせて!」
話を途中で遮るなどマナー違反で、ベネディクトももちろんそれがどれだけ不作法な行為か知っている。
それでも、このまま話の先を黙って聞くことなど、ベネディクトには出来なかった。
「ティターリエ嬢。お願いだから、僕の話を先に聞いてほしい」
「はい。それは別に構いませんが・・・」
「ありがとう」
ベネディクトは、拳を口元に当て、軽く咳払いした。
「・・・僕さ、母上に婚約を願ったときからずっと、ティターリエ嬢を幸せにするのは僕だって、自信満々だったんだ。その自信が、ティターリエ嬢の行方を捜していた一年間、ずっと僕を支えてた。
まあ、自信があった分、誘拐の裏側にあったものを知ったときの驚きはもの凄くて、僕の中にあった自信も木っ端みじんに砕けた訳だけど・・・」
ベネディクトは自嘲するような笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「あの後、ティターリエ嬢からアンナを引き離して悲しませてしまった僕に、どの口であなたを幸せにしたいなんて言えるんだって思ったら、もう引き下がるべきなんじゃないかって思った。
だから、馬車の中で最後のつもりで告白した。返事はいらないって言ったのは、それで終わりにしようと思ってたから。本当にそうするつもりだったんだ・・・あのときは」
この間、ベネディクトは終始、俯いていた。
ベネディクトだって分かっている。
こういうとき、きっと本当は相手の目を見て話したほうがいい。
でも、まだ少しばかりヘタレ要素が残っているベネディクトは、どうしても目を合わせられずに伏せてしまう。
「ならば政略結婚をしろ、と父上から釣り書きをたくさん渡されて、でも結局どれも選べなかった。
ティターリエ嬢を諦めるって言ったくせに、政略結婚でいいって言ったくせに、やっぱりティターリエ嬢がいいなって思ってしまった。僕はあなたが好きで、結婚するならあなたがいいと、やっぱり今も思ってしまうんだ」
一気に捲し立てたベネディクトは、ここでようやく息継ぎをした。
「でも、ティターリエ嬢はきっと僕では嫌だろうから、結婚してもいいと思えるようなアピールポイントが必要だと思って、ひと晩かけて必死に考えたんだ」
今だ目を伏せたままのベネディクトは、ティターリエがどんな表情をしているかなんて想像もしていない。
ベネディクトのちょっと論点がズレたプロポーズ、いやこれはまだ前振りだろうか、それにティターリエが驚き、戸惑い、目を丸くしているなど気づきもしない。
そして相変わらずベネディクトは、微妙に視線をずらしたまま話を続けた。
「アピールポイントその一。僕は、誘拐事件の真実を知っている。だから、世間では犯罪者とされるアンナと、ティターリエ嬢が今後接点を持っても、それを厭うことはない」
良さげな条件を並べ立てて選んでもらおうなんて姑息な考えだと、ベネディクトは自分のことながら思っている。
これでは政略結婚と何も変わらない。でも、たとえ政略だとしてもティターリエに選んでもらいたいとベネディクトは思ったのだ。
ティターリエにとっては政略でも、ベネディクトにとっては間違いなく恋だから。
「・・・アピールポイントその二。僕は王族だ。威張って言うことではないと分っているけれど、使える権力は平民や貴族とは段違いにある。その権力を、罪にならない範囲内で利用して、アンナを自由の身に出来るんじゃないかと思った」
ここで、ティターリエが小さく息を呑む音が聞こえた。
だが、まだアピールが終わっていないベネディクトは、そのまま話を続ける。
「恩赦を狙えるんじゃないかと思ってる。たとえば、王太子であるアレクシス兄上の婚姻か、即位のときに。
王族である僕は、恩赦の対象にアンナを含めるよう働きかけることが出来る。
そうして、アンナを自由に出来たら、雇うことが可能になる。・・・ティターリエ嬢と僕が住む屋敷で」
先ほどからずっとろくに息継ぎしないで話し続けているからか、胸が苦しい。
間があくのが怖いから、このまま最後まで続けたいのに、苦しくてたまらなくて、ベネディクトは数回、大きく深呼吸をした。
幸い、ティターリエは静かに話の続きを待ってくれている。
ベネディクトは、早鐘のような鼓動を宥めるように胸元に手を置き、さらに続けた。
「王城だと人の目があるから、臣籍降下をしようと思う。僕が主人で、ティターリエ嬢が夫人の屋敷なら、アンナを雇っても何の問題もない。誰も文句は言わないし、言わせない」
ここで一度言葉を区切り、ベネディクトは声を大きくして続けた。
「どうしても僕のことが嫌なら、白い結婚になってもいい。いや、本当は嫌だけど、ちゃんと結婚したいけど、でもティターリエ嬢が望むなら我慢する。
だから、ティターリエ嬢。お願いだ。外国になんて行かないで、僕を選んでくれないか」
~~~
更新が非常に遅れてすみません。数日前から体調を崩しておりまして。
一気に完結に持っていきたかったのですが、次話も少し遅れそうです。
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